日常は不幸と幸福の糸で紡いだ着物
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当作品は主が日常生活に当たり障りの無い範囲で日々の鬱憤を晴らしに即興で書いた作品です。推敲もくそもなにもしてません、一発書きです。なんで論が破たんしてます。
Pixivでも同様に活動しています。
簡単に作品を紹介すると、死にたがり居候と読書好きな少年のお話です。
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「人はなんで死ぬんだろうな」
食堂の机を挟んで向かい側。机に両肘をついて憂鬱そうに言うのは漆田恵。
ああああこと僕は読んでいた本を閉じて自分の見解を述べることにした。
「たぶん、生きてるからじゃないかな」
「うわぁ、なにその極論」
「生きてる限り死ぬでしょ、普通」
「そうかぁ?……そりゃそうかぁ。。。」
「そうだよ」
「じゃあ、やっぱ、死ぬしかねぇのかぁ」
やはり脈絡もなく――あったかもしれないけど、どうでもいいや。
突拍子もないことを言い出す奴だ、と嘆息混じりに言葉を返す。
「なんでそんなに死にたいのさ」
「いや、死にたいわけじゃないのよ」
「ふーん?」
「ただ、生きたくないっていうか」
「死にたいのか」
「そんな感じ」
「意味わかんないけど、わかったよ」
最近知った言葉で言うと、頭じゃなく心で理解した、って感じ。
あくまで感じだからほんと言うと頭も心も理解するなら場所は同じ気がしないでもない。
もう話は済んだと思って本を開くと、上体を机にぐでーっと倒して恵ちゃんは尚も言葉を連ねる。
「どうしたら楽に死ねるかな?」
「さぁ、死んだことが無いから……」
「じゃあ一回死んでみてよ」
「お断りだよ、面倒くさい」
「それなんだよなぁ」
なんなのさ、と再び本を閉じると恵ちゃんは困ったように笑って言う。
「面倒くさい、んだよねぇ。死ぬのって」
「は?」
「だってよ、無理しなくても生きられる世の中だと思わないか?」
「んー、まぁ、言いたい事はなんとなくわかるよ」
「死に物狂いで食料を探して、安全な寝床を確保して、
雨露凌いで、寒さや暑さを乗り越えて、
そうして初めて生物ってのは”生きている”って実感出来ると思うんだ」
「なるほど」
「それなのに、別になにもしなくても生きられる。
むしろ死のうとすればするほど周りには止められるし、
『逃げるな』とか『迷惑だ』とか、死にたがりに対する当たりが強すぎだろ。
俺たちは別に迷惑かけたいわけでも逃げたいわけでもないのにさ」
「あっ、そういえば恵ちゃん、宿題終わった?」
「……死にたい」
「それは逃げなのでは?」
「……」
完全に突っ伏した阿呆を尻目に再び本を開く。
「……このまま生きてても、良いことあるのかなぁ」
「さぁね」
「明日突然死ねたら凄く幸運だと思わないか」
「不幸だと思うけど」
「あるいは不治の病に罹っていた方が人生を満喫出来るんじゃ」
「不謹慎だよ」
でもさぁ、と恵ちゃんは言う。
「不謹慎でもなんでも、今の世の中で本音を言える奴って少ないんじゃねぇかなって」
「ふん?」
「俺は世間で言う処の”正しいか正しくないか”みたいな論争ほど気持ち悪い事は無いと思うんだよ」
「まぁ世間様に言わせれば、その発言が既に正しくないってなりそうだけども」
「『あるのは事実だけ』、そうだろ?そもそも人間なんて間違いだらけの生き物なんだし、
個々人で間違いを見出すならまだしも、他人の間違いに躍起になって、
