まりりんちゃんのすてきなおたんじょうび
珍しい赤毛色をした猫のシオンちゃんと、くりくりお目目のチワワのマリリンちゃんはお向かいに住んでいました。
お散歩で通りかかる他のワンちゃんに尻尾ふりふり話しかけているマリリンちゃんを、シオンちゃんはいつも屋根の上から見下ろしていました。
「ふんっ。ワンコはこれだから嫌いニャ。誰にでも尻尾ふるなんて信用出来ないニャ」
ですがマリリンちゃんは通りかかるワンちゃんだけでなく、お向かいの屋根から覗いているシオンちゃんにもいつも話しかけていました。というのも、マリリンちゃんはお金持ちのおうちのワンちゃんなので、広いお庭の中は自由に駆け回れるのですが、敷地の外へは柵があって出られなくて寂しかったのです。
「シオンちゃーん、そんなところから見てないで一緒に遊ぼうワーン。ぼくはここから出られないんだワン。だけどシオンちゃんは自由だろ? 降りてきてぼくと遊んでよー」
「バカ言うやつニャ。あたしはあんたが嫌いニャ。万年発情期のマリリンちゃんなんてそこに閉じ込められてる方がお似合いだニャ。ざまあないニャ」
「そんなこと言わないで降りてきてよー。シオンちゃんはぼくの事嫌いでも、ぼくはシオンちゃんが大好きだワン」
「す、好きだなんて簡単に言うニャっ。これでも食らえニャっ」
怒ったシオンちゃんはマリリンちゃん目掛けてイカの切り身を投げつけました。シオンちゃんはマリリンちゃんがイカ嫌いなのを知っていたからです。きっと近所のワンちゃんたちと好みの話をしている時に耳にしたのでしょう。マリリンちゃんにクリティカルヒットしたのを見届けると、ぷいっとお尻を向けておうちの中へ入っていってしまいました。
「痛っ! 酷いワン、シオンちゃん……」
マリリンちゃんはくりくりのお目目を潤ませながら鼻を鳴らしました。シオンちゃんはどうしていつもぼくを嫌いだと言うのだろう、投げつけられた痛みよりも心が傷ついて悲しくなってしまいます。尻尾もすっかり垂れ下がってしまいました。
ある日、シオンちゃんがいつものように屋根に上ると、マリリンちゃんのおうちの前にたくさんのワンちゃんたちが集まっているのが見えました。シオンちゃんは首を傾げました。何かあったのだろうか、シオンちゃんは少し様子を見守る事にしました。
「マリリンちゃん、お誕生日おめでとう。これ、私からのプレゼントだワン」
「おめでとう、マリリンちゃん。私のも受け取って欲しいワン」
「マリリンちゃんの好きな高級クレープ買ってきたワン。ハッピーバースデーだワン」
ワンちゃんたちは次々とマリリンちゃんのおうちの前にプレゼントを置いていきました。それを見たマリリンちゃんはぱたぱたと尻尾を振って御礼を言いました。
「ありがとう、仔猫ちゃん……じゃなくて、仔犬ちゃんたち。ぼくは素敵な誕生日を迎えられて幸せ者だワンっ」
そう言ってにっこり笑ったマリリンちゃんを拝んだワンちゃんたちは、満足そうに口角を上げながらそれぞれのおうちへ帰っていきました。みんながいなくなったあとに残ったのは、柵の前に置かれたたくさんのプレゼントたち。それと、みんなを見送ってしょぼんと耳を折り曲げるマリリンちゃんの寂しそうな後ろ姿でした。
「ちょっと、そこのバカ犬っ」
シオンちゃんは思わず大声で呼び止めました。いくら柵の向こう側に並んだプレゼントが届かないからって、たぐりよそうともせず置きっぱなしにするなんて失礼過ぎる、裕福なおうちで育ってこなかったシオンちゃんはぷんぷん怒ってしまいました。
「みんなの気持ちを踏みにじるなんてサイテーだニャっ。見損なったニャ。あんたはやっぱりこれでも食らえニャっ」
シオンちゃんの怒鳴り声と共に何かが降ってきます。またイカだっ、マリリンちゃんは目を瞑って首をすくめました。
「……あれ?」
ですが、目を開けたマリリンちゃんの足元にぽてりと落ちてきたのはイカではなく、それはそれは丸焦げになった黒い黒いクロワッサンでした。
今度はマリリンちゃんが首を傾げました。どうして今日はぼくの嫌いなイカじゃないんだろう、炭のようなクロワッサンをまじまじ見つめます。
「あっ、もしかして……」
マリリンちゃんはハッと顔を上げました。そうです、クロワッサンはマリリンちゃんの大好物だったのです。シオンちゃんはそれを知っていてお誕生日プレゼントにクロワッサンを焼いてあげたのです。
触れればぱらぱらと表面が剥がれ落ちるほど焦げ切ってしまったクロワッサンですが、不器用なシオンちゃんが自分の為に焼いてくれたのだと思うとお目目がうるうるしてきます。マリリンちゃんはぎゅっと瞼を閉じてそれを悟られないように必死で隠しました。
「ありがとう、シオンちゃん。大事に大事に食べるワンっ。ぼくはたくさんのプレゼントよりも、シオンちゃんに構ってもらえた事が何より嬉しいワンっ。やっぱりぼくはシオンちゃんが大好きだワンっ」
「ふ、ふんっ。調子に乗るなっつーの。今日だけ特別ニャ」
きらきらとお目目を輝かせるマリリンちゃんにそう言われ、シオンちゃんは照れ臭そうにそっぽを向きました。そして横目でちらりちらりと様子を窺いながら塀を伝ってぴょこぴょこと降りてきました。
「わぁっ、シオンちゃんが遊びに来てくれたワーンっ」
マリリンちゃんのおうちの前まで来たシオンちゃんは、並べられたプレゼントを前足に抱えてひとつひとつマリリンちゃんのところへ運びました。ニャンコであるシオンちゃんには柵をすり抜ける事など朝飯前なのです。自分の為にプレゼントを運んでくれるシオンちゃんの姿を見たマリリンちゃんは、いつもの何倍も尻尾をふりふりして喜びました。
「シオンちゃんシオンちゃんシオンちゃんっ。ぼくは今サイコーに幸せだワンっ。素敵な誕生日をありがとうだワンっ」
「う、うっさいニャ……。今日だけって言ってるニャ……」
おヒゲをむずむずさせるシオンちゃん。お鼻を突き出してきたマリリンちゃんに自分のお鼻をちょんっとくっつけ、小さな声でぽそっと囁きました。
「お誕生日おめでとう、マリリンちゃん……」
ツンデレニャンコちゃんと幸せなお誕生日を過ごしたマリリンちゃん。今日は二人で日向ぼっこ。ぽかぽかうとうと、いい夢見れるといいね。
おしまい