一号機開発秘話(創造物への憧れ)
日本中が東京オリンピックで盛り上がっている中、健二と源田は五年後に迫った大阪万博に向けて従業員ロボットの開発試作から審査会までの計画書を東堂社長に提出しなければならない。
二人は「従業員ロボット」の呼称を嫌っていた。
そして「ハイパーロボット一号機開発試作計画書」として提出したのだ。
可動システムの基礎研究は終わり応用動作実験を開始してゆく。
予てからコンドームメーカーにお願いしていたナノファイバー形状記憶ゴムと耐熱強化樹脂で成型された各パーツを組み立ててゆく細かい作業だ。
「ウィーーーン」
電動ドライバーの先端ビットが細かいネジを締め付けてゆく。
「人間は母親の胎内から組織が形成されてゆくがロボットはそうではない。」
「ロボットは人間が考えた創造物である。」
「神様が創造したのは人間である。」
「ロボットは賢くて愚かな人間の良き理解者に成り得る」
「その知恵を神様が人間に与えているのだから」
ロボットを組み立てながら唱えるかのように独り言を言っている。
「ロボットへの入魂唱和か・・」
源田には聞き飽きた唱和である。
手脚の組込みで要となるのがモールド関節装置だ。
関節は骨となる金属ロッドと脱着式になっており超小型のサーボモーターとギアが入ったボックスに信号を受取る受信器とAIチップが埋め込まれて樹脂でモールドされている。
関節間をノーケーブルにしたハイテクパーツの一つである。
「関節部分が巨大化するように思ったが・・」
「サーボモーターと電装の小型化でこの大きさに収まった」
「もちろんロッド内部に仕掛けがあってこそ成り得るんだが」
「ひと昔前だと到底考えられない。」
二人は配線だらけのロボットにうんざりしていたのは事実だった。
「子機が関節になった事で親機と双方向通信が
可能になる」
「これは五体切り離しへのプロローグだな光一」
「ああ一極集中システムの考え方は中央集権の政治と同じさ。このご時世、地方をコントロールできやしない。」
「技術の進歩と世の中は同期化している」
「チューリングが生きてここに居たら僕等に何を求めるだろう?」
「・・・それは僕にもわからない」
「ただ一つ言える事は・・」
「やめるも良し 続けるのも良し・・かなっ」
「なるほどー」
二人は半世紀前の科学者の想いを読み解きながら再び作業に入った。
本当の筋肉みたいにゴムの束が五体を構成している。
「この筋肉を見よ!」
健二は思わずつぶやいた。
「健二、まだまだニセモノだぜ・・」
「ああ・・分かっている」
形状記憶ゴムで造られた筋肉が関節からの電気信号で骨格を動かすのだがパワーが無く可動スピードが遅すぎる。
まともにボールも握れない。
「市販のロボット以下の性能だわ」
「人間の神経構造とロボットの神経構造は根本的にシステムが違う。」
源田は健二の目を見つめながらつぶやいたが・・
「パワーが足りないだけだ」
「そう焦るな健二」
光一は健二をなだめながら
「俺はこれから大学にゆく。」
「健二 今日は帰ったらどうだ?」
「息子と風呂でも入ってリラックスしろ」
「ああ」
健二は帰宅の途についた。
大学のロボット研究室ではプロジェクトチームに参加している学生達がAIラーニング用の3D動作データを解析していた。
人が家や外出先で行なう一般的な動作とジョブワークでのカスタム的な動作を業種別に合計1000パターン撮影してデータ化させる。
例えば、物を運ぶ行動を撮影後3D化した画像データは座標軸に置き換えた数値データからアルゴリズムの数値に変換して独自のプログラムでAIにラーニングさせてゆく。
このプログラムこそが源田と学生達が開発した「DEEP3DS」である。
だが数千種の行動パターンを学習したAIだけでは「ダンスを真似るロボット」にしかならない領域だ。
