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ちょっとは進展したんでしょうか



先ほどまでの気まずい空気をなんとか乗り越えた俺は、山門が並べてくれた夕食を目の前にして「うまそう」という感想と「なぜこれが」という疑問を抱えた。


「…山門、ひとつ聞いていいか」

「はい、なんでしょう」

「何で、おかゆなんだ?」


ハンバーグのような肉料理に、なぜおかゆなんだろうか。


「ハンバーグにおかゆって変ですよね。少しでも病人気分を味わう最後の足掻きということで、いつものご飯をせめておかゆにするというのがうちの定番なんです。嫌いでしたか?」


あぁ、なるほど。

確かにこのまま普通の白飯では普段の食卓と変わりはない。

異質ではあるが、それが非日常感を醸し出している。

それに、馴染みがなかっただけで、特におかゆが嫌いというわけでもない。


「いや、変わっていると思っただけで嫌いじゃない」

「よかった。どうぞ、お召し上がりください」

「…いただきます」


手を合わせてから、俺はスプーンを持った。

普通は野菜から、もしくは味噌汁から食べるのだろうが、俺はこのおかゆがどうしても気になってしまった。

一口すくって少し冷ましてから口に運ぶ。

ただ白米の味がするだけだと思っていたのに、俺の予想は良い意味で裏切られた。

うまい。

どう表現して良いのか分からないが、なんというか、奥行きがある、という感じの。


「…うまい、何だこれ。おかゆってご飯煮るだけじゃないのか?」


最後におかゆを食べたのはいつだったか。

少なくとも二十年以上前だったような気もするが、とにかくこんな味ではなかったような気がする。

俺の問いかけに、サラダを食べていた山門は、首をかしげながら答えた。


「ダシと一緒に煮たので、その味ですかね?」


そうか。

だからほんのりと味がするのか。

おかずと一緒に食べても邪魔にならない程度の味付けがちょうどいい。

それから、俺は気になったものを次々に口に運んだ。


「これ、ハンバーグもめっちゃうまい」

「それは…隠し味でちょっと醤油が入ってます」

「このサラダのドレッシングって何使ってるんだ?」

「オニオンドレッシングですね。野菜をすりおろしたものが入っていて、私のオススメです」

「へぇ…。それと、この味噌汁の具の組み合わせは初めて見たな」

「そうなんですか?うちでは定番でしたよ、大根と卵。ボリュームが増えて良いんですよね」


すごい。

どれをとってもうまい。

凝った料理なんてひとつもないのに、どれも素朴で、なおかつおいしい。


「お前、すごいな」

「そうでしょうか。入社してから一人暮らしでそれなりに料理はしてますけど、自分では分からないですね」


こんな料理が毎日食べられたら、と想像してしまう。

つまり、俺とこいつが結婚して、毎日は無理でもなるべく一緒に食事をして。

週に一品くらいは俺がこいつから料理を習って、たまには俺がメシを作って「おいしい」と言ってもらう。

そんな生活、思い描いただけで癒される。


そう考えながらもくもくと箸を進めていた俺だったが、山門が不意に神妙な面持ちで口を開いた。


「あの、鷹藤さん。昨日和歌子さんと何の話をしていたんですか?和歌子さん教えてくれなかったんですけど」


俺は思わず箸を止めた。

今、か。


「え?いや、それはその…」


山門が気になってしまうのも無理はない。

西村と山門は年は違うが親友と言ってもいい間柄だ。

きっと互いに隠していることもあまりないのだろう。

その西村が「言えない」と言うのだ。

しかし、こちらとて何て言っていいのか分からない。

いつもみたいに冗談っぽくごまかすか?

「お前が本当に処女じゃないのか確認してたんだよ」とか。

いや、それなら西村が隠す理由がない。

俺は考え込みながらコップに口をつけた。

そのとき。


「た、鷹藤さん、まさか和歌子さんとヤッちゃいました!?」

「ごふっ」


山門の想定外な発言に、俺は見事に飲みかけていたお茶を気管につまらせ盛大に咳込んだ。

俺の様子に慌てた山門が、少し身を乗り出してこちらを窺う。


「す、すみません、大丈夫ですか?」


何が「大丈夫ですか?」だ。

一体お前の思考回路はどうなっている。

咳が少し収まった俺は、荒い息のまま山門を睨んだ。


「お、おおお前、なんでそういうことになる!?」

「いや、飲み会の後で互いに気まずくなるのってそういうことかな、と…」


西村と俺が?

冗談じゃない。


「ない。断じてない。俺には好…きな奴いるから」


あぁ。

その好きな奴を目の前にして言うとは情けない。

告白もできない中学生か俺は。

仮にも「枕営業の鷹藤」と言われたこの俺が、たったひとりの女さえ口説くのに躊躇するとか、同じ営業の奴らが聞いたら驚くことだろう。

だってそんなにグイグイいったら、こいつは絶対に逃げる性質たちだからこちらも慎重にならざるを得ないのだ。


しかもその当の本人ときたら、全くの無自覚ときた。


「そうなんですね。…よかった」


いや待て。

「よかった」?

