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寝惚けた上司は刺激強めでした



鷹藤さんに夕飯作りを任されてから一時間と少し。

私は無事に「山門家定番メニュー」を作り終えた。

軽く洗い物を終えてから、鷹藤さんが消えていった扉を見つめる。


入って、いいんだよね。

ここで食事をするわけでもないし。


コンコンと遠慮がちにノックをしてから扉を開けると、そこはリビングだった。

ぐるりと一周見渡してみるが、鷹藤さんの姿はない。

確かに隣の部屋にいると言っていたはずだけど。

もしかしたらトイレだろうか。

けれど、料理をしている間は何の物音もしなかった気がする。

もう一度よく見てみると、ソファの端から足がはみ出しているのを見つけた。


「あ………」


足音を立てないようにゆっくりとソファの正面に回り込む。

いた。

ぐったりとソファに横になっている鷹藤さん。

とても寝苦しそうで、熱が高いためかたくさん汗をかいていた。

クーラーとかつけたほうがいいのかな。

でもそれだと冷えて逆に悪化するよね。

よし。

無許可だけど、洗面所を探してタオルを持ってこよう。


私は一度リビングを出て、洗面所につながる扉を探した。

三つめでようやく探し当てた洗面所の棚から新しいタオルを出して、冷たい水で濡らす。

よく絞ってから、私は再びリビングへ戻って、ソファの横に跪いた。


「し、失礼します…」


蚊の鳴くような声でそう一言断ってから、冷たい濡れタオルを鷹藤さんの額に当てる。

ゆっくりと顔全体を拭いてから、今度は首筋にタオルを当てた。

けれど、ここから先はどうしよう。

出来れば上半身も拭きたいところだけど、さすがに私が脱がすわけにはいかない。


「…ん」


どうしたものかと逡巡しゅんじゅんしていると、鷹藤さんが小さく呻いてゆるゆると目を開けた。


「あ…起こしちゃいましたか。すみません、タオル勝手に使いました」


私が話しかけると、視線はこちらに投げかけられるものの焦点が合っていない。

たぶんまだ寝惚けているんだろう。


「ご飯の準備できましたよ。起きられますか?」

「………あぁ」


まだボーっとした様子の鷹藤さんは、片肘をついて上体を起こした。

いつも寝起きは悪い方なんだろうか、それとも体調が悪いせいだろうか。

完全に体を起こすわけでもなく、中途半端なところで止まった鷹藤さんは、こちらをじっと見つめて手を伸ばしてきた。


あぁ、起き上がるのも辛くて掴まるところが欲しいのかな。


そう思った私は、肩を貸すつもりでじっとしていた。

が、鷹藤さんの手は予想に反して肩を通り過ぎ、もっと上に伸ばされる。

その手は、いつもの鷹藤さんからは想像もできないほどの優しい手つきで、私の髪をそっと耳にかけた。


「へっ…?」


想像の斜め上をいった鷹藤さんの行動に驚いて間抜けな声が漏れる。

私が困惑している間に、鷹藤さんはぐっと距離をつめて私の露わになった耳に唇を寄せた。


「―――山門」


最初に感じたのは熱い吐息。

コンマ数秒遅れて、毒々しいほどに甘い響きを含んだその声が私の鼓膜を揺らした。

瞬間、ぞわりと鳥肌が全身に広がった。

嫌悪感からくるものではない。

むしろ。


「あ、ああああの、鷹藤さん、寝惚けて…ひゃっ」


頭に浮かんでしまった考えを振り払うように鷹藤さんに話しかけたが、耳に熱をもったぬるりとした感触を感じて体が跳ねる。


信じられない。

このひと、私の耳をな、舐めた。

え、なんで。どうして。


視線を彷徨わせながらぐるぐると考えている間に、視界に影が落ちてはっとした。

慌てて前を見ると、鷹藤さんの顔が目と鼻の先に迫っていて。


キスされる。


そう思ったら、体が勝手に動いて、手に持っていたタオルを私と鷹藤さんの間に滑り込ませた。


「…むぐ」


間一髪で、鷹藤さんの唇がタオルに衝突する。

一体何が起ころうとしていたのか、未だにバクバクとうるさい心臓をなんとか鎮めようと深呼吸をした。

すると、タオルから顔を離して、鷹藤さんがじろりと私を睨んだ。


「…別に、夢の中まで俺を拒否することないだろ」

「………鷹藤さん、夢じゃありません現実です」

「は?………っ」


鷹藤さんは数回瞬きを繰り返して、やっと完全に目が覚めたらしい。

慌てて私から離れたので、後ろのソファが音を立ててズレた。

呆然と私を見つめること数秒、鷹藤さんは深いため息をついて頭を抱えた。


「………悪い」


これはきっと、たぶん本気で反省している。

いつも悪びれなくセクハラまがいのことをしてくる鷹藤さんが。

この人にとっても先ほどのことは不本意だったのだろう。

きっとそうだ。

具合の悪いときには誰かに頼りたくなるから。

一説によると、体調が悪いとき、言ってしまえば生命の危機に瀕しているとき、性欲が増すらしいし。

だから寝惚けて目の前にたまたまいた私にああいったことをしてしまったわけで。


そう思わないと、まるで夢の中まで私を求めていたみたいだと、感じてしまう。


「…あの、私なら大丈夫なのでそんなに気にしなくてもいいですよ。それよりほら、ハンバーグできたんですよ。お皿に盛っても大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。そこの机に並べてくれればいいから」

「分かりました。ちょっと待っててくださいね」


少し早足でリビングからキッチンへ戻ると、扉に背を預けてふぅと息を吐きだした。

まだ熱を持ったままの耳をそっと押さえる。

これってなんだか。


「悪い魔法にかけられたみたい…」






鷹藤「気にしないっていうのは、それはそれで困るんだけどな…」

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