15. 私の兄がこんなにカッコイイわけがなかろうに
「俺はアレックス・キングストン。よかったら、アレクって呼んでくれ」
「キンバリー・キングストンです……」
応接室の中に入ると、戦士風の男がいた。
金髪のツンツン頭に青い瞳。
青の胸当て鎧を身に着けている。
爽やかな笑顔、
そして
イ
ケ
メ
ン
。
家名を聞いて、お互いに「あ」という表情になる。
「もしかして、君もキングストン家の養子……?」
「もしかして、兄さん……?」
キングストン家は古くから続く貴族である。
今の当主はウィリアム・キングストン。
妻メアリーとの間に、子宝には恵まれなかった代わりに、たくさんの養子を迎えている。
跡継ぎにするためというよりは、慈善活動のようだった。
身寄りはないが才能を持っている子どもに、家名と教育の機会を与えていた。
キングストンの名を冠して活躍してくれる人間が多ければ、一族のためになると考えていたようだ。
だから、私が知らない兄弟姉妹がいっぱいいる。
アレックスに対しても、『兄』というよりは『先輩』という方が、感覚として近いかもしれない。
「こんな所で妹と会うとは思わなかったな。お父さんとお母さんは元気か?」
「元気だよ。私が家を出てから後のことは知らないけど」
そういえば、お母様が『あなたのお兄様の中でも冒険者で活躍している人がいるのですよ』と言っていたな。
名前までは憶えてなかったけど。
「隣国を拠点にしているって聞いたような。何でこっちに戻ってきてるの?」
「それはな『ラーメン』を食べに来たんだ」
「ラーメン!?」
つい大きな声を出してしまった。
「どこのお店の……?」
「キンバリーも冒険者だったら知っているかな。『ラーメンタナカ』だよ。
ほら、食べたらレベルが上がるって噂の」
食べたら
レベルが
上がる?
そそそそのその噂は
知らなかったけどけどけど
そそそれはそれはははは
ももももももうあの人のお店に
ま間違いないないないいいいいいい
……いかん、脳内で取り乱してしまった。
私もラーメンタナカに行くつもりだったけど、早く行きたい。
「あと、極秘裏に討伐の依頼を受けていて。いつかは分からないんだけど近々、伝説級の魔物が出没すると言われている」
「そうなんだ」
「そんな中、俺の仲間2人が器物破損で衛兵に拘束されちゃって……」
「仲間、何やってるの?」
「賠償金と保釈料を払って、解放されたのはよかったんだけど、いつのまにか呪いをかけられてて……。土下座した体勢でずっと固まってるんだ」
「伝説級の魔物がいつ出現するか分からないのに、メンバーがそんな状態じゃ困るでしょうに……」
兄さんも大変だな。
「だから、キンバリーにお願いしたくて。呪いを解いて欲しいんだ」
私は専門家じゃないから呪いとか知らない……と、言おうと思ったのだけど。
「……あ」
土下座の体勢でずっと固まってるって……。
ミアの働いているレストランで食事をしていた時に、大暴れしていた2人か!
兄さんの仲間だったんかい。
私に話ってそういうことだったのか。
もっと長いこと反省してもらおうと思ったけど
まあ、いいか。
解除の方法を教えることにする。
「『ビステッカさんごめんなさい』って」
「え?」
「2人にそう言うようにって」
「……そうか、ありがとう。やってみるよ」
粗暴なやつらとは言え、兄さんの仲間だし
伝説級の魔物を討伐依頼を受けてるような貴重な戦力だし
もっと長いこと反省してもらおうと思ったけど、まあいいだろう。
私が使ったスキル『絶対服従』は相手を意のままに操る効果がある。
『言葉』で相手の動きを『強制』するため、基本的には言葉が通じる相手にしか効かない。
今回、あの二人に聞かせたのは『私のビステッカに謝れ』だった。
だから、最大級の謝罪のポーズ、土下座の体勢になったのだ。
ただ対象物の『ビステッカ』が目の前にないため、謝罪が完了しておらず、強制力が解除されていない。
もし兄さんが2人の仲間を連れて、あのお店に謝りに行ったら、動けるようになっただろう。
また『ビステッカ』に対する謝罪の言葉を口にするでもいいので、それを教えた。
最悪、放っておいても1週間から10日くらいで効果は切れる。
兄さんは『呪い』と言っていたけど、私は『呪い』と『スキル』の違いなどはよく知らない。
「キンバリーは冒険者になったばかりなのにすごいな。大暴れする上級冒険者2人を制圧するとか」
「制圧なんて大げさな……。油断している相手に足を引っ掛けたみたいなものだよ」
「先輩冒険者として、兄として、何か困ってることがあったら手助けするぞ!と言おうと思ったが、全然大丈夫なんだろうな」
「そんなこともないよ。今、お金がなくて困ってるんだから」
兄さんは伝説級の魔物討伐の指名依頼を受けるくらいレベルが高いので、結構稼いでるんだろうなあ。
問題を起こす仲間がいるから、出費も多そうだけど……。
ふと、疑問に思っていることを聞いてみた。
「アレク兄さん、ちなみにギルドに依頼料っていくら払ったの?」
「……金貨10枚だけど?高いけど、まあ報酬が妹に元にいくならよしとするかな。ははははは」
依頼人がギルドに発注した依頼料が金貨10枚
冒険者に支払われる成功報酬が金貨2枚
・
・
・
ゴルァッ!イザベラ!!
手数料を80%も取ってるのかっ!!!
がめつ過ぎだろ!!!!!
―――――
最後は、お互いに滞在している宿の場所を教え合い
今度は一緒にメシでも食いに行こう、なんて話をした。
兄さんが先に応接室から出た。
今回の依頼が完了した旨を受け付けに伝えてから帰るとのこと。
私はお茶を飲み終わってから、応接室を出る。
いつもの受け付けカウンターに行くとイザベラはいなかった。
代わりに、銀髪で色白の女性がいた。
机の上の立て札には『受付係:ミカエル』と書いてある。
そういえば、お茶を持って行くと言っていたけど、運んで来たのはイザベラではなくこの人だったな。
「すみません、イザベラさんに担当してもらっているキンバリーなんですけど」
「イザベラはただ今、事務手続き上のトラブルの処理中で離席しております。内容はうかがっておりますので、少々お待ちください」
結局何なんだよ!事務手続き上のトラブルって。
「お待たせしました。キンバリーさんが受けられたクエストが完了したと、依頼人から報告を受けております。報酬をお渡ししますね」
黒いトレーに乗せて、金貨4枚を渡される。
「あれ……、報酬って金貨2枚じゃなかったけ?」
「依頼書に書いてあったのは、最低保証報酬だったようですね。依頼人は今回の達成度において非常に満足しているとのことでしたので、記載の報酬より増額されています」
そうなのか。
さすがに、手数料を8割も取ったりはしないよな。
ちょっとギルドを疑い過ぎてたかもしれない。
―――なんて思ってた時期が私にもありました。
後になって、アレク兄さんに聞いて分かったことだが
私がお金に困っていると言っていたから、成功報酬を増やしていたそうだ。
最初に金貨10枚を渡し、もう一度金貨10枚をギルドに渡していたとのこと。
おいおいおい
ギルドを通さなくても直接私にお金をくれたらよかったじゃないか!