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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第一章
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雪見の想い人

 継母三人が四階にたどり着いた時、雪見はお目当ての新作万年筆の試し書きをしていた。

 一方、雪見の友人は手にしていた万年筆を、カウンターの青年に渡していた。

 銀色を基調としたシャープなボディ。グリップの部分に巻かれている黒革がアクセントとなっている万年筆だった。いかにも高価そうだ。

 友人は早々に万年筆を購入……かと思いきや、青年はカウンターの奥に引っ込んで、その万年筆を解体し始めた。

「なんだ?」

「洗浄よ」真弓が声を潜めた「雪見が時々やっているわ」

 インクが詰まったり、それまで使っていたインクとは違う色のインクを使う際などに万年筆の中を一度綺麗に洗うのだと真弓は説明した。雪見のように手慣れた者ならコップとインクを染み込ませる布さえあれば事足りるのだが、初心者や徹底的に洗浄したい場合は専門店に依頼する。

 文具専門店で名を馳せるこの店も例に漏れず、万年筆の洗浄を請け負っているようだ。ガラス越しに洗浄作業の行程も見れるよう配慮している。

 店員の青年が手際よくカートリッジを外してインクを抜いている様を、雪見の友人は興味津々といった顔で凝視している。さらにポケットから取り出したスマホで動画撮影する熱心ぶり。雪見に負けじと劣らない万年筆好きのようだ。

「万年筆って意外に人気なのね」

 同じことを思っていたらしい。椎奈がつぶやいた。他の筆記具に比べて高価な万年筆を、雪見以外の女子高校生が愛用しているとは。

「どうだか」

 真弓は鼻を鳴らした。

「万年筆は口実なんじゃないの」

「「口実?」」

 異口同音に訊ね返した柚子と椎奈に、真弓は意味を含ませた視線を雪見の友人に流してみせた。万年筆からインクを抜いているーー店員の青年を食い入るように見つめている女子高校生を。

「あー……そういうことか」

 柚子は大方を察した。

 雪見も気になるようで、離れた場所で万年筆を眺めつつも時折友人の様子をうかがっている。つまり、だ。

「友達の片想いに付き合っているってこと?」

「おそらくね。あの三白眼の、いかにもガラの悪そうな男のどこがいいのかは理解に苦しむけど」

 真弓はにべもない。

 たしかに美形とは言い難い青年だった。おまけに優しい顔立ちとも言えない。歳は高校生か、銀座の高級文具店で働いているのであるいは大学生かもしれない。黒髪に細い眉、引き結んだ口、はいいとして、目つきが悪い。不機嫌そうに見える。中肉中背よりは若干細い体格だが、弱々しい印象はなかった。銀座よりは新宿や渋谷の裏通りにたむろしていそうだ。

 とはいえ、万年筆の部品を外したり、布にインクを染み込ませたりする手つきは丁寧だ。真剣な面持ちでペン先を水に浸してはインクを出して、拭くという作業を何度も繰り返す様はそれなりに格好良い。

「だとすればあのポエじゃなくて、恋文は一体何だ。雪見の片想い相手は別にいるのか?」

「私が聞きたいわよ。雪見の友人の恋路なんて、行き詰ろうが破局しようがどうでもいいわ。問題は雪見よ。あの子一体誰にたぶらかされたの」

 娘以外を人と思っていないようなひどい言い草だ。いくら継母とはいえ、この態度はいかがなものか。

 軽やかな声が耳についたのは、柚子が真弓をたしなめようとしたその時だった。

「あら、雪見さん、ご機嫌よう」

 聞き覚えのある甘さを含んだ声に、継母三人の視線が一斉に雪見へと向けられる。

「百合さん……」

「今日の学校は終わりましたの?」

 目を張る雪見に訊ねたのは、七番目の継母である百合だった。蝶よ花よと育てられたお嬢様がそのまま大人になったような女性だった。今日の召し物もフリルが多めのワンピースに白い帽子。

「あの若づくり年増……っ!」と、真弓が歯噛みするのも理解できなくもなかった。四十手前の女性がするーーできる服装ではない。が、それをやってのける美貌と自信が百合にはあった。

「は、はい。今日は部活もないので、ちょっと買い物を」

「買い物なら使用人か椎奈さんにさせれば済むことでしょうに」

「そんなことできませんよ」

「あら、どうして?」

 百合は首をかしげた。真弓のようなあからさまな色気はなく、清純でどこか幼ささえ感じさせる仕草だった。

「椎奈さんは喜んでやってくださるわ。元は使用人ですもの。買い物なんてお手の物よ」

 飛び出そうとした椎奈を、柚子は羽交い締めにした。

「ちょっと、離しなさいよっ」

「雪見の前で喧嘩するなって」

「あの女に使用人呼ばわりされる筋合いはないわ。そりゃあ雪見の頼みなら買い物なんていくらでもするけど、喜んでするけど!」

「わかった。わかったから、ここではやめろ」

 という押し問答が繰り広げているとはつゆ知らず、雪見は呑気に「百合さんもお買い物ですか?」と訊ねた。

「わたくしは、あなたを助けにまいりましたの」

「助けに?」

「ええ。他の奥様方につきまとわれて迷惑していると思って」

 無邪気な笑顔で毒を吐き、さらには柚子達が身を潜めていた非常階段付近を指差す。身を隠す暇はなかった。雪見とばっちり目があう。

「え……椎奈さん、と柚子さん?」

 雪見はぽかんと口を開けた。

「ど、どうしてここに」

 大人しくなった椎奈を解放し、柚子はぎこちない笑みを浮かべた。

「奇遇だなあ。実はちょっと三人で買い物をーー」

「するフリをして、ずっとあなたの様子を見ていたのよ」

 誤魔化す作戦もあえなく百合に打ち砕かれる。柚子は天井を仰いだ。雪見の視線が痛い。

「私の?」

「そうよ。密かにあとをつけて、あなたがどこで誰と会っているのか探っていたの」

 当たっている。間違ってはいない。いないが、もう少し穏便にことを収められるように、言い方を配慮して欲しかった。

 少なからず衝撃を受けた雪見は、途方に暮れたように視線を彷徨わせた。

「どうして……」

「それはもちろん、あなたの」

「まあうるさい羽虫がいること!」

 いつの間にか距離を詰めた真弓が、百合の腕を捻り上げた。百合の唇から悲鳴が漏れるが、まるで頓着しない。

「雪見、お買い物の邪魔をしてごめんなさいね。今はとりあえずこの万年頭がお花畑女を撤去させてちょうだい」

「痛いわっ、はなし」

「さあまいりましょう、百合さん」

 笑顔にそぐわない力で真弓は百合を引きずってエレベーターに押し込んだ。慌てて椎奈と柚子もその後に続いた。

「夕食の時間には帰るのよ」

「悪いな。あとでちゃんと説明するから」

 呆気に取られながらも雪見は小さく頷いた。素直な子だ。継母三人は愛する娘に向けて、にこやかに手を振りつつ、エレベーターに乗った。

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