蜜柑パフェ
*棗は微妙な顔で淕の顔を見た後に、目の前の蜜柑パフェを見た。
期間限定の蜜柑パフェ。
たしか、クラスの中でも話題になっていたほどおいしいらしい。
夏みかんやジュレなどが乗っていて、涼しげでとてもおいしそうだ。
美味しそうだが……。
「食わねえの?」
「た。食べます食べます」
棗は先程とあるカフェの前にある期間限定の蜜柑パフェのメニューを見ていた。
見ていただけだ。
しかし、それを見た淕がなかば強引に入るぞ、と棗をカフェに引きずり込んだのだ。
普段の淕なら絶対に寄り付かないようなおしゃれなカフェに躊躇なく。
現在はカフェの中でふたり。
棗の前には蜜柑パフェ、淕はカフェオレをすすっていた。
(何があったんだろう)
今日の淕はなんだか変だ。
買い物にも付き合ってくれたし、服まで見繕ってくれたし、
さらにはカフェにまで連れてきてくれた。
何か大きな見返りでも要求されるんじゃないかと思ってしまって、
大好きな蜜柑ものどをうまく通らない。
「食わないなら」
コトリ、と淕がカフェオレのグラスをテーブルに置いた。
はっと我に返った。
見ると少しだけバニラアイスが溶けてしまっている。
「ご、ごめ……!!
すぐ食べるから……!!」
「いや、おれにも一口」
カラーン、と甲高い音が響いた。
あまりにもびっくりしすぎて棗が手を滑らせ、スプーンを落としてしまったのだ。
あわててテーブルの上のスプーンを拾い、淕を見る。
「どうしたの淕!?
そんなにこれが食べたかったなら、淕も頼めばよかったのに」
「別に。
一口で十分だし」
目でさっさと寄越せ、と催促される。
信じられない。
淕は昔から潔癖なまでに人が口をつけたものには食べなかったのに。
「い、いいの?
私のスプーンしかないけど」
「いいから」
しかたなくスプーンで一口バニラアイスとオレンジシロップをすくうと、
スプーンの持ち手を淕の方に向けた。
しかし、淕は動こうとしない。
ま、まさか。
「食わせろよ」
つまり、あーん、をしろと。
冗談かと思ったが淕は真顔だ。
ちらりとも笑っていない。
本気だ。
周囲の事なんてこれっぽちも気にしていない。
棗を見ている。
棗しか見ていない。
「は、はあ!?」
「いいだろ。
ここまでついてきてやったんだし」
ぐっと言葉に詰まる。
たしかに、ずっと付き合ってもらったのはありがたいと思う。
見返りを要求されるとは思っていたが、
それがまさかこんな羞恥プレイを要求されるとは。
棗は観念してスプーンを持ち直し、それを淕の口元まで運んだ。
それをぱくりと淕が口にする。
うわぁ、あのカップル、ラブラブだねえ、とかどこからともなく聞こえてきた。
どうやら周りからはカップルに見えるらしい。
これは予想以上に恥ずかしい。
顔から火が出そうだ。
スプーンを淕の口からひっこぬくと、棗は猛烈な勢いでパフェを食べ始めた。
恥ずかしくて淕の顔なんて見ていられない。
きっと勝ち誇ったような顔をしているのだろう。
ちらっと淕の顔を見てみる。
淕は何でもないような顔でカフェオレをまたすすっていた。
しかしその口元がかすかに緩んでいるのが見えた。
馬鹿にしたような笑いじゃなくて、ただ純粋に嬉しそうに見える。
その笑みをなぜか見てはいけないような気がして視線をおとす。
そうすると、淕の制服のネクタイの鮮やかな赤が目に入ってきた。
そうか。
同じ学校の制服を着ていたら、カップルに見えやすいのだ。
歳も同じくらいに見えるだろうし、そう考える方が自然なんだろう。
雪那と並んだらきっとこうはならない。
制服を着た女子高生と、落ち着いた雰囲気の大学生が並んで歩いても、
きっと兄妹にしか見えない。
夏みかんをスプーンですくって口に入れた。
ほろ苦い味がした。