表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

4話・2人の長風呂

 イオリは周りをキョロキョロと見回して、浴槽のある草陰に近づく。

 こっそりと草陰の中の様子をうかがうと誰もいないようだ。


 「ふー、よかった。これで風呂に入れるわ」


 誰もいなくてホッとしたイオリは、浴槽に近寄って手を入れてお湯加減を確認する。

 うん、大丈夫だとうなずいて服を脱ぎ、近くの木に引っ掛けた。

 裸になると今まで以上に、冷気が突き刺さりぶつぶつと鳥肌が立つ。


 「ひぃー、さみぃー! 早く入らないと……」


 近くにあった木製の桶でかけ湯をして、浴槽に飛び込んだ。

 予想以上に大きい浴槽で、足を伸ばしてもまだ余裕がある。

 入ると少しぬるく感じるが、それでも疲れた体を癒すには十分だった。


 「くうー。疲れたーーー!!」

 

 手足を伸ばして思わず叫んだ。

 今日はいろいろとあって、精神的に疲れた。

 今まで平凡な日々を過ごしてきたイオリにはエキセントリックな1日で、少し老けたようにさえ感じる。

 今日はこのまま何もないといいな、と夜空を眺めた。

 

 『ガサガサ!!!』


 風が吹き草木が音を立てて揺れた。

 そろそろ出ようと思い、イオリは浴槽から片足を出した時――それに気がついた。

 さっきのガサガサという音は、確かに草木が揺れた音だったが、それは風『だけ』の力ではなかった。


 「……あっ!」

 「あれ? お風呂に入ってたんだ?」


 草木を揺らしたもう1つの正体――月光に照らされたセルテは、すこし照れくさそうな顔で体を隠すが、豊満な『それ』は隠しきれずに、抑える腕を乗り越えるようにはみ出している。

 まさか、1日で2人の裸体を見ることになるとは予想もしていなかったとイオリは思いながら慌てて目を隠す。

 セルテは浴槽の横、すなわちイオリの真横に来て、桶を手にするとその豊満な体にかけ湯をした。

 

 「うーっ! 微妙にぬるいわね」

 「そ、そうだね。へへへ……ってごめん! 今、出るよ!」

 

 イオリは浴槽から出ようとするが、セルテに腕を強く掴まれる。

 すこし震えているようにも見えるセルテの手のひらは、とても熱く感じた。


 「……お湯がぬるいからさ、一緒に入らない?」

 「……は? 何言って……」

 「いいでしょ! 裸の付き合いっていうのもね」

 「……」

 ここで出たらセルテに恥をかかすから仕方ないと自分に言い訳をして、イオリは浴槽に戻る。

 イオリは体育座りの要領で座ると、セルテもイオリの背中に自分の背中を合わせ体育座りで浴槽に入った。

 ぬるいお湯より『向こう』の体温のほうが温かい――と2人とも同じことを考えていた。

 それからしばらくお互いしゃべれずに、沈黙が場を支配する。


 「あー、でかい浴槽がすげー狭く感じるなー! なんでだろーな」


 イオリは妙な空気に耐え切れず、ろくに考えないでくだらないことを口走る。


 「それって私が太ってるって言いたいの? 胸以外は標準だと思うけど?」

 「ふ、服の上からじゃわからねーよ! いくらでも誤魔化せるだろ」

 「へー、服の隙間から見てたのに分からないの?」


 ばれてたのか……イオリは浴槽の中なのに変な汗をかいた気がした。

 

