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ハグってストレス解消になるらしいですよ



デザートまで平らげた私たちは、現在食器洗いの最中である。

できれば鷹藤さんには休んでいて欲しかったけれども、「しまう場所とか俺がいた方が分かりやすいだろ」とのことだったので、お言葉に甘えることにした。

食事の最中の様子がすこし変だったので(顔がかゆいとかなんとか)心配だけど、他人にいじられた後のキッチンが使いづらいことは、自分でも知っているから。

黙々と私がお皿を洗い、鷹藤さんが拭いてしまうという作業を繰り返していると、ふいに鷹藤さんが「あれ」とつぶやいた。

どうやら調理器具の棚を見ているみたいだ。


「この鍋、底が焦げてなかったか?」


底まで銀色の鍋をしげしげと眺めてから、鷹藤さんが鍋をこちらに見せてきた。


「…あぁ。その鍋、確かに焦げがこびりついていたのでキレイにしておきました」


鷹藤さんが持っている鍋を、夕飯を作るときに発見した際には、確かに頑固な焦げがこびりついていた。

たぶん、煮込む系の料理で焦がしてしまったんだと思う。

ちょっと気になったので、夕飯を作るついでに焦げを落としておいたのだった。


「キレイにしておいたって…、俺がいくら洗っても落ちなかった汚れを?」

「そりゃあ洗剤では落ちませんよ。ちょっとしたコツがあって、お酢を入れて沸騰させると焦げが浮いてくるんです」


私のやり方が目からウロコだったのか、鷹藤さんは目をしぱしぱさせた。


「…なんかお前、良い母親になりそうだな」

「お母さん、ですか?どちらかというと”おばあちゃんの知恵袋”っぽいですけど」

「………まぁ、お前は縁側で湯呑すすっているのがお似合いだ」


鍋を元の場所に戻して、鷹藤さんは私が拭いた食器を戻す作業を再開した。


「そんな老後だったらいいですけど…って、もしかしてババ臭いって意味ですか?」

「さぁな」


お皿棚に戻しながら、鷹藤さんがにやりと笑う。

この意地悪い笑みを見るのは、なんだか随分と久しぶりな気がした。

いつも通り「意地悪」な鷹藤さんにちょこっと安心してしまって、やるせない気分になった。


「…あ、これで終わりです」

「了解」


最後の一枚を洗って鷹藤さんに渡すと、私は近くにあった布巾で手を拭く。

薬や飲み物など、必要になりそうなものは買っておいた。

ご飯も食べてくれたし、少し顔色が良くなったようにも感じる。

あとはゆっくり寝てくれればきっと大丈夫。


だから、もう私がここにいる必要はない。


鷹藤さんの作業が終わるまで少し待って、私は口を開いた。


「じゃあ、あの…私そろそろ帰りますね」


鷹藤さんが、固まった。

しまった。

もしかしたら急に言ったから驚いたのかもしれない。

タイミング的に今じゃなかった?

でもあまり他人のお家にお邪魔した経験がないので、帰宅宣言をするタイミングなど分かるはずもない。

ただでさえ、元からそういった空気を読み取る力が鈍いほうなのに。


しかし、数秒待ってみてもあまりに動き出す気配がない。


「あの、鷹藤さん?大丈夫ですか?」


軽く肩を叩きながらそう問いかけると、びくりと肩が揺れ、鷹藤さんが慌ててこちらを振り向いた。


「あ、あぁ…。そうだよな。帰る、よな」


複雑そうな表情で私を見たあと、鷹藤さんは視線を逸らした。

なんですかその態度は。

まだなにか私にやってほしいことがあるとか?

よく漫画やドラマでは甘えた女の子が「眠るまでそばにいて」とかいう展開になるけれど、鷹藤さんそういうキャラじゃないし…。

というか、自分の中の「よくある看病シチュエーション」の出典が実体験ではなく空想世界からというのが絶妙にむなしいのですが。


「…お前、自分の荷物は?」


鷹藤さんから、先ほどまでの複雑そうな表情が消えていた。

やっぱり私の言うタイミングがおかしかっただけかもしれない。


「廊下に置きっぱなしです」

「そうか。…玄関まで送る」


そう言ってさっさとキッチンから廊下に出てしまった鷹藤さんの背を慌てて追いかける。

玄関先に放置していた自分の荷物を回収してから靴をはいた。


「薬、ちゃんと飲んでくださいね。あと水分とって…暖かくして寝てください」

「…あぁ。ありがとな、メシうまかった」


…あれ?

