家政婦ロボットと呼ばないで!(ピロタ発進)
日曜日の午前中、出足はまずまずと言ったところか。
来場者がぽちぽち集まり始めたところで光一はちょっとした仕掛けを試みる。
各ブースの中ではイベントコンパニオンが進行役となり研究生達がテクニカルサポートをしてゆく。
「打ち合わせも終わったし、ちょっとした誘い水を打とうかな・・」
光一はこの日のために案内ロボット「PILOTA」に会場入口から各ブースへの道筋と立ち位置に加え、おもてなし接客スタイルをラーニングさせていた。
「よーし、ピロタ発進!頼んだぞ〜」
案内ロボットピロタは入口付近に到達し、立ち止まった。
それに気付いた来場者は少し物珍しそうに様子を伺っていたが、小学生の男の子が興味津々な表情で果敢に近寄って来た。
ピロタが話す事を察知して待っている。
「チャンス!・・ピロタ出番だ。」
案内ロボットは光一と無線リモートできる機能を有している。
「わたしはピロタ ようこそ未来の世界へ」
ピロタの第一声で、警戒心を解かれた来場者の止まった足がピロタの方を向き始めた。
「何でも私に聴いて下さい。」
ピロタの顔面は「3D顔面ディスプレイ」になっており、どの位置からでも人間の顔の凹凸と表情をリアルに映し出す事できる。
主電源以外のOFF時はスリープモードで寝顔になる。
今日のピロタの顔は「子供受けする顔と表情筋」AIデータから光一が万民受けするようにカスタマイズしたものだ。
「ピロタは何歳なの?」
子供の純粋な疑問がピロタにぶつけられた。
「君はボクが何歳に見える?」
「10歳!」
無邪気な子供は共感できる相手を探すのが得意だ。
子供に安心感を与えるためにピロタもそれに応え。
「ロボット年齢で言うと、ちょうどそれぐらいかな?」
「ピロタはどこから来たの?」
「東大阪工科大学のロボット研究室から来ました。」
そこまではAI想定内の標準的な受け応えであったと思われたが・・
「彼女はいるの?」
周りの観衆は突拍子もない子供の質問を苦笑いしながら聴いていた。
「ボクは今のところいないよ、ところで君はどうなのかな?」
「うん、この間までいたけどフラれちゃった。」
「そっか・・でも大丈夫だよ。」
「ボクがこの会場で彼女を探してやるよ!」
えーーえ!
ザワザワ
「ピロタは恋のキューピット!?」
周りにいたJKやカップル達はこの事をツィートし始めていた。
ロボットの周りにいるほとんどの来場者は、これがロボットから発せられる言葉ではなく、ウケ狙いのシナリオを第三者が言っているものだと思っていたのだが・・
光一はピロタの応答がロボットの学習機能の欠落から来るものなのか、更なる学習をした結果なのか暫く考えていた。
光一は時計を見ながら子供との会話を終了するようにピロタに命令を送信する。
でもその意図は覆される。
「ここで子供を放置すればこの子との友情は途絶えます。」
「もう少し会話させて下さい・・」
「お願いいたします光一さん・・」
「光一さん 光一さん・・ピー 」
ピロタからの思いがけない純真な返信。
あれっフリーズしたのかな?
光一にとっては想定外の出来事だった。
「AI情報を見てみよう・・」
「アワワ・・」
光一はピロタに研究室の汎用型AIを載せていたつもりであったが・・
開発支援用のマスターAIが載せられていたのだ。
開発支援用AIとは新しくつくる汎用型AI用にあらゆる言語パターンや行動パターン認識をデータマイニングと基本ラーニングで構成されている人工知能のマスターとなるものである。
言い方を変えれば体系別にパターン化された第一階層だけのAIで、新しくAIを築き上げるために時間短縮と効率的な運用ができる。
当然それを複層的に動かすだけのフレームは存在しない。
「アルゴリズムだけを持って自ら行動する事は不可能だ。」
「当然、判断不能のフリーズ状態になるのは必至だ。」
「でも受け応えできる基本アルゴリズムは搭載されているので、それを彼自身が自らディープランニングしていたと言う事か?」
光一は少し離れた場所にいる研究生の田所に聞いてみた。
「源田さんが働いている間は僕らがピロタの面倒をみていました。」
「どこにでもピロタを連れて行けとおっしゃっていましたね?」
「ああ、それは庶民にピロタの存在を知ってもらう為にな・・大学側から時期早々のクレームが入ったが俺が説得して丸め込んだんだ。」
「でも合コンにピロタを連れて行けとは言っていないぞ!」
「それにピロタは日常行動の汎用AIを搭載していただけでマスターAIは載せていなかったはずだが?」
「・・・」
「あっ、俺がマスターに載せ替えてそのまま放置した張本人・・」
「ダハハハ」
「そりゃ、しゃーないなぁ〜」
「そうかピロタはそこで学習してきたんだな」
「でも誰が彼女にフラれた経験をラーニングしたんだ?」
「いえっラーニングはしていません。彼があらゆる失恋の話を総合理解して自分で結論をだしたのです。」
「田所、ならば聞く。ピロタが俺に反論してくるのは何故だ?」
「それはピロタが源田さんを嫌っているからかも知れませんね〜」
「ぶっとばすぞー田所〜!」
「アハッ」
田所は物事をストレートにズバズバ言う優秀な研究生だが、仲間とのトラブルも多い。
「確かに俺もそう思う。」
「だがピロタは感情をもった言語を運用している。」
「あれは感情では無く、ただの思考能力なのか後で検証しよう。」
「はいっ!」
ピロタは光一からの返答を待っている。
別に首を長くして待っているのではない。
光一は試していた・・
「はは〜ん やっぱ、そこからは指示待ちロボットなのだなピロタくんは?」
「光一さん?」
「おーお来た!」
「応答が無いので子供に彼女を紹介するアクションをモードから選びます。」
「モード?」
「ちょっと待て田所。モードって何だ?」
「いえ、僕にもわかりません?」
「この間、修二がなんかさわっていたような・・気が・・」
源田はこのままロボットが暴走しないようにリモートメニューに切り替え「帰還」を選択したが・・
ピロタは無視して子供に案内をし始める。
「私の胸のディスプレイを見て、どの子が可愛いと思いますか?」
子供は少し照れくさそうな表情で
「この子!」
「では、その子にタッチして下さい。」
その画面にはミス東大阪女子大学の綺麗どころメンバー五人の顔が映し出されていた。