 「心臓の鼓動が早くなったけど動揺してる?」

 「し、ししてないから! 子供の体見てもなんの感情もわかねーし。あー、感情なくてつれーわ」

 「子供って私たち同じ年でしょ!! それに見なさいよ! こんなにバインバインなのよ?」


 セルテが勢いよく立ち上がったせいで、静かだった浴槽のお湯は波打ってイオリの鼻と目を襲う。


 「ブフッ!! んっ!! 急に立ち上がるな! 鼻と目に水が入って痛いだろ」

 「ご、ごめん。大丈夫?」


 セルテはしおらしくゆっくりと、お湯の中に戻る。


 「……ああ、なんとか。ていうか、お前といいステラといい、この世界の女の子は男に裸を見られても気にしないのか? 俺の世界だったら変質者扱いで、ひっぱたかれるよ」

 「普通は気にするものなんだ……てか、ステラの裸も見たの?」


 セルテの顔は見えないがジトーっとした何かを感じて、イオリは余計なことを言ってしまったなと後悔する。


 「あ、あれは事故ですからね? 見たくて見たわけではなくて……」

 「ふーん。で、感想は?」

 「感想? 意外と大きかったな……ってなに聞いてるんですか!」

 「興奮した?」

 「だ、だから俺は子供には反応しねーよ。俺の好みは熟女からさ」

 

 なにか変な方向に話が転がりそうだと、イオリは話を強引に変えた。 


 「そういえばさ、召喚って何回でも使えるのか?」

 「いいえ、1回だけよ。召喚を行うには特殊な魔術書(ルールブック)が必要なの。それは1回使うと燃えてしまうものなの」

 「特殊な魔術書(ルールブック)?」


 イオリからしたら全てが特殊だが、この世界に住むセルテが特殊というんだから、とんでもない特殊なんだろうと思った。


 「そう、とても不思議で特殊な魔術書(ルールブック)よ。鑑定(スキャニング)をしても全く詳細が分からないし、文献にも載ってなの」

 「へー、それはどうやって手に入れたんだ?」

 「確か私が5歳の時に、不思議な服装の商人みたいな人からもらったの。金髪だけどこの辺では見たことのない顔のつくりで……そう! 君みたいな顔のつくりだったわ。」

 「ふーん、じゃあそいつは、カッコよかったんだろうな。俺に似て」


 腕を組んでつまらないギャグを夜空に向けて呼ばした。

 ツッコミを期待して。

 

 「いいえ、カッコよくはなかったわ。……君と違ってね。君はカッコいいじゃない」

 「はっ?? な、なな何言ってんのですか? それって俺が……」


 浴槽に張られたお湯はぬるいを通り越して冷たくなっていたが、イオリは体の芯からカーッと熱くなり耳の先まで赤く染まる。

 カッコいいなんて言われたことは、だいぶ昔まで遡らないとない記憶だ。

 

 「じょーだん。さっきのお返しよ。そんな熱くならないでよ! 背中越しでも分かるわよ」

 「はっ? い、いやー、知ってましたから。 別に動揺とかもしてなんですけどね」

 「じゃあ、これでも?」


 『ムニュ!!!』 

 という音が聞こえてきそうな勢いで、イオリは背中に柔らかい何かが押し付けられた。

 それは背中の大部分を支配してもいる。


 「あのー、これは……何なんでしょうか? セルテさん?」

 「……」


 腕をからめるように抱き付いているセルテに、疑問を投げかけるが返答はない。

 心臓の鼓動を分厚い脂肪越しに感じるので死んではいないようだが……。

 それよりもセルテの鼻息が、耳をかすめながら通るのでイオリはモジモジとしてしまう。



 「あのね、私が男の人に最後に会ったのは10年以上前……。国に助けを求めて出かけた父後ろ姿が最後だったわ。それ以来、私と母がこの村を守ってきた。その母も3年前に亡くなって、それからは村から逃げ出すように人がいなくなって行ったの。そして2日前に私とステラだけになったわ」

 「……なんでセルテとステラは、逃げ出さなかったの?」

 「ただ、怖かっただけ。この生まれ育った村を出るのが……怖かった。結局、八方ふさがりになってしまったけどね」


 イオリは肩にお湯ではない水滴が、ポツポツと垂れてくるのに気が付いた。


 (俺に出来ることは……)