やれ訂正しろだなんだと……。これって自由権の侵害じゃね?」
「……少し考えすぎだよ」
それ以上言わずに僕は本に目を落とす。
主人公が絶望の底に打ちひしがれてビルの屋上から飛び降りようかと逡巡している場面だ。
彼は一人、落ちた後の事に思いを馳せる。
親の事、兄弟の事、友達の事、恋人の事、努めている会社の事、
落ちた先で自分の死骸を見つけるであろう人々の事、
自分だった肉塊を処理する人たちの事、
そして死んだ後の自分。
それらすべてが一人の中で起こっていた。
結局尻込みして引っ込む主人公の代わりとばかりに涙が投身自殺した。
「うーるーぅしぃー!!」
不意に外から女の子の声。
「……呼ばれてるみたいだけど?」
「うん、聞こえてる」
突っ伏したままの恵ちゃんは出迎えに行く気配は無い。
仕方がないから席を立って玄関の扉を押し開ける。本当は引いても良いんだけど、今回は押し開ける。
「あっ」
帰ろうとしていた女の子はさっと振り返って挨拶してくる。
「こんにちわ!」
「こんにちわ」
元気な子だと思った。
「漆田くん、います?」
「……要りません」
「いや、要不要の話をしているのではなく」
頭の回転も早そうだ。
「さっきまで人の生死に関して重要な議論をしていたので今はぐったりとしています」
「人の生死?随分壮大な事を考えてるのね」
「まぁ発端は宿題やりたくないという逃避からでしたが」
「ちっちゃい男ね。議題ばっかり大きくても仕方がないのに」
赤い服がよく似合う子だった。
「……名前を聞いても良い?」
僕は気さくを装って問うてみた。嘘だ。いつも通りだ。
「私は喜多田瑠唯って言います」
「……そう」
ちょっと待ってて、と言い残すと僕は玄関先に瑠唯さんを置いて家の中へ戻った。
「恵ちゃん」
「んん~……」
「瑠唯ちゃん来てるよぉ~」
「はあ~い」
「早く出てあげなさい」
「あと五分だけぇ~」
「さっさといけ」
椅子を乱暴に引いて無理矢理机から引っぺがす。
――と思いきや空気椅子の要領で微動だにしない。
そんな友人のお尻をここぞとばかりに蹴り上げて、僕は元の席に戻った。
「女の子待たせるなんてサイテーって言われちゃうよ」
「男の子のケツ蹴るなんてサイテー……」
「僕はもう既にマイナス方向にカンストしてるからこれ以上下がらないよ」
しぶしぶと部屋を出ていく恵ちゃんの背中を横目で見送りながら呟く。
「……友達いるんじゃん」
それは羨みだったのか、嫉妬だったのか。
次の章へ跨っても、本の内容は少しも頭に入ってこなかった。
「人はなんで一人では生きていけないんだ?」
「……」
また大雑把な物言いで日常の些事から現実逃避しているのだろうか。
僕は読んでいた本を下して顔を上げる。
それを相槌と受け取って、恵ちゃんは言葉を紡ぐ。
「ネットが社会に普及してから、個人個人の孤独度ってのは増したと思うんだ」
「孤独度……?」
「なんかあるだろ。近所付き合いが希薄になったとか、町ぐるみで子育てする意識が薄れてる、とか」
「おまえ一体何歳だよ」
「永遠の18歳かな」
「昭和のアイドル以来廃れたよそんな表現」
「現代にも脈々と受け継がれている言い回しだこのやろー!」
「それでな、話を戻すと」
出来れば脱線したままでいてほしかった。
脱線した先がビルだろうが住宅地だろうが、隠蔽して黙秘して誤魔化していたかった。
「それだけ個人が孤独を強いられている環境下であるというのに、
個人で生きる技術に関してはなにも教わらない!
おまけに個人で生きる術なんかほとんどない!
っていうか個人ではその手段を見つけられない!
