シンクロナイトROBO (優花とエストロック)
二人はゴムメーカーの八木を連れて東大阪行きつけのライブ居酒屋「ROCKS」に到着した。
外観は天井と壁を全面シルバー塗装にしている。
窓や扉は遮蔽され黒色と黄色のストライプを差し込んだデンジャラスゾーンをイメージした建屋だ。
町工場の輪郭は残っているがクールに変身した造形物は生産工場としての面影は消えている。
枠組みと梁の板金をカシメ加工にして黒塗装した片開きの扉。
扉ロックは業務用大型冷蔵庫に使っていたのだろうか、長さ80センチはある90度開閉型レバー取手に少し違和感が漂う。
店内への短いトンネルに入ると3Dで模造した人のシナプスニューロンに細工された高輝度LEDが流れるように店内まで誘導してくれる。
店内に入り天井の中心部を仰ぐと基板の迷路のようなパターン回路と人ニューロンが繋がれた大絵画が人の目を釘付けする。
天井と壁には直径数ミリ程度のメタルワイヤーを基軸に色とりどりのハーネスや電線が縦横無尽に張り巡らされている。
そのワイヤーには旧型ロボットを始め1970年代からのコンピューターや通信機器がランダムにぶら下がっているのだ。
ステージ両サイドにはレーザー加工機やチグ溶接機で加工された未来の創造物がメタルチックに配置されている。
「ステージ真ん中のポールは何だろう・・」
「何とも不思議な空間だ」
「これだけ金属の割合が多いと伝導熱作用で夏の空調代は安く済むようにも思える。」
「でも冬は真逆だな。」
違う観点から八木がつぶやく。
イスもテーブルも金属で加工されていて素人感が拭えない作品だがこの雰囲気にピッタリのようだ。
両サイドにはドリンクバー、後方にはバイキングの屋台が設置されている。
どれもライティングされているが人が居ない。
「本当に営業しているのかこの店は・・」
疑心暗鬼の八木
「従業員はどこにいるのだろう・・」
「まだ顔を見ていないな・・」
「宮澤さんと源田さんはなぜかニコニコしていて会話がない」
と突然、
「ギュィーン ギュィーン キーーン」
ディストーションを経由したレスポールギターから高音域のチョーキング音が場内に鳴り響く。
「レニークラヴィッツか・・」
「90年代のロックミュージックからスタートのようだな」
高校時代バント経験のある八木はつぶやいた。
「なな、なんだー?」
「ステージには誰もいないじゃないか!」
「カラオケではなくこれは紛れも無い生ライブ音源だぞ。」
スポットライトが後方を照らした。
「何とロボットが演奏しているのかっ?」
八木は目を擦り
「いやいや・・あのアドリブのフィンガーテクニックはロボットの指先では無理でしょ・」
八木の目の前をキャタピラ型のロボットがテンポをとりながらギターを持ってリズミカルにステージ前まで進んでゆく。
「・・・」
ノスタルジックなロボットの後ろ姿に八木は魅了されていた。
少し暗くて指先は見えなかったけどフレット間の運指とピッキングは微かに動いていたように思える。
「まさか ・・」
「今までピアノの自動演奏は見た事はあるが・・」
「何だか楽しくなってきちゃったな〜」
その時ステージにスポットライトは向けられた。
「・・・」
ステージ袖から
スタイル抜群!
メタルチックな黒の革ジャン。
その下には真っ赤なローリングストーンズのベロ出しTシャツ。
ナマ足が良く似合う黒革のミニスカート!
セクシーエレキ女子の登場だ!
ステージへの急坂をエスカレーターのようにやんわり登り、胴体正面をこちらに向けたロボット。
「キュイーン キュイーン ダダッ ダダッ」
エレキ女子とロボットのアレンジセッションが始まった。
「優花ちゃーん」
どこからかオッさんのかわいい声が聞こえる。
空耳か?
