シンクロナイトROBO(エストロックの秘密)
優花とセッションしたロボットは設置されたバッテリーチャージャーに帰還し充電しているところであった。
八木が興味津々の眼でロボットを見ていたら・・
ロボットの眼の輪が充電中の赤色ランプから青色に変わっていた。
その瞬間ロボットの眼が微かに動くのが分かった。
「こんばんは!八木さん。」
「私の名前はESTROK2(エストロック2)と言います。」
「東大阪工科大学ロボット研究会とROCKが弾けるロボットの語呂合わせ造語ネームです。」
「八木さんはテンポとリズムをとりながら私の手元をかなり気にしていましたが・・ロックに興味あるとお見受けしましたがいかがですか?」
八木はロボットの向こうに人間が見え隠れしている錯覚に陥っていた。
「あ・・ああ 昔バント活動をやっていたから少しはね・・」
「でも、エストロックさん?私を観察しながらよくギターのアドリブができるよね・・?」
「ハイ、私のアタマには360度撮影できる高速マルチビューが搭載されておりあらゆる生体熱源の動きに合わせてズーミングやフォーカスが自在に行えます。」
八木はロボットの性能を確かめる為、踏み込んで聞く事にした。
「ならば私の横にいた宮澤さんはその時何をしていたのかな?」
「ハイ、鼻をほじってましたよ・・」
「コラコラ。エストロくんばらすんじゃねぇ〜よ」
「ばらすんじゃねぇ・・ばらすんじゃねぇ・・AI語学欠落認識です。標準語でお答え下さい・・」
エストロックはクビをオロオロさせていた。
「フハッハー」
健二は八木のツボをついた質問に感心しながらも、何にでも答えるロボットの従順さに「空気を読める事」や「思いやり」が備わればまさしくヒューマノイドと呼んでもおかしくないと思っていた。
八木さん、このロボットは多重画像認識と共に多重音声認識をマルチタスクにこなせるロボットなんです。
完全認識射程範囲はまだ10メートル以内ですが来年には100メートルまで記録を出せるように学生達と共同で研究しています。
「この研究が進むと会場や人ゴミでの暗殺計画やテロ行為、それに通り魔事件を含めた犯罪を未然に防ぐ事ができる。」
「つまり付帯要素で人間の行動心理をデータ化させディープラーニングさせれば良いのです。」
「従順なロボット目線のなせる技かっ。」
「八木さん?なぜこの世の中から犯罪が減らないのでしょう・・」
「そうだね・・でも真剣に考えた事もないよな・・」
「そこなんです。人間はそもそも社会の中で共同生活している。」
「そこには昔からのルールや新しくできたルールの中で生活しているよね・・」
「でもそのルールを守って社会を良くするとか
社会に貢献するとか果たしてどれだけの人が真剣に考えているのでしょうか?」
「アバウトでの意識でしかないでしょうね。」
「そうなんです。分かりやすく言えば交通規則は自動車事故を防ぐ為に出来たものですが、事故が増えてから出来たものもたくさんありますよね。」
「そのあいだにどれだけの人がお亡くなりになっていたのでしょうか?」
「つまり人間社会においてのルールは厄介なプロパガンダになる可能性があるのです。」
「国民性とも言えないルールがまともなルールと共存しているのは、免疫ができているのか麻痺しているのかのどちらかでしょうね・・」
「今起きている事が現実では無いと言う固定観念が起因してるかも知れないし、平和ボケかも知れない」
「思想や観念で曲げて見てしまう人間の眼」
「確かに倫理道徳が蔓延っていた時代には日本自体、隣人同士や町内会の結束力があったかも知れない。」
「人間の文化の進化は価値観を進化させてゆくのは当然の事だ。もう昔には戻れない。」
「進化した人間が未来を託すロボットを創る根拠の一つはここにもあるんです。」
「あっ八木さん スミマセン・・私の熱弁モードに付き合っていただいて」
「いいんですよ宮澤さん・・あなたのロボットに対する情熱と思想はこの国にとって不可欠なものです。」
「ロボティクスに携わる者達がその思想を引き継がなければいけないと痛感しております。」
「人間のクォリティが、やがてヒューマノイドのクォリティに繋がってゆく・・ですね。」
そして、八木がもう一つ興味を持ったのは優花とエストロックのシンクロセッションだ。
「あのアドリブはAIによるものだけでは完全シンクロは成し得ないですよね健二さん」
「よく分かりましたね八木さん・・」
「まず指の動きですがギターのフレットに弦を押さえるところから始まります。」
「音がビビらない圧力で押さえるには指先の触感圧力センサーがAIの指圧感度データを読み込み適正圧力で押さえます。」
「醍醐味の早弾きのメカニズムこそがこのロボットの真骨頂ですよね・・八木さん」
「ええ・・早く聞きたい。」
「実はこの間まで8ビートまでしか対応出来なかったんです。」
「ようやく16ビートも攻略できるようになりました。」
「近代ロボットの学習機能は眼を見張るものがあります。」
「産業用ロボットから進化してきたものが応用されるのはロボット研究の世界では珍しくありません。」
「生産ラインはスピードとクォリティで作り込んでゆきます。」
「その為のロボット技術はもう労働者を脅かす存在になっています。」
「人間はロボット以外の付加価値が必要になる時代はそこまで来ています。」
「また余談になりましたが・・」
「この早弾きのスピードを実現するにはモーター過負荷を防ぐ為の手段が必要でした。」
「冷却フィンや冷却ファンだけでは補えない」
そしてエストロックの背中のカバーが健二により開かれる。
「このガスボンベの冷媒が全身の駆動負荷部分へ気化熱にして冷却させています。」
「ガスボンベの下のクーリング装置から断熱されたフレキシブルチューブで冷気を循環させています。」
「それによりマイクロサーボの性能を最大限に引き出す事ができます。」
「それに付け加えギア比の変更が可能になりました。」
「つまり、指先までいつもクールダウンした状況を作っています。」
「そうかハートは熱いけど指先はクールなんだね」
と八木が返すと
「SO GOOD!」
と間髪入れずに応える健二。
「それともう一つ重要な点があります。」
「何ですか?」
右手左手の指と関節を見てください。
「あっ関節が増えている!」
「それと指が長くて細い。」
「さっすが、八木さん。その二つの要素はギタリストに重宝される特徴ですよね。」
「俺は指が短く太かったから人より倍、練習を積んだ記憶がある。」
「その指の威力を最大限に引き出す為にタイミングベルトから五本指ダイレクトシャフトに変更しました。」
「これにより動力が直結しFW&RVのタイミングロスが除去されます。ステッピング調整による精度を向上させより人間の指先に近い動きが
出来ます。」
八木はもう一つ疑問点を健二に投げ掛けた。
「優花さんとのセッションで完璧に同期化していたエストロックの指先なんですが・・私にはマジックとしか言いようがありません。」
「もう一つは画像認識における解像処理能力と読解反射反応能力です。」
「ロボットの精巧な眼が優花さんの指先を追って反応しているのです。」
「人間の能力の限界をはるかに超え、無理難題をいとも簡単にロボットはやってくれるのです」
「これもヒューマノイドへの条件でしょ。」
「てか・・我々が目指すハイパーロボットへのプロローグですよね・・」