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ミルフィーユ  作者: いろはうた
2/3

好み

*「棗」



放課後。


一人でバス停に行こうとしたら淕に呼び止められた。


何の用だろうと内心首を傾げながら振り返る。


そこには下級生の女子からの熱い視線を歯牙にもかけない幼馴染みの姿があった。


思わず顔をしかめてしまう。


女子達の視線が棗に移ったとたん険しいものに変わったからだ。


こういうことが嫌だから中学の時から淕には


皆の前では私に声をかけるな、と言っていたはずなのだが。



「何?」



だから自然と刺々しい声音になってしまった。


しかしそれすらも淕は気にならないようだった。



「おまえについていってやるよ」


「……はい?」
















淕と隣り合って座り、バスに揺られる。


モールまではバスで10分位だ。



「advertisementの意味は?」


「……わかりません」


「広告」


「……淕、綴りが長い単語ばっかり…」


「おまえはこういうの後回しにして覚えないだろ」


「……意地悪」


「るせー」



二人でモールに着くまでの時間、英単語の勉強をしている。


淕の方が賢いので、彼に問題を出してもらっているが、


これまた棗が苦手な綴りが長い単語や意味の複数あるややこしいもの


ばかり選んで出題してくる。


雪那だったら3問に1問くらい簡単な問題を出してくれて、


棗をいい気分にさせてくれる。


しかし、淕は昔から何事に関しても容赦というものを知らなかった。



「鬼…鬼だ…」


「何とでも言えよ」



でも棗だってわかっている。


淕が棗のためを思ってわざと鬼役を買ってでているのは。


しかし、連続で不正解ばかりだといい加減自分の馬鹿さに嫌気がさしてくる。


淕がまた次の問題を出そうとしているのを見て


棗はあわてて当たり障りのない話題を探し口にした。



「淕はなんでついてきてくれたの?」


「何がだよ」


「昨日まで何も言わなかったじゃん。

 

 買い物したいー、とか」



どうでもいいだろ、ってそっけない返事が返ってくると思っていた。


少しの沈黙。


訝しく思って淕の顔を見ようとそちらを向く。


すると、思っていたよりもずっと近くに淕の顔があって固まる。


至近距離にある淕の瞳が揺れた後、静かにそらされた。



「……ついていったらダメなのかよ」


「い、いや、そういう意味じゃないけど」



妙にしおらしい淕の態度に動揺してしまう。


沈黙が落ちる。


それを破ったのはどちらでもなく、バスが停留所に着いたというアナウンスだった。
















誕生日プレゼントが入った袋を抱えて雑貨屋を出る。


淕はベンチに座ってスマホをいじっていた。



「淕、ごめん!!」


「おせーよばーか」


「あたっ」



拳で軽く棗の頭をこづくと、淕はスマホをポケットにしまい立ち上がった。


その目線がちらっと棗が持っている包みをかすめる。



「目当ては?」


「買えたよ。バッチリ」



誇らしげに包みを掲げると、フンと鼻で笑われた。


見た目はもう大人なのにこういう仕草の一つ一つに子どもっぽさがにじむ。


そういうときに、淕は同い年なんだ、と強く思う。



「あー…淕…」



若干目を泳がせながら、おそるおそる言葉を紡ぐ。


買い物の主要な目的は達成した。


でも、もうひとつ目当てがある。



「何、雪那とのデートに着ていく服でも買うのか?」


「っ!?」



動揺のあまり落とした包みを淕は空中でキャッチした。


相変わらず運動神経抜群だ。


しかし、それにありがとうを言う余裕もない。



「なんでバレたかって?

 

 …お前、わかりやすすぎるんだよ」



そわそわしすぎだっつーの、と心底どうでもよさそうに言われた。


ぐ、と言葉につまる。


こんなに簡単に考えを読まれているようではまだまだ子供だ。


雪那に見合う大人の女性がはるか彼方にある気がする。



「行くならさっさと行くぞ」


「う、うん」



投げやりにそう言うと、淕はだるそうに歩き出した。


そんな彼をこっちだよ、と目当ての店まで引率する。


今、雪那は大学の方で忙しいみたいだけど、落ち着いたらデートぐらい行くだろう。


そのためのとっておきの1着、というのがやっぱり欲しい。


数分歩いてたどり着いたのは若い女性向けのブティックだ。


ガーリーからパンク系までなんでも揃っている。


くるりと淕の方を振り替えって両手を顔の前で合わせた。



「淕、ほんとごめん!!

