6話・情け無用?
『ツンツンツン』
(ん? なんだ? 誰かに突かれた気が……)
『トントントン』
(今度は叩きだした……でも、眠い……)
『ドンドンドン』
(痛っ。今度は殴るに変わりやがった……次は蹴りに変わるだろうから、その前に起きないと)
イオリはタオルケットから顔を出すと、目の前に足を後ろに大きく引いたステラと目が合う。
「おはよー! イオリ」
「……ステラ様、おはようございます。1つ聞きたいのですが、その大きく引いた足はどうするおつもりなんでしょうか?」
「えっ? この反動を効かせて真っ直ぐに蹴り上げようかと思ってるけど?」
「えーっと、ですね。その真っ直ぐ行くと、僕の腹の一番痛い部位のみぞうちに当たるんですけど?」
「そーなの? でも起きないから仕方ないよね?」
朝陽のような笑顔を見せながらさらっとステラは怖いことを言った。
死にたくはないイオリは飛び起きて、ステラにツッコミを入れる。
「もう、起きてるだろ! それにもっと優しく起こせないのか? 女の子なら、ハグとか目覚めのキスとかあるだろう」
「してほしいの? ならするけど?」
「あー、冗談だから。なんでもない。気にしないで」
(突っ込んでくれると思ったのに、本気にされるとは……こっちが反応にこまるわ)
「まだ、準備してないの? 早くこれに着替えなさいよ!」
セルテが畳まれた黒い服をイオリに押し付けてせかす。
現状を理解できていないイオリは、目を擦りながら押し付けられたものを受け取ると、それを広げる。
それは、黒い修道服だった。
(なんだこれ……神父みたいだな……)
「ほら、ちんたらしてないで早く、早く」
「いや、着替えるけどさ。なんでそんなせかすんだよ?」
イオリはその修道服を着るために、ネイキのTシャツとハーフパンツを脱ぐ。
ステラとセルテはその光景を見ても無反応だった。
(こうゆう時って悲鳴あげない? 普通さ……それとも俺ってアニメ脳なの?)
「えっ、ゴブリンが来てるってステラから聞いてないの?」
「イオリ! ゴブリン来たから早くしたほうがいいよ? ほら、今言ったよ?」
「「おせーよ!!」」
イオリとステラのナイスコンビネーションなツッコミを、受けたステラは『テヘッ』と舌を出して片目をつぶる。
そのあとに『ゴチン』っとセルテに拳骨されて涙目になるのだった。
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「よし、これでいいか?」
イオリは人生で初めて修道服に袖を通した。
サイズは少し大きい気もするが、戦いで動くにはこれくらいがちょうどいいなと、シャドーボクシングの真似をしながら思う。
「あと、これね」
セルテに渡されたそれは、ターコイズのような石で出来たネックレスで、先端には鉄製のペンダントが付いている。
それを首からかけると、ペンダントがヘソまでくる長さだった。
「これ長くない? てか、黙って着替えたけどこれに何か意味ってあるの?」
「ネックレスはそれでちょうどいいのよ。それにそれは魔導衣装と言って、魔法をくらった時の被害を軽減したりしてくれるのよ。あと、魔法の威力を高めてくれるわね。」
「へえー! ……ってゴブリンは魔法使うのか? そんな頭いいのかよ?」
「いまだかつて、使ってきたことないけど念のタメよ。それに魔法は頭いいとかそういうのは関係ないわよ。じゃなかったらイオリが使える訳ないじゃない?」
「確かに……っておい! 召還で呼び出しといてそれはないだろ.。あ、でもなんでお前等まで着替えてるんだ?」
ステラは昨日の黒いワンピースの上から、黒いカーディガンのような物を羽織っていて、セルテはニットで出来た長袖のワンピースを着ている。
「まさか、戦う気なのか?」
「さすがにイオリ1人に任せてられないじゃーん。って今は回復の魔術書しかないけど……」
