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葬式での思い出

作者: 湯湯温

少し前、友人の葬式へ参列した。


その時棺に入っていた友人の死に顔を見て僕は、小学校の頃に亡くなった武道の師匠を思い出した。


もう何十年も経って忘れてしまっている事だと思っていたが、不思議な事に友人の死に顔を見て不意に思い出せたのだ。


そんな思い付きの現実逃避で筆を取る。



僕が小学生の頃、僕はとてもマイナーな武道を習っていた。

その当時は誰が聞いても首を傾げる程度の知名度を誇る武道だ。


その武道の道場にいた僕の師匠は、子供の頃から見てもとてもいいおじいちゃんだったと思う。

技をしっかりと教えてくれたし、何よりよくお汁粉を食べさせてくれた。

多分美味しかったと記憶している。


しかしマイナーな武道だったもんで小学生は僕しか居らず、師匠は僕を実の孫のように可愛がってくれた。

僕も本当のおじいちゃんの様に思っていた。


その師匠は、僕が中学に上がる前に病気で亡くなった。

病名は知らないが、血を沢山吐いたと見舞いに行った時に聞いた記憶がある。

綺麗な花畑も見たそうだ。


その師匠の葬式で、多分僕は物心付いて初めて、人の死体を見たのだと思う。


僕は、僕の隣で母親がボロボロと泣きながら何かを言っているのを聞きながら、師匠の死に顔をじっと見ていた。


その師匠の死に顔を見ながら僕は、どれだけ見ても自分が何も感じない事に驚愕していた。

いや、何も感じない事に焦って頑張って泣こうとしていたのだ。


でも結局泣けなくて、あれだけ良くしてくれたのに僕は涙1つ流す事も出来ないという事実にショックを受けた。


幼い僕が見た師匠の死に顔はとても綺麗で、まさに『魂の抜け落ちた顔』だったのを覚えている。

目は固く閉ざされていて、まるで眠っているかのようだったのを覚えている。


でも僕がそれらを見てふと思ったことは、まるで人形のようだ、という事だけだった。


それ以外に思うことは何もなく、大好きだった師匠が死んで涙を流す事もできずに、必死になって母親の姿を真似ながら涙を流そうとしていた。


それでも、結局僕は泣く事が出来なかった。


その数日後、師匠が死んでからも僕は武道の道場へと足を運んだ。

そしてそこに師匠の姿がない事を確認したことで初めて、僕は師匠が死んだ事を知ったのだと思う。


そんな幼い頃の思い出を、友人の死に顔を見て思い出した。


友人の死に顔も綺麗なもので、あの生前の小憎たらしい表情など欠片も見せずに固く目を閉じていた。

まるで眠っているかの様だった。


しかしその眠っているかの様な綺麗な死に顔はまさに魂の抜け落ちた顔で、やはり僕は人形の様だと思ってしまったのだ。


友人の棺桶に花を入れると、僕の心は虚無感と喪失感に襲われた。

でも結局涙は流せずに、僕はその式場でもやもやとした心を抱えながらその時間を過ごす事になる。


そしてその数日後、僕は死んでしまった友人の、全く通知の来ないLINEアカウントを見て、本当に彼が死んでしまった事に気がついた。


人が死ぬという事はこうゆう事なのだと、何十年か経って漸く思い出せたのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 時々、読み返します。 最後のライン通知のところで、返事がこないことで友人が亡くなったことを実感するのは、何か心にグッとくるものがありますね。 私も知人が亡くなった時泣きたいのに泣けなくて、無…
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