02 森の生活
「……ん、ふぁぁ」
目が覚めると、私はベッドの上で寝かされていた。
森に飛ばされると聞いていたはずだが、どういう事だろう?
『あ、起きた?』
聞き覚えのある声が響いた。
「神?」
『うん、まあそうなんだけど…友達みたいな感じで呼んでくるね』
「私達、友達じゃないの?」
私は友達だと思っていたのだが、違うのだろうか。だとしたら、少しショックだ。
『あー、うん。友達だね、友達。
まあ本題はそこじゃなくて、ただ単身で森に飛ばすのも可哀想だと思ってね。一応住処としてその家をプレゼントするのと、君に『収納』っていうスキルをあげたから使ってみるといいよ。
使い方はスキルを発動させようと念じながら、スキル名を言えば発動するから』
「収納?何が出来るの?」
『文字通り、収納さ。異空間に、物を入れて置くことが出来るよ。限りはあるけどね』
「四次元ポケット?」
『まあ、それに近いかな。じゃあ頑張ってね』
神はそれだけ伝えると、声が聞こえなくなった。
収納のことも気になるが、まずはプレゼントされたという家と周囲の探索から始めることにしよう。
結果から言うと、家はかなり狭かった。
まあ、おそらく私のために造られたのだから当然だろう。広くても困ってしまうし、狭すぎもしないからちょうど良い感じだ。
間取りは先程まで寝ていた寝室とリビング、キッチンだ。お風呂とトイレはなかった。排水とかの関係だろうか?しかし、それにしてはキッチンではちゃんと水が出るので、よくわからない。
一応外を確認してみたところ、家の位置は森の中の湖のほとりだった。
湖は小さめで、水はとても澄んでいた。魚等はいないようで、プランクトンのようなとても小さな生き物と、水草のようなものが生えているだけだった。
森の方は木が多くて確認出来なかったが、何故だか空気がキラキラしていた。キラキラしていたというのは比喩表現でも何でもなく、本当にあちこちがキラキラと光っているのだ。それがとても幻想的な光景で、この光景を見られただけでも転生して良かったと思える程だった。
さて、家と周囲の探索も終わったので、例の収納というスキルを発動させてみようと思う。
「……」
うわあ…これ、思った以上に恥ずかしい。一人で叫ぶなんて、少しはしたなくないだろうか?もしかしたらスキルがあるこの世界では普通のことなのかもしれないが、地球育ちの私には少しはばかられた。
とはいっても、いつまでもそうしている訳にはいかない。私は覚悟を決めると、スキルを発動させた。
「……収納」
ちょっと小声になってしまったが、スキルはちゃんと発動した。
私の前に真っ黒の空間が浮かび上がったので、ここから取り出すのかな?と察した私はそこに手を入れた。
中はなにやらもやもやしたような空間になっており、手を入れた途端に頭の中に収納リスト的なものが浮かび上がった。
入っていたのは、何かの紙と何着かの衣服、それに加えて剣だった。何の剣かはわからないが、頭の中に一本の剣が浮かび上がったのは確かで、イメージでは30cm程の青白い刀身の剣だった。
剣はとりあえず怖いので置いておいて、紙と衣服を取り出そうとすると、手に紙と衣服の感触が伝わった。
そのまま掴んで引き上げると、紙と衣服を取り出せた。そして、紙と衣服を取り出した瞬間にその真っ黒の空間は消滅してしまった。
「すごい…」
地球では有り得なかった光景に、思わずほうけてしまう。脳の整理が追いつかないといったところだろうか。
数秒間そうしていると、はらりと紙が床に落ちた音が響いた。その音で正気に戻った私は、紙を拾いあげようとしゃがむと、その紙に書いてある事に目がいった。
「なんで…」
そこには、見たことない文字が羅列していた。しかし、何故か私はそれを理解することが出来たのだ。
これも、転生の特典のうちの一つだろうか?確かに文字を読める読めないではかなり難易度が変わるのでありがたいことなのだが、とてつもない違和感が私の脳を混乱させた。
「便利だけど…あんまり文字は読みたくないかな…」
そう思って紙を裏返すと、後ろにも文字が書かれていた。
しかし、それは先程のようなものではなく、日本語で
─これは鑑定書といって、自分のステータスを確認できる紙だ。これで君自身のことがわかるから、使ってみるといい。─
と書かれていた。
自分のステータス?と思ったが、あの神の言っていたレベルとかスキルが確認出来るという事だろうか。
しかし、ゲーム好きだった私は自分のステータスといわれると正直気になってしょうがない。あの文字を見るのは嫌だが、今回は我慢して読むことにしよう。
