トラブルシンキング
走行テスト用ランニングマシンの上で頭のない直立不動のロボットは通電始動はまだかと言わんばかりのオーラを出している。
途中で切り離し可能な電磁マグネットワイヤーがロボットの背中の2点に向け天井から支えている。
テスト始動時の転倒回避が目的だ。
ロボットも走行マシンも突入電流回避でスムーズにスタートできるようモータードライバで制御されているが万が一はいつ起きるかわからない。
彼らの常識の一つは過去の苦い経験から形成されている。
「光一!ロボットの電源を入れてくれ。」
「了解!」
一号機は胸中心部に緊急停止ボタンが施されている。
リモート制御下ではサーボモーターの暴走でロボットに大打撃を与えてしまうリスクがある。
それが発展して火災や人身事故にならぬよう事前対策を施すのも彼らの常識である。
クォリティと信頼性が高くなれば逆に事前対策は重要なメソッドとなる。
「一号機 電源ON パイロットランプ点灯。」
「ここからは聞こえない・・そこまで静音設計にしていないはずなんだが」
「10dbモーター音確認しました。」
「走行マシン 電源ON。オートムービングに設定します。」
「初期値1〜4Km/hに設定しておきます。」
この走行マシンはロボット走行テスト用にロボタス社が開発した製品である。
一般的な走行マシンはロボット未来社が低価格で販売していたがテスト走行中の転倒事故が相次いでいた。
そこでロボタス社は自社で使用していた走行マシンを短期で改良し、未来社より先にシステム化して販売に挑んだ。
各機関の研究施設へのマーケティング力が購買層の厚さになって、ロボタス社の認知度は未来社を大幅に上回った。
上下左右に設置された高感度高解像度のトラッキングAFカメラによりマルチスキャンが可能になった。
動体をあらゆる角度から捕捉しながらカメラ内の画像認識センサーが速度と動体傾斜角度をAIに分析させ角速度、加速度、回転モーメントを数値化。
もう一つはベルト内部に装着された圧力センサーがロボットの着地瞬時重量を計算してLAN経由でパソコンのモニター映し出す事が出来る。
標準オプションでは赤外線センサーも装備され熱源の捕捉が容易である。
もう一つの機能は、動体トラッキングシンクロシステムだ。
健二達がロボットに導入している形状記憶ゴムとモーターを同期化させるシンクロシステムの一部を走行マシンAIの計算値から応用させて機能化させている。
適時的確なロボットの不具合事象を外部から診断できる高機能システムは各方面から研究開発の効率化と信頼性の向上を確実に実施できるマシンとして評価されている。
あらゆる賞を総ナメにしたこのシステムは「ロボットドック」と「逆転歩行」を想定している。
そして、一号機はスタートから力を抜いたスムーズな歩行を続けていた。
「時速5Km/hからオートムービングになります。」
「OK! 一号機単体のスピードを上げてゆきます。」
グゥォーン
ロボットは微かに傾斜角度を「前のめり」にして速度を上げてゆく。
「重心と傾斜角度検知。」
「時速6Km/h確保。」
「モーター温度 正常値 確認」
「モーター電流値 ギアトルク値 異常無し」
「右膝関節ピッチ軸トルク異常無し」
「ジャイロ荷重検出確認」
「光一 !僅かだか、右足裏軸センサーの荷重値が誤差範囲から飛び出して来ているよ」
「あーあロギングデータを見てみる。」
「画像認識データとロボット軌道データからも
数値にズレが生じているな・・」
「このままだと3分後には走行不能になるな」
「ちょっと待って光一。」
「・・・」
「右脚股関節軸の荷重値の差が明らかだ」
「右股関節軸サーボの負荷電流値が上昇している。」
「右足首と右膝関節は正常・・」
「左股関節軸のサーボの電流値は正常なんだが
・・」
「待てよ健二。 右足裏の軸センサーの値がおかしいぜ」
「正面画像を見てみるか。」
「あっ、僅かに傾斜しているのかな??」
「拡大フォーカス」
「ウン?・・あっ」
「やっぱ、おかしいぞ。微かに足が上がっていない。」
「止めようか?」
「ああ」
「ロボットのスローダウン自動制御に切り替えます。」
「走行マシンスピードシンクロ確認OK!」
「スローダウン」
ギュルル〜ン
ロボットと走行マシンは想定内通り、息を合わせたかのように停止して行った。
「健二 足裏を見てくれ!」
「チェーンブロックで胴体をちょっと上げてくれ光一」
ガラガラガラガラ
「何だろな?」
「あっ! 小さなピーナッツが・・」
「何?ピーナッツ?」
「昨日食っていただろう光一!」
「・・・」
「食っていたけど、ロボットには近付いていないぜ?」
「胸のポケットを見てみろよ。」
「あっ!」
「ボロボロ・・」
「ホンマだらし無いんだから・・」
「ゴメンんちゃい・・」
「だけど何でこんなところに入ったんだろうな?」
「俺も不思議に思う。」
「ピーナッツ混入事件は後にして・・」
「まっ、今は外装保護していないからしょうがないな光一。」
「ああ、ブーツを履かせれば良いだけだ。」
「傾いた真の要因はピーナッツではないだろう」
「ああ俺もそう思う。」
「機構部への目詰まりで過負荷になる事はあり得るが傾きはしないだろう。」
「自重でハマり込むか、自重で踏み潰すのが普通だろうな・・」
「それで傾くようなヤワな設計はしていない。」
健二達は別の要因を調べていた。
「足首のメカには異常ないな・・」
「膝関節にも異常が見られず。」
「やっぱ股関節か?」
健二はモーター及びサーボとギアの位置関係を
XYZ軸の画像認識レベルセンサーの3Dデータから数値化した。
「位置関係には問題無しと・・」
「ついでに脚の寸法も測ろう」
「あれっ 右脚の軸寸が2mm短い。」
「・・・!?」
「まさか・・」
「光一ショックアブソーバーを点検してくれ」
「あいよ!」
「あっ!オイルがジワっと出て来ている」
「それだ光一。」
「あーあ。かなり漏れているみたいだ」
「ロッドの中にも浸透しておる。」
「一旦、オイル回収フロン洗浄させます。」
「ああ」
チュルチュルチュルチュル
オイルは戻り管で回収機に回収され、ロッド内部は噴出管でフロン洗浄される。
ショックアブソーバーのオイル漏れは分解の結果、劣化によるものと判断された。
「あーあ、またツールボックスに新品と混じっていたのか」
「いつも分けているのになぁ〜」
「よし交換OK!」
部品によるトラブルは過去にもあったが、二人の設計品質のクォリティは高い。
人間も故障する。ロボットも故障する。
ロボットドッグは各地で設立されていたが・・
ロボタス社が提唱する「規格化」と「高度化」による低価格高品質サービスとは程遠い高価粗悪サービスが蔓延し始めていた。