「フフフ、そうね。もしかしてらゴブリンを見て、泣き出しちゃうかもしれないからね。っていうのは冗談よ。イオリのことを信用してないわけじゃなくて、これは私とステラで前から決めていたことなんだ。そ、それにイオリが死んじゃったらこの世界で……生きる意味ないような気がするしね。生きるも死ぬも一緒よ」
「そうなんだよー! だから、イオリ。ステラも頑張るから頑張ろうね」
「ふん、言われなくても頑張るわ。早くいくぞ」
イオリは修道服を揺らして振り向き、先陣を切って外に向かって歩き出した。
うっすらと、目に光るものをためて。
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「えーっと……」
「どうしたのー? イオリ」
「いやー、勢いよく出たのはいいけど、どこにゴブリンがいるのか分からなくてさ……。そういえばこの村のこと全然知らなかったわ」
「はあ……、本当にあんたって人は。こっちよ」
「ちょ、っておい、そんな強く引っ張るなよ」
イオリはセルテに手を強く握られて、村の出口の方に引っ張られていく。
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「これって……ゴブリンというよりボストロールじゃないですか!!」
草原の中を村に向かってゆったりと歩いてくるその魔物を見て、イオリは思わず叫んでしまった。
村の出口からおよそ100メートルの距離にそれは、身長はおよそ3メートルくらいはありそうな巨体で、体もダンプカーのように分厚くて、一撃を食らったら死んでしまいそうだ。
よく見てみると、大きな岩や丸太のような物を担いでいる。
(うーん、こんなにデカいとは思わなかった……それに、結構怖いな……)
数は10体で、リーダー格のゴブリンが先頭を歩き、上から見たら陣形は三角形に見えるだろう。
幸いなことに、裸なので『滅消』を当てれば一発で消えるだろう。
セルテの言うことが正しければだが。
(とりあえずごり押しでやれば勝てるかな?)
「よし、まずは俺1人でやってみるわ。10体ならなんとかなるでしょ!!」
「いや、ここは油断せずに一気にやった方がいいんじゃ……」
「いいから、見とけよ!!」
イオリは威勢のいいこと言って村を出て、ゴブリンたちと対峙する。
先制攻撃はゴブリンからだった。
1体のゴブリンが、丸太をやり投げの要領でイオリめがけて投げた。
(とりあえず、これを消して……)
イオリは飛んでくる丸太に向かって手のひらを向けて、『滅消』を放つ。
黒い光の束が丸太めがけて真っ直ぐ伸びる。
そして、丸太に当たると黒い塵になって風に乗って消えた。
(よし、ここまでは前と一緒だ。 じゃあ次は……)
イオリは50メートル先のゴブリンに、手のひらを向けて『滅消』を放つ。
先ほどと同じように、真っ直ぐ伸びて行く――しかし、ゴブリンは消えなかった。
効果がなかったという訳ではなく、50メートルを過ぎた辺りで消えてしまったのだ。
(んー、射程距離とかあるのか?)
念のためにもう一発放ってみるが、やはり同じところで消えてしまった。
こうなると遠距離戦は、丸太を軽々100メートル以上投てき出来るゴブリンたちに分がある。
かと言って、近距離戦でイオリの方が有利かと言えばそうとも言えない。
ゴブリンたちには腕力を生かした打撃があり、さらにもう1つ原因がある。
それは、この世界では基本的に、同じ種類の魔法を続けて打つ事が出来ないからだ。
一度放った魔法が消えるか、キャンセルさせれば、次の魔法を放てるがそうなるとタイムラグが発生して、複数のゴブリン相手だと厳しいところがある。
なので、ちょうどいい距離を保って戦うのがベターになるが……イオリは走り出して近距離戦を選んだ。
近距離戦の場合は囲まれないようにして、百発百中で当てなければ死んでしまうだろう。
ゴブリンたちは走ってくるイオリめがけて、丸太や岩を投げる。
イオリがその岩を避けると――
『ゴォーン』
という音がすると同時に地面も小さく揺れる。
イオリは飛んでくる丸太と岩を避けながら、避けきれなかった物を『滅消』で消して前進する。
そして、ついに射程距離に入った!
