人類最強のアクチュエータ開発
宮澤健二は東大阪の装置メーカーODATEC内の開発工場とロボタス社の研究施設を毎日行き来している。
源田光一は大手電機メーカーエレクトリアの元社員であったが、訳あってODATECで産業用ロボットの開発技師として働いている。
当初パーソナルロボットの一号機の仕様は重量100KG高さ180MMで試算して構造設計されていた。
それはアクチュエータが油圧駆動と電気駆動システム共用での宮澤が試算した数値である。
宮澤の頭の中には性能を維持した上で軽量化を成功させる事が使命で会社の方針と合致していると自負している。
軽量化は社長のみ知るトップシークレットである。
ロボット未来社の新製品を意識して開発しているのではない。
「ヒューマノイドの開発は人間の価値や思想に根幹的な変革を及ぼすだろう。」
「それは現存のロボットの価値や存在意義を見直すきっかけにもなる」
「高付加価値が選ばれし神聖なる知能から生まれる事を期待している」
宗教学者と心理学者と言う別の肩書を持つアルバート工科大学のリソーサブレイン博士の「重きお言葉」である。
健二は大学生の時にアメリカに短期留学してブレイン博士の元でロボティクスにおける開発理論と実践哲学を学んでいた。
だから彼の目的はブレない。
その目的は社会への適合を価値として可視化させるためにある。
社会への「還元」が最終目的だ。
だから会社は根幹を揺るがす危機を除いて未来への投資を怠ってはいけない。
その為にイニシャルコストに幅をもたせ、ランニングコストで勝負できる構造にしておく事は技術者であるならば当然の事である。
未来の予測と開発計画は、間違った会社の思惑で変えられるものではなく純粋な眼としてトラッキングしていかなければならない。
健二は一号機開発計画のリーダーとして自信を持って参画してきた。
それとは裏腹に役員会では競合先のロボット未来社の新製品販売に備え大幅な計画の変更に踏み切ろうとしていたのだ。
新たなるコストダウン方針も打ち出され計画書にはイニシャルコストの20%削減を付加している。
もし計画の変更があれば構造設計の見直しを余儀なくされる。
軽量化による性能アップを目指す試みが台無しになってしまう。
標準機の開発をするなら私は要らない。
無駄にロボットに魂を入れたくない。
ロボット神社で何体供養してもらったのか。
ロボット権が存在するならば生み出す目的と使用目的を明確にするために公的書面に両者がサインする時代が来るだろう。
産業科学振興省がロボットマニフェストをつくり、科学法律省がロボット法を統治してゆくのは、近未来のあるべき姿になるだろう。
重量物の最後は分別に困る粗大ゴミにしかならない。
大型工場のラインで終焉を迎えるか、大型物流倉庫での重量物の単純作業をしているところのイメージしか浮かんでこない。
それ以前に災害救助や介護用に適した大きさや重量でもなく、適応できる仕様性能に程遠い。
AIのイノベーションが売り物ならワザワザ二脚歩行にする事は無い。
ハードウェアは単元的なものと多元的なものの能力で差別化する必要がある。
大型スーパーや遊園地でのイベント用、つまり見世物としてのロボットの価値しか生まれてこない。
お払い下げになったロボットがイベント会社に何体眠っているか調べれば答えは出る。
宮澤は当初、経営計画にまとめられた販売台数と売上目標を見てウンザリしていた。
数値を達成するための保守的で一般的な企業セオリーのコピーでしかない計画書だ。
経営計画の詳細は臨時取締役会で承認されれば可決される。
宮澤はその経営計画の一号機の販売時期が当初開発前の計画との大幅な差がある事に違和感を覚えた。
「金沢常務 この計画書見ました?」
「うーん俺も見て驚いている。」
「なんか、あったんすか?」
「一部の取締役から「待った」がかかり、再度見直しを迫られた」
「販売時期についてはその計画書通りに動かなければならない。」
「そうですか・・」
社長に直訴しようと思った宮澤だが金沢常務のすぐれない顔を見て留まった。
「上層部に計画の見直しをしてもらうための
リアルデータと改善提案をまとめよう」
「今できる変更予防策はこれしかない」
その日宮澤は市場統括部の矢部を呼んだ。
マーケットリサーチの分析結果を照らし合わせる為に、競合他社との性能比較相違点を矢部に頼んで洗い出させた。
また、自分の眼で確かめる事は彼のアイデンティティでもあった。
直販先とディーラーから問題点と改善点の要望を吸い上げる為に空いた時間に営業の古田と顧客へ出向いていた。
短期間での市場調査も終わり、まとめあげた報告書を提出して渋々金沢常務に承認をもらった。
後は取締役会の採決を待つだけである。
そして・・
取締役会から文書が金沢常務宛てに届く。
答えは「来期検討保留事案」の取り扱いであった。
事実上、先送りと言うものである。
この手のピンチは過去に幾度も経験している。
組織も人間の体も支障をきたす点では同じだ。
それを治すドクターがいて、どれだけ早く処置ができるのか?
