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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第一章
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継母のおもてなし

 リビングで待ち構えていた継母六人。誰もが一目で高級とわかる仕立ての良い服を着ていた。華美なドレスではないものの、まるでホームパーティのような装いだった。おかしいな。普段着と伝えたはずなのに。

「いつも雪見がお世話になっております」

 代表する形で挨拶したのは正妻の椿だった。こちらも京都の老舗店で作らせた夏の着物と、一分の隙もなく結い上げた髪に簪を刺して完璧に取り繕っている。

「ご覧の通りあまり広くない家ですが、ささやかながら昼食をご用意いたしました。我が家と思ってくつろいでくださいね」

  お言葉だが一般家庭には三段のケーキスタンドもロイヤルコペンハーゲンのティーセット一式もなければ、競い合うかのように高級ブランドの服に身を包んで娘の友人を出迎える継母七人もいない。

 継母達全員を紹介し終えたところで、有紗を昼食の席に案内する。有紗の隣を雪見、向かいに正妻の椿。それ以外の席はくじ引きで決めたらしい。はかったかのように雪見の隣は真弓だった。ここでも細工したと見た。

 テーブルにはアフターヌーンティーよろしく飲み物とサンドイッチやケーキなどの軽食が用意されていた。当初目論んでいたバトラーによる給仕付きのフルコース料理に比べたら自重した方ではある。が、そこは料理の腕に自信を持つ椎奈だ。軽食とはいえ簡単には済ませない。

 昼食も兼ねているので、サンドイッチ六種の他に冷製スープやシーザーサラダに根菜のミルフィーユ、甘鯛のカルパッチョ。ホウレンソウの緑が映える夏野菜のキッシュやどっしりとしたラザニアなどを揃えた。

 スイーツも豊富だ。銘店から取り寄せたプリン。旬の桃を使ったフルーツゼリー。色とりどりのマカロン。ほろほろのクランブルをのせたバナナケーキ。濃厚なザッハトルテ。柚子のシャーべット。焼きたての熱々スコーンはプレーン、紅茶、胡桃、チョコと四種。どれも通常のものよりも小さかったり、一口サイズに切り分けてあったりと有紗の好みに合わせられるよう配慮がなされていた。

 白いテーブルクロス上に並べられた彩り豊かな昼食に、有紗は歓声をあげた。

「うわぁ、すごい! 食べるのがもったいない……」

「遠慮なくお召し上がりくださいな」

 椎奈は上機嫌で「お飲み物はいかが?」とすすめた。今日のために用意したドリンク表を有紗に見せる。

「スコーンには紅茶が定番だけど、自家製ジンジャーエールも暑い夏にはおすすめよ」

 生姜と夏ミカン、そして数種類のスパイスをハチミツに漬け込んで作ったシロップを炭酸水で割ったジンジャーエールは、雪見はもちろん、真弓も好きな飲み物だ。生姜を多めに入れているのでキリッとした辛みが身体の細胞を目覚めさせてくれるような、ほどよくパンチの利いた味だった。

「手作りなんですか?」

 有紗は目を輝かせてジンジャーエールを所望。雪見と他の継母達も追従するかのように同じものをお願いしたーーただ一人、百合を除いて。

「わたくしにはロンネフェルトのアッサムを」 

「はい」

 椎奈は円筒形の缶を百合の前に置いた。ついでにティーポットや砂時計、お茶を淹れるのに必要なものも寄せる。

「まあ椎奈さん、茶葉だけでは飲めませんことよ」

「紅茶を淹れるくらい自分でやりなさい」

「あいにくわたくし、椎奈さんとは違って給仕なんてしたことがなくって」

「アフターヌーンティーは淑女のたしなみと伺いましたが、あなたお茶の一杯も一人では飲めないの?」

 二人が冷えたやり取りをしている間に、雪見と桜は人数分のグラスを用意してジンジャーエールを注いだ。百合が下座、つまり有紗と離れた席にいることが幸いだった。

 しゅわしゅわと炭酸が鳴るジンジャーエールを一口飲んで、有紗は目を丸くした。鼻にツーンとくる辛みの後にさわやかな甘みが広がる。自家製ならではの味だった。

「すごっ、美味しい」

 丁寧な口調は消え去っていたが、素直な言葉に椎奈は元より他の継母達も微笑んだ。

「温かい内にキッシュもどうぞ」

「ふわっふわですね。これホントに卵? すっごく美味しいです」

「ありがとう。ケーキも遠慮なく召し上がってね」

 継母達が自分以外の人に愛想よくして世話を焼いている。大変珍しい光景に雪見は驚くと同時に微笑ましく思った。

 有紗が気後れしないよう、柚子が適度に話題を振る。授業のこと、部活のこと、それと秋に行う予定の文化祭のことなどを聞いて、ここぞとばかりに学校での雪見の様子まで調べにかかるのはご愛嬌。終始和やかな雰囲気で昼食を終えて、雪見の自室に有紗を案内した。