 

 10分だけ待ってて!!」


「いい、これはおれも付きそってやる。

 

 …んだよその顔。

 

 ラーメンの中から苺を見つけたみたいだぞ」


「…は?


 り、淕も着いてくるの?」


「棗のことだから、自分のことだと優柔不断すぎてあれがいい、これがいいって


 一人だったら少なくとも一時間は悩むだろ」


「よ、よくぞお分かりで」


「……雪那が絡むと特にそうだ」



そっぽを向かれたから言葉が上手く聞き取れない。


聞き返そうとしたら、いくぞ、とぐいぐい手を引かれて店の中に連れ込まれた。















棗の目は現在、あるワンピースに釘付けだった。


身に付ければ、水彩絵の具でさっと塗ったような淡いレモンイエローが


優しく柔らかく体を包むだろう。


ウエストのあたりできゅっと絞ったあと、お花のようにふんわりと広がっている


デザインも可愛い。


物凄く好みだ。


値札をちらりと確認する。


大丈夫。


予算の範囲内だ。


それよりも問題は、このワンピースが綺麗、というより


可愛いというイメージが強いことだ。


そのワンピースから少し視線をずらせば薄い紫の大人っぽいワンピースがある。


雪那の隣にいるにはどう考えてもそちらの方が似合う。


うぐぅ…と棗は唸った。


好みを優先するかしないか。


迷った末にそっと紫のワンピースに手を伸ばした。


これならきっと雪那の隣に並べる。


少しでいいから彼に追い付きたい。


彼にふさわしい女性に近付きたい。



「おまえ、そういうの似合わねぇぞ」



だというのに邪魔が入った。


棗はむっとして淕の方を振り返った。


なんでむっとしたかはわかっている。


この紫のワンピースが似合わないことは自分が一番よくわかっていたたからだ。


それを素直に認めるのはしゃくなので唇をとがらせ、反論する。



「着てみないとわかんないじゃん」


「着なくてもわかるし。


 おまえみたいなちんちくりんが着ても服に着られてるだけになるだろ」


「な、なにそれ!?」


ちんちくりん、にむきになって言い返す。


さらに反論を重ねようとした


棗の唇は止まった。


淕が黄色いワンピースを手にとったからだ。



「こっちの方がマシだろ」


「ま、マシって…」



棗が可愛いと思ったワンピースだった。


心を見透かされたようで固まっていると、淕が、ん、とワンピースをつき出した。



「ここ、試着できるだろ?


 着てみろよ」


黄色のワンピースを押し付けられ、思わず受け取ってしまう。


唇を開きかけ、また閉じる。


変わらなきゃいけないのに。


好みも性格も大人っぽくしなきゃいけないのに。


複雑な思いで紫のワンピースを見てから手にある黄色のワンピースに視線を戻した。



「あ、ご試着ですか~?」



突然背後から声をかけられ、肩がびくっと揺れた。


振り向くと店員の可愛いお姉さんが


にこにこしながらこちらを見ている。


断れる勇気もなく、こくこく頷くと、こちらにどうぞー、と店の奥に案内される。



「あ、お客さま、靴は脱がなくて大丈夫ですよ~。


彼氏さんはこちらでおかけになってお待ちくださいね~」



彼氏!?


試着室に入りかけた棗は、思わず振り返ってしまった。


対する淕は店員さんに促され、


少し離れた所にあるソファに腰かけている所だ。


顔色一つ変えてない。


訂正する素振りも見せない。


面倒臭いだけなのかもしれない。


淕にとってはその程度のことなんだ。


……一人であたふたして馬鹿みたいだ。


感情のままに強く試着室のカーテンを引くと淕の姿が見えなくなった

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