墓場の交わり
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
おじさんは婿入りしてからこちらに出てきて、お墓関連で驚いたことがあるよ。お墓に入れる骨壺って大きいんだねえ。
おじさんの地元だと、火葬場で骨を焼いた後、骨壺に入れるのは一部の骨だけ。残りは火葬場におまかせする、というのが主流だ。
拾い上げる骨は、のどぼとけの部分が中心。文字通りの「仏」の字を関する部位だ。仏教関連では、重要視されて然るべきだろ? そのためか、お墓そのもののスペースも、この辺りに比べて、控えめで済むことが多い。
しかし、納めた骨に関しては、そのまま安置したままではよろしくないことが起こり得るんだってさ。
少し不謹慎かも知れないが、お墓をめぐる話をひとつ。耳に入れておかないかい?
私の実家から歩いて数十分のところにも、お寺さんとお墓がある。祖父母の家はこの近くにあってね、私の父母は結婚した時に、わけあって別居することになったんだ。
山肌に沿って作られているから、段差が非常に多い。間をつなぐ石階段もなかなか急なつくりで、足を踏み外したら一番下まで転げ落ちてもおかしくなかった。
この辺りのお墓は、骨壺の大きさも関係しているだろうが、カロート、いわゆる納骨室が地下にあるのが一般的なようだね。その点、おじさんの地元は地上にカロートを持っている。
墓石の下には、観音開きの戸がある。やろうと思えば、個人で骨壺の整理をすることも可能だ。
そしておじさんが高校生の時。広まった怪談話があった。
雨の日の夜。件のお墓に、雨がっぱを着て、大きなシャベルを握った人影が現れる。
その人影は墓泥棒で、音を消してくれる雨の夜に、順番に墓を暴き立てて骨壺を取り出し、中身の骨をしゃぶるのだという。
そいつに気づかれた時、急いで墓の外まで逃げなければ、シャベルで打ち殺されてバラバラにされたあと、真新しい骨壺の中身として、いずこかの墓に仲間入りを果たすのだと。
自分の家の墓があり、年内に何度も訪れるおじさんとしては、下手な話だなあ、と鼻で笑っていた。
墓を見回りに関しては、業者に頼むことがあると聞いた。中には、破損している墓石の修繕も請け負ってくれる場合も存在する、と。
その人たちが諸々の道具を手に、墓の見回りをしている場面に出くわした。それが特異な光景として目に映ったのだろう。雨だの、夜だの、バラバラ納骨だのは、いかにもな雰囲気作りのための、スパイスに過ぎない。
おじさんは適当に口を合わせながらも、内心では話し手に、白い目を向けていた。
数ヶ月後。おじさんの部活で打ち上げがあり、帰りがだいぶ遅くなってしまった。
最寄り駅の二つほど手前で、乗っている電車の窓に、ぽつぽつと雨粒がひっつき出し、ホーム下りた時には、音を立てて振り出し始めていた。
折りたたみ傘は持っていたものの、長距離は歩きたくない。その考えは他の人も同じだったらしく、いつもは数台のタクシーが止まっている乗り場も、空っぽのままで幾人もの客を待たせている。
脳内に広げた地図によれば、ここからだと祖父母の家の方が近い。泊まらせてもらおうか。
おじさんは遅々として進まない、タクシー待ちの列に見切りをつけ、電話ボックスに向かう。互いの家へ連絡をつけて、許可をもらった。
駅方面から向かうと、祖父母の家に着くまでに、かのお墓の脇を通る必要があった。
段を成して立ち並ぶ、墓石と卒塔婆が、少しずつ大きくなってきて、私はふとクラスでの噂話を思い出す。同時に、得意げに話す奴の顔と、それに怖がる素振りを見せる連中の顔も。
妄言と、それに踊らされる愚民。度し難い存在たち。
それを証明して、マウントを取りたいと思っちゃったんだよねえ、若きおじさんは。
ほとんど道草感覚で、おじさんは何度も参っている墓場の中へと足を向けた。
先にも話した通り、この墓場の階段は急だ。のみならず、山に作られた関係上、墓石の並びも真っすぐではなく、傾斜に沿ってアップダウンしている箇所も多い。
ケガへの恐れ。それが実際の肌寒さと相まって、墓場の恐ろしさを増すのに手を貸しているのだろうな。
ぼんやりと我が家の墓目指して歩いていたおじさんは、はたと足を止める。
十メートルほど先。かっぱを被った人影が歩いているのに気が付いたんだ。晴れていたらもっと早くに気づいただろうが、ボケっとしていた上に、だんだんと増していく降りの強さで、視界も悪くなっていた。
手には、大人の上半身ほどの長さはあろうかという、大きなシャベルがおさめられている。人影が歩くたび、その剣先もかすかに揺れていた。
――マジだったのか、あの話。
私はとっさに、そばにあった山のように大きい、無縁仏の塚に姿を隠す。
ここまで遠慮なく足音を立てすぎた。向こうも気づいているかもしれない。
だとしたら、息を殺してやり過ごすべきだろう。下手に逃げると、また物音を立てかねない。