「食べたわー。美味しいわー。幸せだわー」

 お腹を撫でつつ、有紗は満足げに息を吐いた。

「お料理上手ね。今度レシピ教えてもらえないかな」

「椎奈さんにきいてみるよ」

 嫌とは言うまい。むしろ喜んで教えてくれるだろう。

「素敵なお母様達じゃない」

「うん」雪見は頷いた「自慢のお母様だよ」

 時々行き過ぎたり、若干方向を違えたりはするが、自分のために尽くしてくれているのだ。継母には感謝に絶えないーーたとえそれが、打算によるものだとしても。

「へえ、これが雪見の部屋なんだ」

  改めて有紗は部屋を見渡した。ベッドに机とタンスに本棚。絵を描くためのキャンバスなどの道具一式を収納してしまえば、いたって平凡で特徴のない部屋だった。そのためか壁に掛けられている絵画が目を惹く。

「お、これが例の絵ですかね」

 部屋に唯一飾られた油絵は、静物画だった。

 椿を模した飾りのついたかんざし。真珠のネックレス。片方だけのピアス。ルビーの指輪。金のブレスレット。糸のついたままのボタン。白い鳩のブローチ。漆黒を背景に七つの装飾品が雑然と置かれている写実絵画だ。

「上手ねえ。本物みたい」

「そう? ここの糸の質感がちょっと……」

「素人目には全然わからないって。写真みたいだよ。中学生の時でしょ、描いたの」

『贈り物』と題したその絵は、雪見が二年前に描いたものだった。継母達からそれぞれ最初に貰ったもの。今でも雪見の宝石箱に納められている。

「コンクールに送れば入賞するかもよ?」

「まさか。まずもって意図がわからないよ」

雪見は苦笑した。絵画、とりわけ静物画に求められているのは形や色、構造の追求により醸し出す感覚的な詩情表現、あるいはモチーフに込められた意味やストーリー性だ。その点、この絵には詩的な表現もなければストーリー性も読み取れない。第三者からすれば、ただ不揃いなアクセサリーが並んでいる様を、少し上手く描けただけ。

 入賞どころか予選通過も無理だろう。

「そうかなぁ……私はいい絵だと思うけどな」

 有紗は眉を寄せた。が、気を取り直したように手を叩いた。

「で、あの絵は描けそうなの?」

 雪見は机の引き出しからスケッチブックを取り出した。棚ではなく、鍵のかかった机の引き出しから、だ。こうでもしないと継母がこっそり見てしまうからだ。

「おかげでいくつか素描デッサンはできたんだけど」

 パラパラとめくって数ページを有紗に見せる。ほう、と有紗から感嘆の声が漏れた。

「いいじゃん。これで構図決めて描けば」

「それなんだけど」雪見は肩を落とした「どうもイメージがしっくりこないと言いますか、なんか違うと言いますか」

「えー、あんたのミューズって言うから協力したのに」

「いや、ミューズとは言ってない。男性だし」

 ギリシャ神話に登場するミューズは学術、美術、音楽を司る女神だ。『彼』とは明らかにイメージが違う。

「あと無断で描くのはいかがなものかと。自室で一人密かに鑑賞して愛でるような絵ならまだしも、公の場に出す予定のものだから」

「盗み撮りした絵を独り愛でるのも、はたから見たら相当ヤバイと思うけどね」

 有紗は不意に「あれ、こういう場合って、盗み撮りじゃなくて盗み描きっていうのかな」と至極どうでもいいことを気にしだした。

「いずれにせよ、さ。来月には制作に取り掛からないと文化祭に間に合わなくなるんだから、構想だけでも今週中にいくつかあげておきなよ。油絵でいくんでしょ?」

 肩を落としたまま、雪見は小さく頷いた。下塗りの作業もある上に、絵の具が乾くまでに三日から下手をすれば一週間近くかかる。重ね塗りをする油絵は最低でも制作には二、三ヶ月ほしい。来月取り掛かってもギリギリの日程だ。

「……万年筆で描こうかな」

「早過ぎるわ。手抜きだと思われたら、それこそ部がなくなる。だいたいあんた、万年筆で人物画描いたことあるの?」

 雪見は力なく首を横に振った。万年筆では主に犬や猫などの小動物を描いたり、時には落書きのように気が向くがままイラストを描いている。手軽さを重宝していた。

「ま、文化祭が終わったらデジタルにも挑戦してみたら? 使い方教えるよ」

 終わった後に創作文芸部が廃部になっていなければ、の話ではあるが。雪見は大きくため息をついた。

これにて一章は終了です。

お付き合いくださりありがとうございます。

次章ではもう少し恋愛要素を……入れられたらいいなーと考えております。

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