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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第一章
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継母は自重しない

 他の継母達ともスケジュールを調整した結果、二週間後の土曜日に友人の家庭訪問日が決定した。文化祭の準備で午前中は学校へ。その後自宅へ招待し、昼食を一緒にいただく予定だ。

 日をなるべく近くしたのは、猶予があり過ぎるとその間に継母達がよからぬこともとい、大掛かりな歓迎の準備をしかねないからだ。引っ越しは頑として拒否した。さしもの継母も二週間ではさすがにマンションの建替はできまい。

 文化祭の準備を終えて、制服のまま池袋へ。駅から歩いて約五分。セキュリティを解除してエントランスに吉森有紗を案内した。

「すっご。こんなところに住んでいるの?」

 有紗の言葉に嫌味な響きはない。純粋に驚いているのが見て取れて、雪見は安堵した。竹を割ったような性格の子だが、どん引きされたらどうしようかと気が気じゃなかったのだ。

「いやあ横断幕とか花束とか用意されてたらどうしようかと思ってたから、安心したわー」

「そう、だね」

 あっけらかんと笑う有紗から雪見は視線を逸らした。言えない。両方用意しようとした桜を寸でのところで止めただなんて。

「へえ、絨毯ばりのエントランスなんてお洒落ね」

「そう……かなあ。最近リフォームしたみたいで、流行ってるみたい、だよ?」

 これ以上は危険だと雪見は判断した。すみやかに有紗をエレベーターの方へ誘う。

「そうなんだ。ホテルみたいーーん?」

 広々としたエントランスを見回していた有紗が足を止めた。床の一部。ちょうどエントランスの真ん中に位置する箇所には、シラハ系列会社の社章が刺繍されていた。それはまだいい。

「ここ雪見の実家の会社のなんだ」

「う、うん」

 一週間前にオーナーが変更されていた。椿曰く「他人様の所有物を勝手に改装することはできませんから」らしい。それだけの理由で当マンションはシラハ系列会社に購入された。

「デザインかっこいいね。下のサイン、も……え?」

 雪見は目を閉じて天井を仰いだ。終わった。

 筆記体で刺繍されているのはサインなどではなく「 Alisa welcome!」という歓迎の言葉。記念碑よろしく訪問日である今日の日付まで記されていた。

「ごめんなさい」

 マンションの所有権が白羽家の関係会社に移ったのが一週間前。すぐさまエントランスがよりお洒落かつセキュリティを強化したものに改装された。わずか一週間で。

 完成したエントランスに雪見が足を踏み入れたのが昨日。学校から帰ってきた時点でこうなっていた。問題の部分だけ布地を貼ろうにも椿が特注したカーペットなのでおいそれと用意できるものではなかった。かといってエントランスの真ん中に設置する適当なオブジェや家具や調度品もなく、もはや誤魔化しようがなかった。

「気づいたらこうなっていまして。決して悪気はないのですが、どうも歓迎が熱烈過ぎるといいますか、表現方法が奇抜といいますか、あとでもう一度絨毯を張り替えていただきますので、なにとぞ」

 不祥事を起こした部署の責任者かのように謝罪する雪見に、有紗は苦笑した。

「うん、そうだね。さすがにこのままはちょっと……でも嬉しいよ? お義母さんは歓迎してくれているんだね。お気持ちは受け取っておくわ」

「ありがとう」

 なんて心が広いのだろう。雪見は感動のあまり泣きそうになった。涙を堪える雪見の肩を、有紗は軽く叩いた。

「あんたも色々苦労しているのね」

 とはいえ、憐憫の眼差しを注がれるのは釈然としないのだが。

 有紗を連れて七階にある自宅へ。準備は万端。クラッカーやライスシャワーおよびフラワーシャワーといった歓迎はしないこと、一列に揃って待機しないことなどなど、想定しうるあらゆる非常識な出迎えは潰しておいたーーはずだ。それでもいざ扉を開けるとなると勇気が必要だった。

「大丈夫?」

「う、うん」

 意を決して雪見は帰宅。

「ただいま帰り、ま……した」

 定例の挨拶が尻すぼみになる。

 いつの間にか床に敷かれた赤い絨毯。玄関からリビングにまで伸びていた。某映画祭を彷彿とさせる光景に、雪見は額に手を当てた。

「お帰りなさい」

 待ち構えていた真弓は、いつも観客に見せているような艶やかで匂い立つような笑みを浮かべた。

「雪見のお友達ね。今日はいらしてくださって、ありがとうございます。雪見の母の真弓と申します」

 白桃のような肌、黒光りする豊かで重たげな髪、潤んだ瞳には何とも言えない色気がある。軽く会釈する仕草も優雅だ。

 背後の有紗が息を呑んだのが雪見にはわかった。人間は度を越して美しいものを前にすると萎縮してしまうのだ。

 当日までにエステで磨きをかけ、今朝はゆっくりと風呂に浸かって汗と老廃物を出し尽くし、さらに髪を洗い上げてしっかりとパックし、スタイリストにセッテイングさせただけはあった。ステージ衣装だけはやめてと懇願した甲斐はあって黒のツイードドレス。落ち着きのあるデザインだったーー先日、真弓が見せてくれた某高級イタリアブランドのカタログに大変よく似た新作が掲載されていたような気がしたが、それはそれだ。深く考えてはいけない。

「は、はじめまして。雪見さんと、同じ部活の吉森有紗と、申しますっ」

 明らかに動揺している有紗に申し訳なく思いながらも、雪見はスリッパをすすめた。継母の中で一番美しく魅力的と思われたい真弓は極端な例だと思いたかった。だって、あと六人も継母が待ち構えている。全員がこんな調子ではさしもの有紗も卒倒するだろう。

「どうやって決めたのですか?」

 有紗に聞こえないよう、雪見は小さな声で訊ねた。強烈な出迎えではあったが、現れたのは真弓一人。前日まで出迎え役を巡って争っていたとは考えられないほど、他の継母が大人しい。

「くじ引きよ。運がよかったわ」

「……その話の裏は?」

「目には目を歯には歯を」真弓は一層声を潜めた「あのオメデタイ女がくじに細工してたから利用してやったの」

 オメデタイ女とは百合のことだろう。至極当然のごとく不正を働く百合も百合だが、まんまと利用する真弓も真弓だ。

「このカーペットは?」

「あなたが学校に行った直後に、あの女が業者連れてきたわ」

 わずか四時間そこそこで映画祭風な玄関を仕立て上げるとは継母の執念恐るべし。雪見はこの先に限りない不安を覚えた。

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