その病名が「癌」にならない事を願うだけだ。
突き付けられた不条理は彼を疑心暗鬼へと誘い込んだ。
会社は入社してから私に自由に研究開発する場を与えてくれている。
「俺は幸せ者だが・・」
会社に貢献したい気持ちが反動となって健二にプレッシャーを与えている。
ピンチをチャンスに変えられる底力を金沢常務は信じていた。
ODATECで光一にこの事をブチまける健二だが光一はそれを「あたりまえの出来事」として捉えていた。
疲れも溜まり、少し気が抜けたような表情の健二。
光一はいつものジョークを交えて、固まりかけた健二の脳をリフレッシュさせようとした。
「いいなぁ〜 戦える相手がいるなんて」
「プレッシャーは健二にとってドーパミンを噴出させる最も効果的なカンフル剤だよな」
「ちょうどいいチャンスじゃないか健二」
「一号機が期間短縮で完成し世間をあっと言わせれば、二号機はお前が完全主導権を握る事になる」
「その時は東堂社長もバックアップしてくれるさ」
「それにお前がロボタス社で忙しい時間を費やしている間、形状記憶ゴムのバージョンアップ品のサンプルを持って来たよ。」
「八木さんが?」
「ああ、それとまた「ROCKS」に連れて行って欲しいって言っていたよ〜」
「連れて行って欲しいのは光一の方だろう!」
「優花さんに会いたいと顔に書いているやん」
光一は鏡を見て、トボけたように
「どれどれ? あっ、わかってしもたか〜!」
「フハッハハー」
二人はいつも通りの笑顔を取り戻していた。
早速、形状記憶ゴムのバージョンアップ版を箱から取り出す健二。
「なんだぁ〜このスパイラル状のゴムの帯は?」
健二は手でゴムの感触を確かめていた。
「かなり柔らかく薄いゴムやな・・」
「何かに巻きつけたい気分や・・」
ちょうどその時、健二のスマホに八木から電話が入ってきた。
「宮澤さん!見ていただきました?!」
「ああ・・今見ているよ!」
「取り付け方は簡単です。」
「各モールド関節に巻き付けて、4本づつ出ている各配線をつなぐだけで可動できます。」
「簡単な回路図と性能仕様書を添付しておきました。」
ケミカル分野は専門外なので巻き付けるだけの意味がイマイチ理解できていない健二のようだが・・
技術者の本能なのか、その仕組みを自分で解読しなければ気が済まない。
「第一ヒントはバンテージ。第二ヒントは膨張伸縮部です。」
「ロッド内部にある、指先への形状記憶ゴムは配線変更してそのまま利用します。」
「それでは宮澤さん成功を祈ってます。頑張って下さい!」
「ありがとう八木さん。忙しいのに開発に付き合ってくれて・・また報告するから待っていて下さい。」
「GOOD LUCK !!」
「面白くなってきたぞ〜」
のんびりと焙煎コーヒーを飲んで香りを楽しんでいた光一は・・
「俺の出番はまだかいな?」
と健二の様子を伺っていたが・・
黙々と作業を進めてゆく健二。
仕事と研究が重なり徹夜になった光一。
健二の作業する姿を見ながら体をソファにあずけて重くなった瞳を閉じていく。
「やっぱ疲れて寝たな光一 ・・」
ゆっくり気づかれないよう毛布をかける健二だった。
「光一ありがとう・・」
健二は骨となる金属ロッド表面のガイドレールと、全ての形状記憶ゴムを全て取り除いた。
「さあ、我がロボットに力を与えよナノファイバーカーボントリプルXよ!」
健二の言葉の儀式がいつも通り始まった。
「膜厚0.5mmの積層帯アクチュエータか・・」
「だけどミイラみたいに全身に巻き付ける訳じゃないよな・フフッ・・」
「そっか、バンテージと言っていたな・・関節か・・」
「アスリートが膝関節にバンテージを巻くように巻いてみるか・・」