が、イオリは『滅消』を放つことなく、ゴブリンたちに話しかけた。
「おーい! 言葉通じるか?! おーい……っと」
ゴブリンは問いかけを無視して、今までの中で一番大きな岩を力を込めて投げる。
それは明確な敵意の表れだったのかもしれない。
イオリはそれをサッと避ける。
『ドッゴーーン!!』
と轟音を立てて、今度は地面を大きく揺らし、砂埃が高く舞う。
(仕方ない……)
イオリはゴブリンに手のひらを向けて――『滅消』を放った。
1体のゴブリンに直撃して、塵になり消え去る。
ゴブリンはそこでようやく逃げるという選択肢を選んだが、時すでに遅しだった。
イオリは逃げるゴブリンを追いかけては消す、追いかけては消すという作業のような行為を8回繰り返して、残りは2体になった。
ゴブリンたちは投げる物がなくなり、2体で固まって動かなくなる。
まるで、イオリに怯えるように。
(こういう状態から攻撃するのはなんか微妙だよな……)
イオリは躊躇していると、リーダー格のゴブリンが予想外の行動をとる。
横にいるゴブリンを持ち上げ、それをイオリめがけて投げた。
それには投げられたゴブリンもだが、イオリも驚きそして嘆いた。
(仲間を……捨てるのか……)
イオリはそれを『滅消』で消すことなく避けた。
リーダー格のゴブリンに少しでも逃げる時間を与えぬように。
そして、今日1番の力を込めて『滅消』を、そのリーダー格のゴブリンに解き放つ。
力を込めても込めなくても威力は変わらないのだが、そうしないとイオリは気が収まらなかった。
投げられたゴブリンは、イオリに避けられて勢いそのままに地面に直撃して、かすかに生きている状態だったが、イオリに介錯され消え去った。
イオリは全てのゴブリンを消し去ることに、成功したので村の入り口に戻るために歩き出す。
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イオリは息を整えながら、ステラとセルテの元に向かうと涙をためた二人が、出迎えてくれた。
「全部倒したよ……あー、疲れた」
「イオリ! お疲れーー! 少し心配したぞ……でも、生きてて良かった」
「少しヒヤヒヤしてけど、イオリならやってくれると思っててわ。お疲れ様」
「なんだなんだ? 2人がそんな風に俺を心配してるなんて、なんか裏がありそうで怖いなー! あー、怖い!」
イオリは照れ臭そうにしながら、軽口を叩いて村の中に入ろうとした。
『ガンッ!!』
痛そうな乾いた音が辺りに響く。
ステラとセルテはそれを見て笑っているが、イオリは何が起きたのか分からず【何か】にぶつけた顔を押さえて立ちすくむ。
(痛っ!! 一体何があったんだ? 何もないところに顔をぶつけたけど……)
イオリは顔が当たった場所を手で触ると、そこには硬い壁のような物があった。
それは透明で、そこには何もないようにしか見えないが、確かにそれはあるのだ。
「ごめんごめん。伝えるの忘れてたわ。この村には結界魔法の『聖なる鳥籠』が施されているのよ」
『聖なる鳥籠』――ステラの説明によると、結界を破らない限りは生き物全ての侵入を必ず防ぐ、上級結界魔法のようだ。
1年に1度しか使えないという縛りがありそれが足かせになっている。
「ええっ?! まじで? じゃあどうやって生活してたんだよ?」
「私たちの村は、昔から自給自足で暮らしていたからね。あ、中に入るにはイオリが『滅消』で壁を消せば入れるよ」
「いや、いいのか消しちゃって? 1年間使えないんだろ?」
「その辺は大丈夫さ。もう、昨日で1年を経っていたからね」
「そっかー! って思たんだけど俺を召還する必要あった? すごい頑丈なんだろ?」
イオリは『聖なる鳥籠』を消し去りながら、素朴な疑問を投げかけた。
そんなに、頑丈な結界魔法があるなら、自分は必要ないんじゃないかという疑問を。
「イオリは、あのゴブリンを変に過小評価しているのかもしれないが、あのゴブリン1体で100人の騎士に相当するからね。平均的な人間と比較すれば300人になるさ」
「そ、そんな強かったのか……ゴブリンって名前のせいで弱く感じるんだよ」
「あー、そういえばあれの正式名はオーガだよ? ステラが勝手にゴブリンって名づけたんだ。たしか」
「えー、そうだっけ? 覚えてないなー」
(オーガって聞いてたら多分、戦わずに帰ってたかもしれないな……)
イオリはため息を吐いて、切り株の上に座った。
擦り傷などをステラに回復してもらっていると、目の前の小石が微妙に揺れていることに気が付く。
それは1つだけではなく、周りの小石も揺れている。
まさかと思いゴブリンたちが歩いてきた草原の方に顔を向けると――そこにはゴブリンの大群がいた。
こちらに向かって歩きながら。
「パッと見、300体以上はいるな……」