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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第二章
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継母は懲りない

 雪見の友人を招待した直後は大人しかった真弓だったが、二、三日も経った頃にはいつも通りの彼女に戻っていた。すなわち、娘のあれこれを詮索し干渉しようとする迷惑継母に。

「甘いわね、雪見」

 真弓は不敵に笑んだ。

「オトモダチを家に呼んだ程度で私が誤魔化されるとでも思ったのかしら」

 エステに通い詰めたりブランドの服を買ったり有紗に持たせる土産を選別したりと、ここ二週間は思いっきり気を取られていたようだが、桜はあえてそこについては指摘しなかった。

「片想いは事実無根だったじゃないですか。真弓さんも懲りませんね」

「子どもの言うことを鵜呑みにするから、親はナメられるのよ。他の継母ならいざ知らず、私はそこまで甘くはないわ」

 真弓は得意げに機密と書かれた黒いファイルから書類を取り出した。履歴書に似て非なるそれは、いわゆる写真付きの身上調査書だった。

「誰ですか、この高校生」

「秋本千歳。十八歳。黎陵高等学校の音楽科三年生。専攻はヴァイオリン。管弦楽部に所属し、現在は第二ヴァイオリンのパートリーダーを務めている。家族構成は父、母、妹のーー」

「そういう意味ではなくて」

 際限なく続きそうな個人情報の暴露を遮る。

「雪見とどういう関係なんですか?」

「わからないから調べているの」

「は?」

「粗忽な体育会系で、雪見が好きなタイプじゃないのよね。かといって顔がいいわけでも金持ちでもないし、一体どこがいいんだか」

 真弓は困ったように肩をすくめた。

「すみません。いまいち状況を把握できないのですが」

「先日、雪見の後をつけたら万年筆売り場で働いているこの男を食い入るように見ていたのよ」

 その話は桜も聞いている。雪見の初恋疑惑から始まった継母三人による追跡調査。その結果ーー百合が乱入して尾行が台無しになったことも、雪見の恋文が代筆に過ぎなかったことも把握していた。

「でも彼は吉森さんの想い人では?」

 熱心に見ていたのは雪見の友人である吉森有紗で、雪見はあくまでも付き添いだったはずだ。

「本当に甘いわね。吉森さんはカモフラージュ。本当にこの男に懸想しているのは雪見よ」

「まさか」

「吉森さんが持っていた万年筆は『マシュー=ゴスペル』の限定版。去年の誕生日に柚子が雪見に贈ったものよ」

 真弓は得意げに推理を披露した。

「おそらく何度も通っている内に、相手に顔を覚えられてしまったのね。今さら写真や動画を撮らせてほしい、だの本人に頼めなくなってしまった。奥手の雪見ならなおさらよ。だから、一見さんの吉森さんに万年筆を預けて洗浄してもらい、ついでに初心者を装って『参考に作業の様子を撮らせてほしい』とでも言ったのでしょう。今は写真も動画も簡単に共有できるから、撮りさえすればあとはこっちのものよ」

「でも、吉森さんが口実のために雪見から万年筆を借りた可能性だってありますよね」

「それはないわ」

 真弓はファイルから二つ目の身上調査書を取り出した。写真は見覚えのある女子高生ーーそれもそのはず、先日お招きした雪見の友人、吉森有紗だ。

「吉森さんは雪見と同じく普通科。絵を描くことは好きだけどもっぱら水彩絵の具やデジタルで、万年筆は全くと言っていいほど使っていないそうよ」

 そもそも出逢う機会がなかったということか。頷きかけて桜は不審な点に気づいた。

「なんで吉森さんの身上調査が?」

「雪見の友人ですもの。当然でしょ」

 しれっと真弓は言うが、まったく理由になっていない。

「白羽家の財産と権力目的かもしれないわ。念には念を入れるべきよ」

「雪見にバレたら怒られますよ」

「うっ……」

 文房具屋での一件もあり、非常識なことをしている自覚はあるらしい。真弓は誤魔化すように咳払いした。

「とにかく、雪見の片想い相手はこの男と見て間違いないわ。母親としてどんな男なのか見定めなければ」

「また発信器や盗聴器を仕掛けたんですか⁉︎」

「私がそんな破廉恥なことをするわけないでしょ。あの女じゃあるまいし」

『あの女』とは百合のことだ。未だに根に持っている割には、自分も同じことを雪見相手に柚子にやらせた件については棚に上げている。

「本人と直接会って、私がじきじきに雪見にふさわしい男かどうか見極めるわ」

「バイト先に押しかけるのはいかがなものかと思いますよ。向こうは雪見の存在にすら気づいていない可能性もありますし」

「わかっているわ。私も忙しいから、そう何度も尾行はできない。できるだけ手間は省きたいわ」

 真弓は起動させたスマホを見せてきた。「捕獲完了」という件名でメールが送られている。送信主が菫である時点で桜は甚だしく嫌な予感がした。

「だから向こうをお招きしたの」

 添付された写真には特殊ガムテープと思しきもので拘束され、ご丁寧に猿ぐつわまでかまされた青年ーー秋本千歳が写っていた。話せない代わりに、撮影者を射殺さんばかりに睨みつける様は、とてもではないが穏やかに話し合えるような雰囲気ではなかった。

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