これって大いなる矛盾じゃね?」
「つまりなにが言いたいのさ」
「いや、人付き合いがめんどい……」
「そうだねぇ」
のほほんと答えて本に視線を戻す。
「瑠唯ちゃんとなにかあったん?」
「いやぁ、なんにもねぇけど……」
こいつが口籠る時は話が続く時だな、となんとなく察しがついてきた僕は黙って続きを待つ。
「あいつやたらと世話を焼きたがるんだよ。鬱陶しくて」
「なんすか、モテてんすか」
「いや、モテとかそーゆーのでは」
「けっ、リア充め」
「だから違うってばよ!!」
身振り手振りが大きくなるのは強ち間違いではないからか、
それとも本当に違うからか。
どっちでもいいので僕は文字を追う。
「あのなぁ。俺には憧れの女性がいるんだよ」
「恋バナって奴ですね」
ここで本を置いて身を乗り出すと、自意識過剰属性は調子に乗って話が弾む。
無論恵ちゃんの場合はそんなのお構いなしに話を続けるけど。
っていうかそれを知っていてやったけど。寂しくなんかけいけど。
「ひとつ隣のクラスの女の子なんだけどな」
「よかった、今目の前にいる男の子って言われたらどうしようかと」
すかさず頭をはたかれた。威力は無いが髪型が崩れるのであまり好ましくない。
「品行方正、才色兼備、ボンキュッボンの正に美を体で表すかのような……」
「難易度ナイトメアクラスの女性だね」
「そーゆー誰もが振り返るような美姫がいたら格好つけたくなるだろ、男子なら!」
「読書好きなら同意するけど」
「休み時間はよく本読んでるな」
「よし、結婚してくる」
「こらこらこらこら話を聞けっ!」
どうやら冴えない男の恋バナは途中離脱不可能なイベントらしい。
「その子の前で喜多田からよく世話焼かれるわけよ」
「ああ、幼馴染イベント的な」
「……」
「それで憧れの人に恥を晒して困っている、的な」
「。。。」
「おまえ一体それなんていうギャルゲなん」
「代われるならいつでも代わるぞ」
この世はなんて不平等なんだ、と嘆息しつつ本当はどうでもいいと思う。嘘だ。
この場合ちょっと羨ましい。いや、実際にはどうでもいいけど。
「俺の体は心労には滅法弱いんだよぉ」
「最近の子はみんなそうらしいね」
「そうなんだよぉ、簡単に病んでしまう自分の体質が憎い」
「それで先日の『死にたい』になるのかな?」
「いや、あれは宿題が嫌だっただけ」
「もう終わった?」
「……死にたい」
「やっぱさ」
本を閉じた僕は口を開く。
「ひとつひとつ片づけていくしかないよ」
「……お、おう」
「問題はどんどん積み重なっていくものだから、やれるものから片づけていこうよ」
「なんか、おまえ頼もしいな」
「この間テレビでやってた、掃除の番組で言ってた」
「掃除の番組!?」
「人間関係なんて掃除だよ、掃除。積み掃除」
「それは積み将棋かなにかのモジりなのか?」
僕は不意に机に突っ伏して深々とため息をつく。
「お、おい。どうした」
「面倒くさくなっちゃって」
「な、なにが……?」
「なにもかもが」
主人公は最終的に成功して物語を終えた。
ビルの屋上から地面へと一直線に、成功の階段を駆け下りた。
それじゃあ救われてないだろう、と思ったけれど、
誰に言うでもなく、悲しい気持ちのまま目を閉じた。
鬱積した荷物の重さで加速して落ちていく人は、
一体どれくらい速くなれるのだろう。
彼らは光になるのだろうか。
彼らは闇になったのだろうか。
本の主人公を不憫だと思いつつ、僕はもう一度ため息をつく。
「僕は君が今、幸せにしか見えないよ」
恵ちゃんは否定しかけて口を噤んだ。
僕は掠れる声で呟いた。
「そんなに幸せそうなのに、どうしてそんなに死にたがるんだろう」
恵まれている、豊かな生活を送れている、悩みなんて、他の人に比べたら大したことない。
人との繋がりもそこそこある。友達と話すときには陽気に笑って見せる。
時に饒舌になったり、冗談を交えたりする。才能だってある。
こんなに面白い奴、他にいるのか、なんて思ったりする。
そんな奴に限って。
『どうして自殺なんかしたんだ。』
エピローグで一人語りする友人Aの言葉に、僕は感情移入し過ぎている。
そして不謹慎な事に、そんな彼らの悲劇を心底「羨しい」だなんて思っている。
願わくば僕もそんな悲劇の中で、友人A程度の絶望に身を委ねてみたい、だなんて。
それはつまり、恵ちゃんに死ねと言っているようなものだ。
恵ちゃんの死を望んでいるようなものだ。
「……ごめんね」
わけがわからない、といった表情でおろおろしている眼前の間抜けに笑いかける。
困惑したまま恵ちゃんは言う。
「おまえはなんにも悪くねぇよ……」
悪いか否かは貴方ではなく、私の良心が決めるものだ。
と、口にする気力もなく僕は自室へと戻る。
まだ日が落ちるまでに時間はあったが、無性に眠りたくなった。
眠ったまま死ねたら、人は幸せだと思う。
そしてまた一方で不幸だと思う。
片や、死に伴う痛みを知らずに済むという幸福。
片や、死に伴う痛みを知らないまま死ぬという不幸。
この胸の痛みが幸せなのか不幸なのか、判然としないまま僕は布団に身を投げ出す。
柔らかい布団に身を包む幸福と、不幸。
起きる頃にはこの命も尽きてしまえと目を閉じる。
また明日がやってくることを確信しながら。