人間の行動原理は意思決定が必要である。
この行動前の意思決定を更に数万種のパターンで学習させる。
意思決定とは目の前に立ちはだかる人や物体を見て判断し動作する瞬間の事である。
ロボットの目の前で赤ちゃんが泣いているとしよう。
データが過去の赤ちゃんエピソードをダウンロードしたら次のプロセスは「泣いている」と合致させる。
その次のプロセスは「なだめる」または「抱っこ」
これが意思決定になりアクションを起こすきっかけとなる。
ディープラーニングでは「人に抱かれていて泣いている」場合は「なだめる」に意思決定を変更してゆくのだ。
学生達は画像認識における音声取得に苦慮していた。
問題はノイズキャンセラするターゲットがフォーカスポイントと重なり雑音処理が出来ない。
画像対象が中々定まらない時に起こる現象である。
対象物における画像認識をエレクトリアの最新型Amotチップセンサーで補っているがフォーカス時間が長いので対象物が定まらない。
源田は、元エレクトリアのエンジニアであった。
以前同じ職場で働いていた後輩の吉永にお願いしてセンサーのフォーカス感知スピードをカスタマイズが出来ないか相談に乗ってもらう事にした。
「源田さん ここだけの話ですが次期センサーは
開発中ですが、それほどスピードは望めませんよ・・」
「それよりブレ補正の精度を上げる方が得策だと思うんですが」
「分かっているよ吉永。それを踏まえた上で相談に来たんだ!」
「・・・」
「わっ分かりました。」
「ちょっとお時間頂けますか?源田さん。」
「現行のチップセンサーでカスタマイズしてみましょう。」
「会社にシークレットにするより新型を公表するまでのマイナーチェンジ研究提案として会社に承認を取るようにします。」
「どうですか源田さん?」
「ありがとう吉永。名案だ、さっすがー」
「ところで大阪万博はエレクトリアも出展するんだろう?」
「出し物は何だ?」
「いやはや、私達もまだ知らされてないんです・・」
「それは新しく設置された社長直下の開発Gグループが独自で動いてますんで・・」
「そうか・・」
源田はエレクトリア近くの思い出深い喫茶店で吉永と会っていた。
「あれっ?源田さんじゃないですか?」
現れたのはエレクトリア技術部の郷田だった。
郷田はエレクトリア時代に源田のプロジェクトチームに入いる事を希望していたが外されていた。
恨みをまだ引きずっていた。
「源田さん まだロボットやってるんすか?」
「ああ・・」
「何かいいネタ仕入れに来ました?」
「それともいいネタ持ってきたのかなぁ〜」
「昔から変わらんな郷田」
「人の心配より自分の心配をしたらどうだ」
「源田さん、今日の事は誰にも言いませんのでご心配なく・・エヘへ」
郷田は捨て台詞を残しエレクトリアに戻って行った。
「吉永 突然の相談で申し訳なかった。」
源田は吉永に礼と別れを告げ帰宅した。
その頃宮澤は息子と湯船に浸かっていた。
「翔太は大きくなったら何になりたいのかなぁ〜?」
「ロボットォ〜〜」
「・・・あっ、そうなんだ」
「ロボットになって何するのかなぁ〜?」
「・・・お掃除ぃ〜」
「そっ、そっか・・翔太にとってロボットはこぼれたお菓子の掃除をしてくれるから友達なんだよな〜」
「ウン」
「その先はママに怒られなくて済むだな」
「・・」
翔太の単純明解で純粋な答えは健二の心を和ませていった。
「!!」
「ちょっと待てよ〜」
健二は湯船に浸かりながらひらめいていた。
温かい沙耶の手料理が心にしみる。
「あまり無理をしないでね」の言葉もしみる。
健二は家族の愛情に飢えて育った。
家族を大切にしたい気持ちは人一倍どころか人十倍はある。
川の字になった家族の夜は更けていった。