どういう意味だそれは。

都合良く解釈していいなら「そんなことになっていたら和歌子さんに嫉妬しちゃうところでした」ってなるぞ。

こいつが俺の女関係で嫉妬とか…そんな期待しても…良いわけないよな。

いやでも、もしかしたら。


「…なんで良かったんだよ」

「だって、私いま和歌子さんと宝条監督をくっつけようと計画を立てていまして…。鷹藤さんが入ってきて三角関係に発展したらどうしようかと思ったんです」

「…はぁ?」


今度は何を言っているんだこいつは。

ひとつ分かったのは、今回も俺の期待がことごとく打ち破られたということだけだろうか。

何でいきなり宝条さんが出てきて、西村をめぐって三角関係になるんだ。

え?宝条さんて西村のこと好きだったのか?


「お世話になっている後輩としては、和歌子さんの”彼氏が欲しい”という願いに協力したいところなのです。そこで個人的に候補を考えたところ、宝条さんなんてピッタリじゃないかなぁと」

「………あ、そう」


デスヨネ。

どうせ俺なんてお前の中では、鷹藤<西村って感じですよね。

えぇ、分かっていますよ。


突き付けられた現実を目の前に、俺が脱力して溜息をつくと山門がオロオロした。


「あの…やっぱり見当違いですか?それとも具合悪くなりました?」


そうだ。

ご飯がおいしかったのと怒涛の展開とで忘れていたが、俺は具合が悪いんだった。

俺が変な態度をとっていたら、こいつに余計に心配をかけさせてしまう。

いつも俺の期待を裏切る報復で心配させてやってもいいが、昨日のような逆襲があるかもしれないので止めておこう。

軽くトラウマである。

そうとくれば、とりあえずこいつの話を聞いてみるか。


「なんでもない。…で?宝条さんにした理由は?」


俺がこの話題に興味を示したので、山門は分かり易く目をキラキラとさせた。


「和歌子さんのタイプって、極論でいうと体の相性が良い人なんですよ。でも中々あの和歌子さんの性癖についていける人はいないので…。けど、宝条さんは和歌子さんの作品も本人も気に入ってるし、一回寝ちゃえばもしかしたらあるんじゃないかなーと」


意外だ。

てっきり運命とか愛とか純情乙女一直線なテーマがくると思っていたが、体の相性の話とは。

こいつの口から「一回寝ちゃえば」なんて台詞を聞く日が来るなんて。


俺の視線に居心地が悪くなったのか、山門は眉を寄せた。


「あの、何か?」

「…いや、そういえばお前って腐ってもAV脚本家だったなーと」


人畜無害そうで果てしなく地味。

一見性的なものとは無関係な印象だが、そんなこいつも西村と同じ脚本家だ。

しかもこいつが書く話は結構エロい。


「腐ってもというか、生粋のAV脚本家なんですけど」

「ふっ、はは、生粋ってなんだそれ」


俺の発言に不機嫌になった山門だったが、俺はそれがツボに入ってしまった。

生粋て。

そうだった。

俺たちの職業はあまり世間に胸張れるようなものではないけれど、それでもこいつはこの仕事に誇りと熱意をもって取り組んでいる。

そんなところも好ましいのだから、もうどうしようもない。


どうにか笑いを収めようとしていると、山門がこちらを食い入るように見ていた。


「…ん?どうした」


そう問いかけると、山門は少し頬を染めて。


「いえ、あの…私、鷹藤さんがそういう風に笑うの好きみたいです…」


ガツンと後頭部を殴られたような衝撃を受けた。

落ち着いてもう一度繰り返してみよう。


山門が…俺の笑顔が好きだって…言った?


理解した瞬間、顔に熱が集まってくるのが分かった。

反射的に顔を手で覆う。


「…えっと、どうしました?」


暗い視界の中で、山門の声が聞こえた。


「なんでもない。ちょっと顔がかゆいだけだ気にするな」


いや、顔がかゆいとかいう言い訳は無理があるだろう。

分かってはいるが、咄嗟に出たのがそれなのだから仕方がない。

だって、山門が初めて「好き」という言葉をくれた。

たとえそれが俺自身でないとしても、大きな一歩ではないか。

しかし一体どんな顔をしていたのだろう。


「…”そういう風”って、どんなだ?」


自分では特に何か意識したわけではないので、顔を覆ったまま山門に問いかけた。


「…強いて言うなら、私のことで笑った顔、ですかね。嬉しかったんです。鷹藤さんを笑顔にしているのが私だってことが」


あまりの殺し文句に俺は思わず机に突っ伏した。

その際に頭を軽く机にぶつけてゴンッという音が響いたが、別に良い。

ついでにこの煩悩が去ってくれればいい。


「え!?ちょっと、本当に大丈夫ですか!?」

「もちろんだ。顔がかゆいだけだからな」

「えっと…それなら良かったです?」


ダメだ。

勘違いするな。

こいつはただ思ったことを言っただけで、他意はない。

期待すればするだけ後で俺が痛い目をみる。

でも少しだけなら前進したと思っていいだろうか…。






山門「そ、そうだ!デザートにプリン買ってきてあるんですよ。プリンお好きですか?」

鷹藤「…あぁ、好きだ」

山門「…えっと、プリンの話ですよね?」


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