また、戻ってる。

「ありがとう」と言った鷹藤さんの眉間にはシワが刻まれていて、私を何とも言えない目で見ていた。

目は口程に物を言う、ってあるけど、この視線の意味は一体何なんだろう。

熱をもって揺れている蝋燭ろうそくのようにも、遠くの蜃気楼しんきろうを眺めるようにも見える。

いいや、鷹藤さんの考えを読もうなど、私には到底できるようなものではなかった。

いつもそうだ。

よく分からない理由で私を連れまわしたと思ったらそれが結果的に私のためになっていたり、私に意地悪をするくせによく分からないタイミングで動揺したり、急に距離をつめてきたり。

だから私は、いつも直球で勝負するしかなかった。


「どうしました?」


私が首を傾げてそう聞くと、鷹藤さんは数回瞬きをしたあと、短く溜息をついた。


「あー…悪い。…相当溜まってんな、俺」

「………?」


最後の方が、よく聞き取れなかった。

何て言ったんだろう。

「溜まってる」って、言っていたような。

何が?

溜まると言えば…あれだ、ストレス。

そうか、鷹藤さんはストレスが溜まっているのもあって体調を崩したのかもしれない。

だとしたら先ほどの視線の意味は…私がストレスの原因とか?

考えられなくもないけれど、さすがにストレスの根源を部屋に入れたりしないはず。

それなら私にそのストレスをどうにかしてほしい…という線でどうでしょう。

うん、これでいこう。

でもどうやって?

運動するとか買い物するとストレス発散になるってよく聞くけれど、いまこの場でどうこうできる話ではないし…。


そういえば、この間テレビで「ハグをすると一日の三分の一のストレスが減る」と言っていた。

そのときは「アメリカと違って日本はあまりハグをする習慣がないから比べるとストレス抱えている人が多いんだろうなー」とか思ったっけ。

それならこの場で出来る。

提案するにはかなりの勇気が必要だけど。

うん、鷹藤さんは具合が悪いんだ。

甘やかせるだけ甘やかすのも看病のひとつではないか。

よ、よし。


「…山門、今のは聞かなかったことに…」

「あ、あの、鷹藤さん」


何か言いかけた鷹藤さんを遮って、私は両手を広げた。


「どうぞ」

「…いや、どうぞって…何の真似だ?」


うわー。

とてつもなく冷ややかな目で見られている。


「ハグをすると、一日の三分の一のストレスが無くなるらしいですよ。ですから、どうぞ」


鷹藤さんが、目に見えて絶句した。

やばい。

これはだいぶ痛いかもしれない。

ていうか、無理とか言われたらどうしよう。

こんな恥ずかしい提案しておいて断られるとか、結構きつい。


「いや、溜まってるってそういう意味じゃ…」

「…鷹藤さん、自分から提案しておいてなんですけど、ここで断られたらメンタルえぐられるのでぜひハグしてくださいお願いします」


まくしたてるように言ってから、たっぷり十秒ほど。


「………わかった」


観念したかのようにそう呟いた鷹藤さんが、ゆっくりと近付いてくる。

緊張してぎゅっと目を瞑ると、ふわりとした温かさに包まれた。

最初は遠慮がちに背中にまわされた手が、次第に力強く私の体に絡みつく。


う、わ。

これはちょっと、予想以上に恥ずかしい、かも。


こういう場合って、私も抱きしめ返したほうがいいんだろうか。

両手を広げて待っていたままの状態で、私の腕は行き場をなくしていた。

固く閉じていた目を開くと、視界の隅に鷹藤さんの髪が映った。

私の肩口に顔を埋めているので、ちょうど首筋に鷹藤さんの息遣いを感じる。

そういえば、いつも鷹藤さんはワックスで前髪を上げていたので、何もつけていない今の髪形は新鮮だ。

視界に映っている髪はキレイで触り心地が良さそう。


ちょっとだけ、いいよね。

行き場をなくしていた手をそろそろと持ち上げて、鷹藤さんの髪に触れた。

おぉ、サラサラだ。


その感触に気を良くした私は、鷹藤さんの髪をくように指を入れていった。

ぎゅっと鷹藤さんの抱きしめる力が強くなる。

それだけでなく、私の首に頭を摺り寄せてきたので、動揺したのとくすぐったいのとで肩が揺れた。


「んっ…鷹藤さ、くすぐったいです」


そう言って私が身をよじったのと、鷹藤さんがバッと私から離れたのはほぼ同時。


「ばっ…か、お前ほんとに…!」


数歩後ずさりながらそう言う鷹藤さんの顔が赤い。

もしかして、ちょっとは照れたんだろうか。

意外だ。

いつもやられてばかりなので、ちょっと気分が良い。


「どうですか?少しはストレス解消されました?」

「…あぁ、解消されたよ。だから早く帰れ、今すぐだ」

「…?分かりました、お大事にしてください」


解消されたと言う割には恨ましげに睨んでくる鷹藤さんを不思議に思いながら、私は部屋を後にした。






山門「…あ、和歌子さんへの言い訳考えなきゃ…」

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