いや違う。
紛れもなくテーブルの向こう側のロボットをこよなく愛する二人の一人である確率は高い。
「源田さん?」
だよね・・
源田を一直線の眼差しで見る八木の表情と源田の豹変ぶりに思わず吹き出しそうになった健二だが・・
堪えた。
「ギュィーン ギュィーン」
「ダダッ ダダダッ ダダッ」
上半身同じ振付でシンクロして演奏している。
一人と一体のセッション光景は現実であるが、このライブハウスのアートメイクが未来への妄想を掻き立てる。
「優花ちゃーん」
源田の甘〜い叫び声が再び聞こえてくる。
余興の演奏はクライマックスに入りステージからテーブルに向かってバラの花が投げつけられた。
着地と同時に開いた花びらから丸めてあるフードメニューがこぼれ落ちる。
「さっすが!魅せる、聴かせる、食べさせる」
「M K Tはここのマスターのポリシーになっているな」
源田はステージでエフェクターを片付ける優花をずーっと見ていた。
「光一 何か飲むか? 光一!!」
「あかん、エレキの周波帯と彼女のビジュアルが源田の脳内を席巻しているよ」
健二は光一の顔を両手を使いメニューに振り向かせた。
「コレ一つ」
と光一はお決まりのドリンクに指を差したが・・
「光一、八木さんに失礼だろ 早くこっちむけ」
「ハイっ」
ようやく正気に戻った光一。
この店のマスター兼オーナーの
ミスターKJがやって来た。
「ここではKJと呼んでや〜」
「わかりました。マスター フフッ・・」
「梶原と呼んだらアカンでぇー」
「自分から言ってどうすんねん」
マスターと健二のボケとツッコミに八木は親近感を抱いていた。
「あまり見た事ない顔やなぁ〜」
「紹介します。BQNゴムの八木さんです。」
「BQN??」
「バキュンゴムと言います」
「なるほど・・で、どんなゴム製品作っているの?」
「メインはコンドームです。」
「なるほど、それでバキュンか!シャレとるなーワッハッハー」
「ハイっ、社長がノリで考えた社名ですので気に入ってもらえて光栄です・・」
「なかなかオモロイ社長やなぁ〜」
「ワシにも紹介してぃや〜」
「そやそや名刺渡さなアカンなぁ〜」
「ホレっ」
「ありがとうございます。」
名刺の裏表が合理的で大阪らしい。
株式会社 梶原プレスカンパニー
代表取締社長 梶原高貴
ライブハウス 居酒屋ROCKS
オーナー KJ
「ありがたい名刺を頂きありがとうございます!」
「このライブハウスを作るまで、そこのガキ達には世話になったんや」
「ガキっていつの話やー」
笑いながら健二が横槍を入れる。
「まっええわ〜 今日は定休日やけどコイツらのと八木さんの親睦の為にオープンしとるんやで〜」
「平日は妹がオーナー代行でアルバイトを雇って営業してます!」
「彼女に昼は工場の経理もやってもらってます。」
健二は梶原家族に気遣い、皆んなに聞こえるように言った。
「梶原家は大忙しやな〜無理せんと頑張ってや
〜」
「ホンマありがとうガキ達!」
「この空間で思い存分楽しんでゆき〜な!八木さん。」
「ハイッ」
そしてステージから降りて来た優花はまるで別人のように光一と接していた。
「光一さん 昔はドラマーやってたんでしょ?」
「ああ遠い昔の事さ・・」
「もう腕も錆びているし、叩く気はないさ」
「で、優花ちゃん・・最近はどうなの?」
話を切り替えて優花の近況を聞く光一。
それには訳があった・・
「よっしゃ 飲んで食べて明日も頑張るんやでぇー」
優花はマスターの目に反応して席を離れた。
「あっゴメン光一さん。皆さんの酒の肴を用意するわ。」
「あっ あ、また仕事の邪魔をしてしまった」
彼女の前ではいつも罪の意識に駆り立てられる光一だった。
「ユッピー 今日のメニュー何品いけるんや?」
「マスター。冷蔵庫には鶏肉とレバーと昨日の関東煮が残っているよ〜」
「そっか、今有るもんでごちそう作るから食器用意しといてくれるか?」
「OK! KJ!」
「なかなかやるやんけユッピー」
苦労してきた兄妹の未来の幸せを願わずにはいられない健二と光一だった。
「で、あのロボットどこ行ったんすか?」
八木が健二におもむろに尋ねた。