「えーっと筋肉の収縮方向と靭帯を意識すると
こう言う巻き方になるな・・」
「これで正しいかわからないが、こんなもんやろっ!」
「次に足首にも同じように巻き付けてパラレル配線で関節部とつなぐ。」
「ここで重要なのは動作可動部に準じたゴムの位置で可動領域と可動圧力に差が出る。」
「巻き方で差が出るとは中々面白い」
「筋肉らしくないゴムは筋肉の役割を果たすのか?」
「八木さんの発想はゴムを知り尽くしているからなせる技なのか」
「よしっ、形状記憶ゴム帯バンテージ施工完了!」
「次に指関節形状記憶ゴムの端子への結線はとっ・・」
「えーと。それと生体反射信号センサーをゴムの隙間に差し込んで・・」
「電流センサーと別の端子に差し込んでっと・・」
「ちょっと待てよ・・通電する前に仕様を確認しとこかな」
これは光一から口うるさく言われている基本事項である。
「電圧が今まで通りのサーボモーター電圧と準拠している点が素晴らしい。」
「電流値は・・0.5Aか」
「従来の伸縮率限界が15%で最大発生圧力が
20MPA」
「なななんと、今回の性能は驚きの数値を叩き出している。」
「伸縮率限界50%で圧力40MPA?」
健二は疑うような眼差しで仕様書を見ていた。
「伸縮率と圧力は反比例するのはゴムの性能からして常識の世界では?・・ど素人の俺だってわかるけど」
「ぶったまげた!」
「このゴムはもしや・・」
「早く通電したい」
快感の気持ちが微かに焦りを生み出す。
ゴムの世界が進化すれば新たな技術革新を生み出すのはわかっている。
でもそれには限界があると線引きしてしまうのは人間の愚かさなのか・・
健二は統合制御しているパソコンのモニターを見ながら考えていた。
この強さだと逆転現象が起きてしまう。
その結果限界点を超えれば、瞬発的な過負荷により逆転防止リレー焼損につながる。
それだけで終わればいいが・・
モーターの焼損どころかロッドが逆さまに折れて関節も破損する可能性もあり得る。
「それだけ凄いゴムなのか?」
「早く試してみたい。」
通電!
可変コンバータのスライドボリュームを徐々に上げてゆく健二。
出力曲線とパワーインジケーターがモニターに
映し出されている。
高次元のワクワクドキドキ感は沙耶と恋に陥った頃の感触とどこか良く似ている。
この瞬間を・・??
「光一 〜〜! 寝てる場合かぁー」
と大声で叩き起こしてしまう。
「何だ・・今 優花さんといいところだったのに・・アワワ」
光一が正気を取り戻してきた。
モールド関節は静音設計になっていて少し離れた光一にその音は聞こえていない。
この形状記憶ゴム帯バンテージアクチュエータもほとんど無音に近い。
ロボットの騒音を取り除く事はヒューマノイドへの条件でもある。
「あっなんか巻いている〜」
「夢心地を邪魔して悪かった光一!」
「今から世紀のイベントを光一にお見せしよう!」
「鑑賞料は?」
「そんなものいらねぇー光一!」
通電!
ギュィーン グググ
「標準圧力限界確認!」
「次に可動部アクション連続テスト開始」
ガッガッガガガガガ
更にボリュームをアップさせサーボモーターとの同期曲線を目で追う二人。
「電流センサー値確認OK」
「モーター制御とのシンクロ成功!」
「可動圧力限界点到達!」
「光一!凄いパワーアップだこれならあの歴史に残るボルト並みに走れるぞ!」
「あああと何点かの課題をクリアすればの話だが・・」
技術的な問い掛けに対してクールな姿勢が変わらない光一である。
「モーター温度上昇 。過負荷リレーが作動します。」
「スライドダウン」
第一次テストは終了した。
二人は暫くの間、夢へ少し近づいたリアルな余韻を楽しんでいた・・