覚悟を決めて再び裏返すと、一番上に説明が書かれていた。内容は簡潔に、名前を書いて血を垂らし、魔力を込めるとステータスを鑑定します。と書かれていた。もちろん、全て鑑定する人のものでなければならないらしい。
「血…」
血を垂らすとは、どうすればいいのだろうか。自分を傷つけるようなものは先程の剣しか思いつかないし、痛いのは嫌だ。
私はステータスは見たいけど痛いのは嫌だという葛藤で悩んだ結果、ステータスを見るのは諦めることにした。
鑑定書はリビングの机に置いておいて、次は衣装を確認する。
「こ、これは…魔法少女ミカンのコスプレ衣装!?」
取り出した衣服のうちの特に目立つものを広げてみたところ、それは私の好きなアニメ『魔法少女ミカン』の主人公ミカンのコスプレ衣装だった。
流石に一人でこんなものを着て過ごすのは、完全にやばい人である。神の気遣いなのかなんなのか知らないが、これは収納に封印しておこう。
魔法少女ミカンのコスプレ衣装のことはひとまず忘れて、次にまた派手そうな緑色の服を広げてみた。
「うわっ、すごいドレス…」
今度はどこの貴族だよ!と突っこみたくなるような派手なドレスで、ライトグリーンをベースに黒の花模様が入っているものだった。
「これも封印かな…」
流石に普段着としては動きづらいし、何より派手すぎる。魔法少女ミカンのコスプレ衣装と共に、収納の肥やしになってもらおう。
そして、最後の衣服は真っ赤なワンピースだった。私はあまり赤というのは好きではないのだが、消去法でこれを着るしかないので仕方ないだろう。
しかし、改めて三つの衣服を並べてみると、完全に信号機である。赤色のワンピース・黄色の魔法少女ミカンのコスプレ衣装・緑色のドレス。偶然だと思いたいところだ。
私はワンピースに着替えると、残りの二つは収納にしまってから元々着ていたのを洗濯することにした。
ちなみに私が着ていたのは死んだ時に来ていた服と同じで、腹部が裂けてしまっている。この服を着ているとあの事を思い出してしまうので、これも収納に封印することにしたのだ。
洗濯といっても、洗剤がある訳では無いので水で洗い流すだけだ。水はもちろん湖の水を使うが、湖を汚すのは気が引ける。
先程探索した時には後回しにしたのだが、実は家の裏手に倉庫があった。そこに何かないかと探してみると、中には何かの装置のようなものや、便利そうなものから何に使うのかわからないものまで様々な道具があった。
かといって洗濯板なんていうピンポイントなものはなく、仕方ないのでバケツに水を汲んで、そこで服を擦って洗うことにした。
湖にいる微生物が入ってしまわないように気をつけながら水を汲み、服を擦り洗う。異世界に来たのに、最初にやることが洗濯かあ…と思わないでもないが、平和なのはいいことだ。
洗濯が終わると、小腹がすいてきたので家に戻って食事にすることにした。キッチンには冷蔵庫もあったし、パンがたくさんはいった袋もあったのでしばらくは大丈夫だろう。
キッチンに戻って冷蔵庫を開けると、そこには野菜とお肉、調味料なんかが入っていた。どれも地球で見たことがあるもの──どころか、お肉なんかはお徳用!とかいうシールが貼られてあったり、袋にシャウエッセン!なんて書かれていたりする。もしかしなくても、地球のスーパーとかに売っているものそのものだろう。
なんとなく地球のものとしてとっておきたい気もしたが、腐らせてしまうのももったいないので全部食べてしまおう。
こう見えても私は料理が得意で──なんて都合の良いことはなく、ごく普通の高校生─だったつもりの私は、料理なんてそんなにした事がなかった。
なので、無理せずお肉は焼く!野菜は切って盛り付ける!という簡単な料理にした。名付けて、焼肉とサラダセットだ。
調味料も一通り見たことあるものが揃えられており、焼肉に焼肉のタレをかけて完成だ。お水は、湖の水を汲んできた。
「いただきまーす」
黙々とお肉と野菜を食べる私。決して不味くはないのだが、特に美味しいということもない。しかし、どこか味気ないのは確かだ。
「お母さんって大変だったんだ…」
異世界に来て感じたことがこれとは、なかなか現実的でおかしく、思わず一人でくすりと笑ってしまう。
これからどんなことが待ち受けているかはわからないが、私は何事も平和が一番だなあと思ったのだった。
久美ちゃんは普通の女の子ですよ。コミュニケーションスキルのネジが抜けている所以外は……