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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第二章
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継母はスナイパー

 教材費、運営維持費、施設拡充費、レッスン費全て含めて高校の授業料は年間約百五十万。高いが親の収入でなんとかまかなえる額だ。

 だが、私立の音大に進学したら前期、つまり半年の授業料で二百五十万は吹っ飛ぶ。入学費は別途であることを考えたら、親の収入では到底まかなえない。奨学金を申請するにしても、やはりアルバイトは欠かせなかった。音大に入っても練習時間をなるべく削らずに済むように、今のうちに稼がなければ。

(夏休みのバイト増やすしかねェ……か)

 結論は容易に導き出された。というより、他に選択肢がない。秋には高校最後の文化祭や部活引退前の定期演奏会、終わればすぐさま音大受験も控えていようが、背に腹は変えられない。うまく両立するしかないのだ。

 幸い夏休み期間中、部活は平日の午前中のみ。盆休みもある。今の文具店のバイトのシフトはそのままで、短期のバイトを追加すればーーなどと脳内で電卓を叩いていたら、足は交差点の前で止まった。

 信号待ちをしている間に、スマホでめぼしいバイトを検索する。はかったかのように交差点の向かいにある不動産屋の軒先に「短期バイト募集中」と書かれたノボリがはためき、隣には夏のキャンペーンの風船がいくつか浮かんでいた。

 背中に何か硬いものが押し付けられたのは、その時だった。

「動クナ」

 やや高めの声。覚えはないが、おそらく女性だろう。

「秋本千歳トハ貴様カ」

「そーだけど」千歳は首をひねった「あんた、ダレ?」

「振リ向クナ」

 途端、背中を強く押される。押し付けられている物はさほど大きくはない。ペンのような、傘の先のようなーーそう、銃口を彷彿とさせる大きさだ。おまけに片言のせいかいやに威圧感があった。

 信号が青に変わる。周囲の歩行者が横断歩道を渡る中、真正面を向いた状態で、千歳は固まった。

「え、ちょっと待て。コレどういう状況?」

 何故バイト帰りに駅前の交差点で、見ず知らずの人間に背後から命令されているのだろう。

「質問ヲスルノハ、コチラダ」

 一昔前のスパイ映画でこういうシチュエーションがあったような気がした。背後から拳銃を突きつけられ、情報を包み隠さず教えなければーーという内容だったか。

「コノ娘ヲ知ッテイルナ?」

 後ろから眼前に吊るされたのは、女の子の写真だった。袖の余る学校の制服を着ている。背負っている鞄がやけに大きく見えるので、おそらく小学生だろう。バッサリと切った黒髪。大きな丸い目。取り立てて可愛くもなければ不細工でもない。特徴を挙げろと言われれば「小柄」の一言くらいしか浮かばない、凡庸な、どこにでもいる少女だった。

「ドウイウ関係カ、包ミ隠サズ教エテモラオウカ」

「いや知らねェよ、こんなダサいちんちくりん」

 バチュン、という音と共に肩を何かが掠めた。ぼぼ同時に交差点の向かい側の店先にあった風船が破裂。十メートルはある距離をものともしなかった。

「言葉ニハ気ヲツケロ」

 射撃の腕前とエアガンの威力を見せつけた不審者は厳かに告げた。

「今ノハ警告ダ。次、コノ世ニモ可愛イイ娘ヲ侮辱シタラ、貴様ノ命ハナイト思エ」

「思えるか! 何なんだよテメーはっ!」

「コノ娘ノ母親ダ」

 十を数えるほどの間、千歳はその意味を考えた。娘、母親。つまり親子。

「……ハァ⁉︎」

「コノ娘ノ保護者ダト言ッテイル。娘ノ周辺ヲウロツク不審者ハ排除スルノガ母タル者ノ務メ。一体何ノ目的デ娘ニツキマトウ? 素直ニ吐ハケバ、命ダケハ助ケテヤロウ」

 いや、つきまとうも何も、見覚えのないーー反論しようとした時、何かが記憶の糸に触れた。

(……万年筆)

 小学生には似合わない高級万年筆を、時折持ってくる女の子。最初は親の使いかと思っていたが、いつもキラキラとした目で万年筆やインクを眺めていた。試し書きをする時は漢字や文字ではなく、イラストを描いていて。

「あのガキか」

 途端、背後からの威圧感が増す。殺気と呼んでも差し支えないほどの緊迫感に、千歳は息を呑んだ。

「貴様ヲ敵ト見ナス」

 ガキ呼ばわりが逆鱗に触れたようだ。気づいた時既に遅し。銃のスライドが動く音が耳に響いた。

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