この折りたたみ傘をたためば武器にできるが、あの大きいシャベル相手に、かなうビジョンが見えてこない。気取られたら、いろいろと覚悟を決めなくては。
私は姿勢を低くしたまま、無縁仏の塚から、じわじわと離れ出す。
先ほどの、皆の優位に立ちたいなどという考えはどこへやら。逃げることしか考えていなかった。真実を得ても、それを語るのが亡者相手になってしまっては、何の甲斐もない……。
「そこで、何をしている」
びくっと身体が跳ねた。その時にはもう腕を掴まれていたよ。
無理やりもぎはなって逃げようとするおじさんに、掴んできた主から「落ち着け」と声がかけられる。
見ると、そこには祖父がいた。雨がっぱに身を包み、大きなシャベルを握るその姿は、件の人影そのままだ。
「なぜ来た」と手短に問うてくる祖父に、学校の話も加えて、説明するおじさん。
祖父はところどころでうなずいていたが、びゅっと強い風が吹きつけると、厳しい顔つきになる。おじさんの折り畳み傘の骨を根こそぎにするほど、強烈な勢い。
祖父はおじさんの腕を握る力を強め、引っ張っていく。
「一緒に来い。お望みの『真相』を見せてやる」
力強い歩みに流されるまま、おじさんは祖父に連行される。折りたたみ傘はほとんど機能しておらず、全身びしょ濡れだが、意に介してくれる様子はない。
やがて我が家の墓の前に立たされる。「墓石の字を読んでみろ」という祖父の指示。墓の前に立ったおじさんは、刻まれた字を見る。いや、見ようとした。
そこに、我が家の墓を意味する言葉は、一文字もなかったんだ。新しく用意をした墓石のようにまっさらな石が、立っている。
戸惑いながら、祖父にその旨を告げるおじさん。すると祖父は、墓の下の観音開きの戸に手をかける。
例のカロートの戸だ。中には我が家の骨壺が入っているが、ひとつひとつは小さい。這い進むのがせいぜいの、平らで狭い空間があるだけのはずだ。
戸を開いた祖父は「わしにならって、ついてこい」とおじさんを促しつつ、カロートの中へ入っていく。かつて納骨した時とは違い、頭ではなく足から。
私はためらいつつ、頭からカロートに入り込んで……滑った。
カロートの中は、あるはずだった平らな地面が消えて、底が見えないほど深い、土の坂道へ変わっていたんだ。
頬を叩かれて、私は目を開く。知らぬ間に横たわっていたらしい。
「わしにならえといったろうに」ともらす祖父が、目の前に立っていた。
身を起こして、私はまた震えてしまったよ。今度は寒さだけじゃない。
そこは骨壺の海だった。ひとつひとつは、せいぜいすねの辺りのサイズしかない陶器のつぼ。それが何十、何百と並び、およそ十メートル四方の石床を、ほぼ埋め尽くしている。私たちの背後には、先ほど滑ってきたであろう、土の坂。
そもそも、カロートの中に、人が立ってなお余裕のある、高さを持った空間があるなんて……。
「雨降り、風吹く、冷たき晩に、墓は古今のものとなる」
祖父がつぶやきながら、つぼたちの中を縫って歩き出し、私もあわててそれを追った。
「『たとえこの世で結ばれずとも、あの世で一緒になりましょう』。その思い、抱きし間は美しくとも、実を結ぶなら牙をむく」
海原の中央に立ち、シャベルの刃先を下に向けて、その把手の頭に両手を置く祖父。その姿は、周りのツボたちの低さもあって、巨人に思えた。
「この世に遺した骨汚し、生まれ出ずるは、来世の厄」
祖父が空間を見渡し、私も動く視線の先を追う。いくつかの壺が、身震いするように小刻みに揺れている。祖父は他の骨壺をまたぎつつ、そのうちのひとつへ。
「子孫に仇なす、不逞の祖ならば、安んじるのが世のためよ」
祖父が揺れる壺目がけ、一気にシャベルを突き立てる。ガシャンと大きな音をたて、無数の粉となった壺。そこから身をよじらせて、逃げ行く影が一本。
ムカデだった。おじさんが今まで見てきたものより、太くて長い。腕ほどもありそうな図体。それが左右にうねりながら、他の壺たちの間を縫って逃げようとする。
祖父は、それを打った。時に剣先を突き立て、時にすくう部分の「平」を使って、その身体を叩きつぶした。
次々にとどめを刺されるムカデたち。でも、その悲惨な姿は一瞬だけ。祖父のシャベルがどいた時、そこには骨のかけらがあるばかり。
祖父のムカデ退治は、震える壺とその中に住まっていただろうムカデが、完全にいなくなるまで続いた。
それらが済むと、祖父は私を伴い、件の坂を這いあがり始める。いくらも登らないうちに、雨の音が聞こえてきて、外からの明かりが入ってくる。
そこから身を乗り出すと、雨が弱まり始めた、なじみの墓地の風景が広がっていた。
思わずどかりと腰を下ろした私の前で、祖父はカロートの戸を閉めていく。もう一度見せてほしいと頼んでのぞいたけど、もはや坂はそこになく、平らな地面とその奥に並ぶ、数個の骨壺の影があるばかりだったよ。
そして墓石も、おじさんの一族の墓であることを示す言葉が、深々と刻み込まれていたんだ。