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処女バレだめ、絶対



「かんぱーい…」


カチンとグラスを合わせる音が虚しく響く。


「言っておきますけど、あれは和歌子さんが悪いですからね」

「そんなこと分かってるわよぅ…。てかアンタ、ちゃんとした酒飲みなさいよ。カシスオレンジにカルーアミルクですって?」

「嫌ですよ、苦手なのに」

「まぁ、アンタ酒入るとすぐ寝るもんねぇ。安上がりでいいけど」


凍り付いた空気に耐えられずに、私たちは合コンを早々に切り上げて会社近くのバーで飲み直していた。

ちなみに、横でひたすらハイボールを飲んでいるのが、会社のひとつ年上の先輩で同じく脚本家の西村にしむら和歌子わかこさんだ。

和歌子さんとは大学で知り合って、私がこの道に入るキッカケとなった人物でもある。


大学に入学して一週間が経とうとしていた頃。

当時から文章を書くのが好きだった私は、同人サークルに興味を持っていた。

その新歓コンパで隣の席に座ったのが和歌子さん。

初対面の印象としては、ひとつしか年が違わないのにしっかりしているお姉さん、といった感じだった。

しかし、酔った彼女を前にして、正直引いた。

和歌子さんはBL好きの腐女子で、いやそこは個人の趣味だし別にいいのだが、とにかくド変態だったのである。

私の記念すべき人生初の新歓コンパは、八割方よく分からない単語が飛び交う和歌子さんの話を聞き流して終わったと言えよう。(後にそれが隠語だと知った。)


しかしサークルの活動方針自体は気に入った私は、和歌子さんと関わらなければなんとかなるだろうと腹を括りその同人サークルに入った。

そして、そこで和歌子さんに違う意味で引くこととなる。


彼女の書く文章は、題材こそアレだったものの、ひどく心揺さぶられるものだった。

いや、ホントに内容は「変態を極めたエロス」みたいなものだったが。


その衝撃を忘れられなかった私は、和歌子さんが入社した今の会社に、後を追うように入社した。

入社したというか、和歌子さんのコネでほぼ無理矢理入り込んだ。

そんな感じで、私は和歌子さんに尊敬と呆れが混ざったような気持ちを抱いている。


「大体、和歌子さんが”彼氏作りたい”とか”お願いだからついてきて”って言うから合コンに参加したのに。なんで遅れてきて早々あんなこと叫んでるんですか。初対面の人に私たちの職業を正直に言ったらそりゃあ引かれますよ」

「だってー、来栖湊だよ?人気男優だし、イメージぴったりだし、彼のゲイビデオ処女作が私の書いた脚本ほんって名誉すぎない?叫びたくもなるよー」


和歌子さんが手がけているのはゲイビデオが主だが、普通のAVの脚本ほんも書いている。

いや、普通かと聞かれればアブノーマルなプレイものだけれども。

そしてちゃっかり人気だったりする。

だってエロイんだもの。(あ、これこの業界の褒め言葉ってことにしといてください。)


ちなみに私が得意なジャンルは、女性向けのAVのシナリオだ。

どこが女性向けなのかというと、女性がちゃんと感情移入できるようにストーリーは緻密ちみつに組み立てるというのがひとつのポイント。

恋愛ドラマの延長線上にあるもの、と説明すると分かりやすいかもしれない。

本番に至るまでの雰囲気やシチュエーション、ピロートークも大事にする。


自分で言うのもなんだが、和歌子さんと同じようにちゃっかり人気だったりする。

しかし私にはAV脚本家として、人には言えない最大の欠点があった。


「いまアンタが書いてる話も良い演者がつくといいねぇ。…ていうか、アンタ処女のくせになんであんなドキドキムラムラする脚本ほんが書けるんだか」

「…処女どころか、キスもデートもしたことありませんけどね」

「ホンット信じらんない!けど昔から千鶴のことを知ってる奴もそう言うんだから間違いないよねぇ」


そう。

私は彼氏いない歴=年齢で、ファーストキスさえまだ、異性とデートをしたこともなければ、極めつけには処女なのである。

今のところ会社でこのことを知っているのは和歌子さんしかいない。

この砦だけは絶対に死守したい。

処女だってバレたら今までの作品すべてに「リアリティがない」とか「処女の作った作品なんて見れない」とかケチがついてまわりそうだ。


「―――誰が処女だって?」


そして最もバレたくないのが、このお方。


「はぁ!?なんでここにいるのよ、鷹藤!」


和歌子さんが会うたびに啖呵たんかを切る、彼女の同期・鷹藤たかとう誠司せいじさん。

彼は営業部なのであまり一緒に仕事することはないが、なぜか犬猿の仲で有名だ。

いや、ここまでいくと喧嘩するほど仲が良い、と言ったほうがいいかもしれない。

本人たちには絶対に言えないが。


「こんな会社の近くで飲んでたら会う確率の方が高いだろう。で?何の話をしていたんだ、山門」


なぜこの人にバレたくないかというと、もうバレかけているからである。

さかのぼること数年前。

入社してまだ間もない頃、和歌子さんにちょっかいを出していた鷹藤さんと遭遇した。

そして。


―――なんかお前、処女くせぇな


初対面にも関わらず一発で見抜かれたのである。

そのときは適当に「人並に経験してます」とか言って逃げて、和歌子さんもそれなりに話を合わせてくれた。

それからというものの、ことあるごとに処女ネタで絡んでくるから苦手なのだ。

現に今も絡まれているし。


「和歌子さんの書いた脚本ほんが、人気男優の来栖湊の処女作になるってお祝いしていたんですよ」

「そーよ、アンタのキャスティングが最高だって話をしていたのよ!」

「なんだ、てっきり山門の話かと思ったのに。てか西村、お前褒めるならちゃんと褒めろ、そして今度飯奢れ」

「くっ…、だからアンタは嫌いなのよ」


営業部の主な仕事は、出来上がった映像の販売促進と、撮影するにあたってのセッティングなどである。

鷹藤さんは営業部でも優秀らしく、そして和歌子さんの話を聞く限り、今回のキャスティングも彼がやったらしい。


どかっと鷹藤さんが私の隣に座った。

つまり、ひとつ上の犬猿コンビに挟まれた。


「ちょっと、なに千鶴の隣に座ってるの?近づかないで、妊娠したらどうするつもり!?」

「俺はどんな扱いだよ、この変態女」

「うるさいわね、この下半身ゲス男。私のかわいい後輩にちょっかい出さないでって何回言われれば気が済むわけ?」

「俺にとってもかわいい後輩だからな。なぁ、山門?」


「…帰りますか。明日も仕事ですし」


こういうときは何て言うか知っていますか、みなさん。

逃げるが勝ちって言うみたいですよー。

はぁ…。




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