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脚本家だって壁ドンくらい出来ます



飲み物を買うために控室が並んでいる廊下を歩いていた私は、お目当ての自販機の前で先客がいることに気付いた。

衣装であるスーツを着て、ぼーっと自販機の前で突っ立っていたのは、人気男優来栖湊だった。

近くまで寄ってもこちらに気付いている様子は見られない。

自販機のボタンはチカチカと点滅しているので、硬貨は入れたみたいだが、一向に購入ボタンを押す気配がなかった。

いやでも何を買うか迷っているだけかもしれないし。

そっと見守ること約十秒。

しびれを切らした私は、勝手にミネラルウォーターのボタンを押した。

ガコンというペットボトルの落ちる音がして、来栖さんはハッとした様子で私を見た。


「えっと…」


いや、いま気づいたんかい。

いくら私が地味女で空気のような存在だと自覚していても、認知されないのは傷つく。

落ちたペットボトルと私を交互に見ている来栖さんに、私は小銭を握りしめながら微笑んだ。


「すみません、撮影中だから水だろうと思って勝手に押してしまいました。よろしかったですか?」

「あ…はい、大丈夫です」

「よかった。私もお茶を買いたいので、どいてもらっても?」


「すみません!」と慌てた様子でミネラルウォーターを取り出した来栖さんは、隣のベンチに腰掛けた。

最初から緑茶が飲みたいと買うものは決まっていたので、私はさっさと小銭を自販機に投入して購入ボタンを押す。

その間にちらりと横目で来栖さんを見ると、何やら深刻そうに溜息をついていた。

大丈夫…そうではない。

さっきの撮影で、何か気に入らないことでもあったんだろうか。

まぁたとえそうだとしても、処女の私が人気男優のソッチの話の相談をされても答えられないし、放っておくことにしよう。

仕事でなくプライベートで何かあったのかもしれないし。

彼女にフラれたとか、愛犬が亡くなったとか。

それこそ私の管轄外である。

落ちてきた緑茶のペットボトルを取りながら腕時計を確認すると、もう休憩時間が終わろうとしていた。

和歌子さんへの挨拶は諦めるしかない。


しかしもうすぐ本番だというのに、来栖さんはこんなところにいて良いのだろうか。


「あの、もうすぐ時間なので戻られた方が…」


一応声だけかけておこう。

そう思って声をかけたら、がしっと手を掴まれた。

そういえば今朝も誰かさんに手を掴まれたなとデジャヴを感じる。


「ええと…どうかされましたか?気分が悪いとか…」

「…勃つ気がしないんだ」


は?

いまなんと仰いましたか?

いや、やっぱり二回も言わなくていいです。


「去年大学を卒業して、本格的にこの道で食っていこうと思ったけど、ゲイものにも出ておいた方が仕事の幅が広がるって営業の人に言われてその気になったけど、やっぱ男相手に興奮できない!」


あ、全部説明してくれちゃったよこの子。

ていうか営業の人って絶対鷹藤さんだよね。

鷹藤さんの口車に乗せられてしまったゆえにこんな状況に陥っているのね、かわいそうに。

そりゃあこんな心境で本番に行けるわけないよね。

男の人は気持ち的に萎えると絶対無理って言うし。


「あの…失礼ながら、同性とそういったことの経験は…やっぱりないんですか?」

「…実は学生時代に、男数人の宅飲みでノリでそういう感じになったことはあるけど…。でもあのとき相当酔ってトランスしてたし、俺()れる方だったし…」


あるんだ。

そっか。ノリで、あるんだ。

でもさすがに自分が突っ込まれたことはないらしい。

そして今回の配役は、来栖さんが突っ込まれる側なので「興奮できない」と。


…ということは、私と来栖さんって処女仲間なのでは?


あ、なんだか急に親近感沸いてきた。

急速になんとかしてあげたい感が芽生えてきた。

でも一体どうしたらいいんだろう。

私だって同性相手に興奮しろと言われても結構無理がある。


やっぱり、異性でなければダメなのだろうか。

そこまで考えて、妙案を思いついた。


「来栖さん、いっそ女の子になってしまうのはどうでしょう?」

「…それは、どういう」

「ちょっと失礼しますね」


そう言って私は手を伸ばし、来栖さんの頭の横を通り過ぎて後ろの壁についた。

私が立っていて来栖さんが座っているので、ちょうど一般的な男女の身長差になっているはずだ。

さらに持っていたお茶をその辺に置いて、もう片方の手で来栖さんの顎を持ち上げる。


必殺、壁ドン&顎クイ。

世の中の女子はこれをされると相手を意識せざるを得ないと言う。(ただしイケメンに限る。)


ちなみにいま私の頭の中には、先日「研修だ」と言って無理矢理鷹藤さんに見せられたAVが流れている。

それが偶然にも来栖さん主演のものだった。

たしか次のセリフはこうだったような。


「お前は大人しく俺に開発されればいいんだよ」


私はなるべく声を低くしてそう言って、来栖さんの耳に顔を寄せる。


「天国見せてやろうか?」


うん、確かこんな感じだった。

我ながら中々の再現ぶりである。

先日見たAVでは、来栖さんのこのセリフで、女優さんが戸惑いながらもほだされていく流れだったと思う。


しかし私は、ぴくりとも動かず何も反応しない来栖さんに急速に不安を感じ始めた。


あれ?

もしかして引かれた?

初対面のこんな地味な女が天下の人気男優に何してくれてんだって感じ?


それでもこのままでいる訳にはいかないので、恐る恐る来栖さんの顔を覗き込むと。


そこには、照れているわけでも、引いているわけでもない。

予想外に真剣な眼差しで私を貫く来栖さんがいた。


「…す、す、すみません!ちょっと調子に乗りま」

「―――いいね、それ」


そして来栖さんが真剣な眼差しのまま顔を近づけてきたので、私は慌てて後ろに飛びのいた。

来栖さんは一瞬キョトンとしていたが、すぐに笑って立ち上がる。


「ありがとう。お姉さんのおかげでヤる気でてきちゃったかも♪」


少し前のあの落ち込み様はどこへやら。

意気揚々と撮影現場に戻る背中を、今度は私が溜息をついて見送るハメになった。

まぁ、役に立てたなら良しとしよう。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「―――はい、カット!今日の撮影は以上で終了でーす」


ラストシーンを撮り終わって、スタッフが撤収作業をし始める中、ガウンを羽織った来栖は監督に駆け寄った。


「監督、お疲れ様でした」

「おぉ、お疲れさん。後半中々良かったんじゃないか」

「ありがとうございます。…ところでなんですけど、監督。あの隅っこの方にいる女の子って関係者ですか?」


撮影所の隅、機材の隙間でメモを取っている女を来栖は指さした。


「あぁ…、あいつはウチの脚本家だが。今日は見学で来たらしいな」


(へぇ…。脚本家だったんだ)


「脚本家かぁ。てっきり新人の女優かと思いました。顔は地味だけどスタイル良いし」

「確かにスタイルは良いな。顔は壊滅的に地味だが。…って、お前、山門と面識あったのか?」

「いえ、さっき廊下で…山門さんって言うんですね」


相変わらずせっせとメモを取っている女を見て、来栖はにっこりと微笑んだ。


「―――監督、山門さんに次の脚本ほんは俺を使ってくださいって伝えといてくれませんか?」






山門「何か視線を感じるような…」

鷹藤「地味すぎて誰もお前なんて見ない」

山門「ひどい」


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