 「だから、この召還でダメだったら私たちは終わりよ。勝手に私たちの都合で呼び出しておいてこんな事を君に言うのはズルいよね。だから……私を……好きにしていいわ。これくらいしか君に出来ることはないから……。料理も出来ないのかもしれないし……」


 イオリは手を強く握った。

 そして……


 「い、いやー、泣いてる女の子を抱く趣味はないから遠慮しときますよ! そ、そんな安く見られたくないし、俺は熟女が好きだからさ」


 イオリは嘘と本心を混ぜながら即断即決で答えた。

 そして、振り向きキョトンとするセルテの顔を見て続ける。


 「それに、そういうのは好きな人としなきゃダメだよ。そのために俺は魔物を倒す。セルテに好きな人が見つかるためにね!」


 セルテは少し何を言っているのか分からずキョトンとしてしまうが、イオリの真っ直ぐな目を見て、自分の馬鹿馬鹿しさに気が付いた。


 「……フフフ、冗談よ。本気にしないで。 真顔でそんなこと言われたら私まで恥ずかしくなるじゃない」

 「……ってなんだよ! 言ってもいい冗談と悪い冗談があるだろ! こういう冗談は心臓にわる……」


 そこまで言いかけてイオリは気が付いた。

 裸で向き合っていることに。

 再び、体の芯から体温が急激にあがり、耳まで赤く染める。


 「ご、ごめん! もう出るよ!!」


 イオリは浴槽から出て、気に引っ掛けた自分の洋服を手にするが大事なものを忘れていた。

 しばし、急激に冷えた頭で考える。

 

 (あー、やばい。タオル持ってきてないわ……。どうしよう……)


 「私の使っていいわよ?」


 イオリにとってそれは神の声に等しかった。


 「本当か?! 助かるよー!!」


 

 そのタオルを手にすると、ふわっと甘いにおいが香りが鼻をくすぐった。

 体を拭きながらイオリは気になっていたことを聞いた。


 「そういえば、なんでセルテじゃなくてステラが召喚したんだ? 魔術書(ルールブック)はお前のものだったんだろ?」

 「本当は、神の腕を使わないで召還しようと考えていたんだけど、魔術書(ルールブック)を譲ってくれた人が言ってたことを思い出してね。神の遺物を使うといいってことを。それで、たまたま神の腕を持っていたステラに魔術書(ルールブック)を譲ってあげたの」

 「へえー、そういう経緯だったのか。じゃあ、もしかしたら俺は何の力もなく召還されてたのかもしれないのか! その人にお礼を言いたいわ。魔術書(ルールブック)をくれた人の名前とかは分からないの?」

 「んー、確か、ブ……ブ……、ダメだ、それしか思い出せないわ。こんなことなら、メモしておけば良かった」


 水分を含んで少し重くなったタオルを畳ながらイオリは、少しオカルト的なことを考えていた。

 ただ、あまりにもバカバカしくて噴き出して笑う。


 (まさか、誰かに意図的に呼ばれたなんてありえないよな)


 「なに笑ってんのよ? 正直、不気味よ?」

 「ちょっとくだらないことを思いついてね。じゃあ、俺先に戻るから。あ、そうそう、タオルありがとうな」

 「……別にお礼を言われることじゃないわ」

 「ふーん。まあ、いいや。風邪引かないようにな。じゃあ」


 イオリは湯冷めして鳥肌の立つ腕を、さすりながらセルテの家に戻った。

 


------



 イオリの姿が見えなくなってから、しばらくしてセルテは立ち上がり浴槽から出た。

 浴槽にたまる液体は完全に冷えてしまいお湯から水に変わっていたが、セルテの火照った体を冷ますには、ちょうどいいくらいだった。

 月光に照らされて白く輝くセルテは、濡れて冷えたタオルを手に取ると、それを顔に押し付ける。

 何かを考えているかのように、しばらくその状態で佇んでいた。

 

 




 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