夢落ちならぬリアル落ちでした
前回の鷹藤さん視点です。
気が付いたら、ベッドの中にいた。
確かソファで眠ったはずなのに。
誰かがここまで運んでくれたのだろうか。
いや、それはない。
一人暮らしだし、合鍵を預けているような奴もいないし、大の男を運べるような知り合いもパッと思い浮かばない。
だとしたら、この状況はなんだ。
そこまで考えて、俺は何か暖かいものを抱きしめながら寝ていることに気付いた。
ひどく柔らかくて心地良いそれ。
恐る恐る目を開けて確認してみれば、ちょうど俺の胸のあたりに頭を預けるようにして、女が眠っていた。
裸で。
ぎょっとして心拍数が速くなる。
ここからはつむじしか見えないので誰なのか判別がつかない。
「………んー?」
俺が起きたせいか、俺の心臓がバクバクうるさいせいか、腕の中の女が身じろきした。
ゆっくりとこちらを仰ぎ見た女の顔を見て、心臓がひと際大きな音を立てる。
「や、山門!?」
「ふふ、鷹藤さんおはようございます」
柔らかく微笑む山門を見て、確信した。
これは夢だ。
山門とこんな関係になった覚えはないし、たとえ俺が暴走してこいつを無理矢理抱いたとしてもこんな反応はしない。
俺に都合が良い夢だ。
そう思えば、いくらか気が楽になった。
夢だとすれば、俺がしたいようにしても誰も咎めない。
「…あぁ、おはよう」
そう言って、俺は山門の額にキスを落とした。
むずむずとした温かさが全身を支配していく。
あぁ、幸せだ。
山門は俺の首にすりすりと頭を押し付けると、パッと離れた。
腕の中の心地良い温度がなくなって、心もとなくなる。
「おい、もう少しゆっくりしていてもいいだろ」
「ダメですよ。鷹藤さんはまだ熱があるのでお休みですけど、私は出社しないといけないんですから」
俺は具合が悪かったのか。
言われてみればいつもよりダルくて熱い気がする。
それも山門がそばにいれば幸せに変わるというのに。
「定時で上がって帰ってきますから、いい子にしていてくださいね」
下着を身に着けた山門がかがみ、俺の額へキスをする。
感じていた寂しさも、不思議となくなっていくような気がした。
山門は「帰ってくる」らしい。
ということは、同棲でもしている設定か。
「…あぁ、待ってる。早く帰って来いよ」
帰ってきてくれるなら、いいか。
俺の言葉に笑顔で「はい」と答えた山門は、扉の向こうへと消えていく。
とりあえず二度寝でもするか。
熱で熱いはずなのに、山門の体温がないと寒いだなんて笑える。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
冷たい。
けれどそれは不快なものではなくて、むしろひんやりとして心地良い。
それに、何か良い匂いもする。
重い瞼を持ち上げると、そこにはタオルを持った山門がいた。
「あ…起こしちゃいましたか。すみません、タオル勝手に使いました」
どうやら俺の顔を拭いていてくれたらしい。
寝汗でもかいていたんだろうか。
―――つまりこれは、夢の続きだ
「ご飯の準備できましたよ。起きられますか?」
だって、現実なら山門が俺の部屋にいるはずがない。
看病や、ご飯の準備なんて、そんなの夢物語だ。
これはきっと「同棲している彼女」の夢の続き。
定時で上がって帰ってきてくれて、夕飯の準備までしてくれたんだ。
「………あぁ」
嬉しい。
シたい。
いいよな、夢の中なら。
でも、夢だとしてもこいつなら「ご飯が先です!」なんて言って怒りそうなものだが。
俺は欲望のまま、山門の髪をそっと耳にかけて、露わになったそこに近づいた。
「―――山門」
好きだ。
今すぐ欲しい。
そう思いを込めて囁くと、山門は目に見えて動揺した。
「あ、ああああの、鷹藤さん、寝惚けて…ひゃっ」
こうなったら無理矢理にでもその気になってもらおうと、俺は彼女の耳を舐めた。
羞恥で赤くなったそこに噛みつきたい衝動を抑えながら、軽く口づけて離れる。
次は…キスがしたい。
山門に気付かれないよう再びゆっくりと近付く。
深いやつがいい。
こいつがぐずぐずに乱れるくらいの。
目を伏せて顔を近づける。
あともう少し。
「…むぐ」
もう少しで唇が触れると思ったところで、邪魔された。
ギリギリのところで山門が俺の前に滑り込ませたタオルによって。
いつも俺が使っている洗剤の匂いが鼻孔に広がり、俺をイラつかせた。
これさえなければ、こいつとキスできたのに。
「…別に、夢の中まで俺を拒否することないだろ」
現実での山門は、俺が必要以上に迫ると必ず一線を置く。
俺に都合良く出来ている夢のくせに、やけにリアルじゃないか。
「………鷹藤さん、夢じゃありません現実です」
「は?」
目の前の山門が、タオルを構えながら赤面しプルプルと震えている。
彼女の「現実」という言葉に、急速に頭が冷えていくような感覚がした。
そうだ。
今日の朝、俺は西村に世話をするように言って。
そうしたらなぜか山門がうちにやってきて。
さらに夕飯まで作ってくれることになったのだった。
そして俺は山門が夕飯を作っている間、このソファでひと眠りしていたのだ。
山門が裸で眠っていたのは確かに夢だったが、山門が俺の顔を拭いていてくれたところからは紛れもなく現実だった。
「………っ」
突き付けられた現実に動揺して、俺はバッと後ずさった。
そのため勢いよく後ろのソファへぶつかり、衝撃でソファが音を立ててズレる。
いや、ここは一旦落ち着こう。
何が起こったのか整理しようではないか。
まず、俺は山門の耳を舐めてキスをしようと迫って…。
思わず頭を抱えて溜息をついた。
ダメだ。
どこを取ってもやらかしている。
昨日もそれで反省したというのに。
「………悪い」
そう言うしかなかった。
怒って…というか、身の危険を感じて山門が帰ってしまっても仕方がない。
ただ二人で夕飯を食べることをこんなにも楽しみにしていたとは、我ながら笑えてくる。
「…あの、私なら大丈夫なのでそんなに気にしなくてもいいですよ。それよりほら、ハンバーグできたんですよ。お皿に盛っても大丈夫ですか?」
しかし、予想に反して山門は「大丈夫だ」と言った。
帰らないでいてくれるのか?
「あ、あぁ。そこの机に並べてくれればいいから」
「分かりました。ちょっと待っててくださいね」
ここから逃げるように、山門はキッチンへと消えていった。
キッチンへとつながる扉をしばらく見つめた俺は、もう一度息を吐き出す。
山門のことが気になりだしてから、三年ほどの月日が経った。
最近になって色々とボロが出始めている。
もうそろそろ限界なのかもしれない。
主に、煩悩が。
ガキみたいに、純粋に相手を想うことができたらまだ良い。
それだけじゃ終われないほど、大人になってしまった。
触れたい。
あいつの熱を感じたい。
「さすがに…気づかれたか?」
千鶴「耳が…耳のむずむずが治らない…」