一号機開発秘話(コンドームが地球を救う?)
健二はナノファイバー形状記憶ゴムの導電性をアップさせる為にコンドームメーカーの技術者八木を訪ねる事にした。
「八木さん・・ゴムの伸縮率は合格点以上のものですが通電した時の反応速度が成人男子筋肉と言うよりじいちゃん筋肉なんです。」
「フハハッ」
八木は宮澤のユニークで分かりやすい解説に笑いながら応答した。
「わかりました。」
「導電率を上げる為に当社開発のナノカーボンXを使いましょう。」
コンドームメーカーの派生事業のための研究開発はここまで来ているのかと感心する健二だった。
「ちょっと待ってて下さいよ宮澤さん!」
「配合率を計算してみます。」
「・・・ヨシッ」
「素材硬度が5%上昇し、伸縮率も現行数値より7%下がります。」
「シュミレーション計算だと、形状記憶ゴムへの通電率が8%改善された事により反応スピードが10ポイント改善されています。」
ディスプレイに映し出された新素材の性能分布曲線のブレイクポイントを八木と一緒に見ながら・・
「これが限界かなっ・・八木さん?」
「宮澤さんの言う成人男子筋力を維持するパワーアップ対策の第一弾の試みですね。」
「明後日に来ていただければ素材は完成して通電テストは可能です。」
「我々コンドームメーカーもロボット事業に参入できる日を待っています。」
「宮澤さん・・できる事は全力でやらせていただきます。」
「なんなく申しつけ下さい。」
「ありがとうございます八木さん。」
我々のために努力してくれているメーカーや下請会社の為にも一号機を早く世の中に出さなくてはならない使命感で満ち溢れていた。
健二は形状記憶ゴムの束が通電した時に起こるアクチュエーター膨張率を計算していた。
「机上の計算ではこの膨張率で骨となる金属ロッドの可動域と可動スピードが向上している。」
ここにヒントがあった。
健二は以前、自社で販売している労働者向けアシストスーツの技術開発にも関与していた。
その技術の一部を導入する事で更にパワーアップできる可能性を導き出していた。
自力での限界は薄々感づいていた。
目指すミッションが「人体に近い可動」である。
寄り道は禁物だがストイックになり過ぎても現実のアッパーテクノロジーを追い求めるだけの自己満足にしかならない。
今はその壁を追求する事が使命ではない。
ステップアンドプロセス。
今与えられている環境に感謝し社会へ還元してゆく。
心理学者アドラーが提唱した共同体思考が健二の根幹を築いていた。
学生時代の感性と感覚は今でも不可欠な要素である。
個々の技術進化は記憶に止めるが良い。
それぞれのポイントで技術をチョイスする時代。
臨機応変でなければ本来目指す完成度にいつも手が届かない。
現実の技術水準と対峙しながら健二は
「動力源の共有は可動に不可欠な選択だ。」
と思考の方向転換をする事にした。
形状記憶ゴムにセンサーを埋め込み生体電位信号をメインAIが読み取る。
メインAIで解析後アクチュエーターであるモールド関節に埋め込まれたサブ基板のAIからマイクロサーボを動かす仕組みだ。
関節内のギアボックスにはクラッチ付トルクコンバータが増設され負荷トルクを信号受信によりロッドと形状記憶ゴムの負荷調節ができる仕組みだ。
これにより負荷増大過電流によるトラブルを防止できる。
人間は骨だけでは可動できない。
筋肉あっての動体だがロボットは違う。
骨(金属ロッド)が筋肉(形状記憶ゴム)を助ける事ができる。
考え方は2ウェイ方式ではなく、あくまでもコンビネーションでのアシストなんだ。
健二の考え方に光一も賛同していた。
「開発者に寄り道はつきものだ」
「迷路に入っても、君は抜け道を既に考えているのさ」
健二は光一の言葉に安堵の表情を浮かべた。
二人の合言葉は
色あせない君らしさ。
「俺たち今でも青春しているよな健二?」
「ああ 人間思い立ったそれぞれのタイミングが青春なんだ」
「それにあれこれ理由をつけるのも人間だが・・」
「人間の脳と肉体は少しづつ衰えていくがロボットの脳に進化はあっても衰えは無いだろう」
「だからロボットはいつも青春だらけ」
「おいおい、またロボット談義か」
「あっ、しまった」
「ハッハッハー」
数日後コンドームメーカーの八木から新素材が完成したとの連絡が入る。
健二はロボットに装着して実地テストを行いたいと八木に依頼して開発実験室まで来てもらう事にした。
「これが新素材の形状記憶カーボンナノファイバーXです。」
健二はコンドームメーカーらしからぬ完成度の高い工業用ゴム製品に思わず・・
「コンドームちゃんと似ては似つかぬ姿になりおって〜」
「宮澤さん・・コンドームの素材は天然ゴムかウレタン系が一般的です。」
「我々はコンドーム素材だけではなく、多種多様の素材研究も日々行っています。」
「宮澤さんが注目していた薄膜技術と膨張伸縮技術ですが、それはどんな素材にでも活かせる我が社のオリジナルメソッドになっています。」
「八木さん・・茶化してすみません」
「いえっ」
その場を盛り上げようとする健二の対応に八木も優しく接してくれていた。
源田は可変式A/Dコンバーターからモールド関節への通電回路を実験用に改造した。
モールド関節に装着されている小型基板のドライバからサーボモーターへ電力供給を行なう。
電流供給線とPWMの信号線それに電流センサがそれぞれの役割を担う。
健二とゴムメーカーの八木はロボットの関節から手首までのロッドカバーにランダムに配置された無数の小型可変ローラーの上に形状記憶ゴムを載せてゆく。
手首から指の関節と指先へは差別化された系統の形状記憶ゴムが個別ローラーに配置される。
形状記憶ゴムのターミナルに電線を圧着してモールド関節のラグ端子板に接続する。
「形状記憶ゴム装着配線接続完了!」
「次わっと・・」
健二の頭と腕には筋肉反射信号板が取り付けられ、極板からは無数の信号線が変換ボード経由でパソコンに繋がっていた。
ロボットのモールド関節からは、電源線とは別にテストように飛び出したI/O基板をケーブルでパソコンに繋げている。
パソコンのモニターには3Dの腕と手の画像がリアルに表示されている。
「動作準備完了!」
「モニター解析準備完了!」
ロボットの腕には解析用に張り巡らされた無数の信号線が別のパソコンに繋がれていた。
「通電準備完了!」
「コンバーターの出力を上げてゆきます。」
いきなりの通電テストで嫌と言うほどショートさせてきた源田。
その度にテストピースを一から作り直していた苦い経験がメンタルと技術面で彼を程よく成長させている。
モニターを見ながらコンバーターに増設された自家製のスライドボリュームで出力を上げてゆく光一。
「ウィ〜ン」
駆動系独特のトルクモーター音がモールド関節内から微かに聞こえる。
「駆動部への負荷確認OK」
「トルクコンバータ動作確認OK」
「これより形状記憶ゴムへの通電テストを行なう」
「通電!」
形状記憶ゴムはそれぞれのゴム繊維が電流値の上げ下げにより膨張と伸縮を繰り返していた。
「初期動作テスト完了」
「どうだ健二、続けてアクションメニュー開始するか?」
「ちょっと待って・・」