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自己紹介は慎重に

R15とR18の間でうようよする予定です。



「今すぐに帰りたい」

あなたならいつこういった衝動に襲われるだろうか。

お腹が空いて死にそうな部活帰り?

残業続きで徹夜明けのとき?

それともカップルの修羅場に遭遇してしまったときとか?

ちなみに私はいま、猛烈にその衝動に駆られている。


「かんぱーいっ!」


申し訳程度にその辺の人とグラスを合わせ、ひとくちだけビールを飲む。

この年になってもお酒はおいしいと思えない。


ここが飲みの席だということは分かっていただけただろう。

問題はそこじゃない。

友人との飲みや会社の打ち上げなんかだったらここまで帰りたいと思わない。


「じゃあ、さっそく自己紹介ターイム!そっちの端に座っている女の子からどうぞ!」


この場にいる十数人の視線が一気に向けられる。

そう、これは所謂いわゆる「合コン」だ。


「…山門やまと千鶴ちづる、二十六歳です。映像制作会社に勤務しています。趣味はカメラをいじることです。よろしくお願いします」


これが私の自己紹介。

無難すぎて自分を褒めてあげたい。

ちなみに見た目はというと、地味の名を呈したような特に特徴のない容姿をしている。

客観的に言っても決してキレイとかカワイイがつくようなものではない。

だからみんなスルーしてくれていいのよ。うん。

明らかに人数合わせだってわかるでしょう、ね?


「映像制作って、映画とか作っちゃう感じ?すげー!やっぱ芸能人の知り合いとか多いの?」


先ほどから司会進行を担っている男が余計なことを突っ込んできた。

こういう奴は場を盛り上げるために大変な苦労をする割には誰もお持ち帰りできないという損なポジションであることが多い。

けれど絶対合コンに一人はいるやつ。

同情はする。

けどそれとこれとは別問題だ。

なぜ私の自己紹介を掘り下げることをしでかしてくれたのか。


「いえ、制作スタッフとはつながりはありますが、俳優さんと特別絡むこともありませんので」

「そ、そうなんだ~、へぇー…」


ごめんね、話広げてあげられなくて。

でもほら、後ろもつかえていることだしそろそろ次の人に移った方がいいんじゃないの?

そう目線で訴えれば、彼は気まずそうに「じゃ、じゃあ次隣の子よろしく~」と逃げた。


ほっと一息ついたところで、ソフトドリンクをこっそり注文する。

なんで私がこんなにイライラしているか知りたい?

あぁ、別に興味なくても私が愚痴りたいから話すけどね。


合コンに参加していること自体は別にいい。

人数合わせに誘われたが、最終的に行くと決断したのは私だ。

問題は、この合コンに誘ってきた同じ会社の先輩から「マジごめん!今日中の締め切りのモノがあって遅刻する!」と開始直前に連絡がきたことだ。


まだ店に入る前だったら適当に時間をつぶしてその先輩と一緒に行くことができたのに。

席についてから連絡されても遅い。

知り合いが誰一人としていないこの状態で、しかも現在恋人が欲しいとも思っていない私が、この空間に存在するには厳しいものがある。

お願いだから早くきて先輩。


そう願いながらちびちびとウーロン茶を飲んでいると、ドタドタという足音が聞こえてきた。

次いで、団体用に貸し切られた部屋のふすまが勢いよくスパーンと開く。


「聞いて千鶴っ、私が書いたゲイビデオの脚本ほんの男優にあの来栖くるすみなとが出演決まって…」


それなりに賑わっていた席が、突如として現れたこの女性の登場…というか発言でシーンと静まり返った。

このTPOをわきまえない人が私がずっと待っていた同じ会社の先輩である。

そして。


「あ、あのー、山門さん?もしかしてさっき言ってた映像制作会社って…」


またしても司会進行役男がこちらに話を振る。

いや、今回ばかりは仕方がない。

私だって、なんでこんな席でこの人がこんな発言をしたのか知りたい。


でも別に隠すようなことでもない。

少なくとも私は、この仕事にそれなりに誇りを持っているしそれなりに楽しんでいる。


「そうですね。私とこの方はAVの制作に携わっています」


にっこりと微笑んでそう返せば、今度こそ場が凍り付いた。

爆弾発言をした先輩ですら気まずそうに頬をかいている。



そう。

私、山門千鶴、二十六歳。


都内の某AV制作所の専属脚本家として働いています。





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