2話・イレーザー
セルテは、昔の文献からの受け売りだよと前置きをしてから、青空講義を始めた。
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この世には簡単に分けると4つのタイプの人間に分けられるようだ。
まずは、魔法を使えない者。
このタイプの人間は剣術や騎乗などを鍛えて騎士として生きるか、武術を覚えて武術家として生きる人が多いようだ。この国では2割程度しかいないが、貴族に多いので差別などはされていない。
次に魔法師と呼ばれる者。
この国のほとんどがこのタイプに分類される。昔は魔法士、魔法師、魔導師と技術や鍛錬度によって呼ばれ方が変わっていったようだが、今ではそれも廃れてしまい一部の人や職業を除いては、魔法師で統一されているようだ。プライドの高い人間が多く、魔導教会と言う組織を牛耳っている。
次に特異術師と呼ばれる者。
特異魔法と呼ばれる、稀有な魔法を扱うことのできる者を特異術師と呼ぶようだ。この国でも人数は多くなく、憧れる者もいるが反面、恨みを抱く者も多い。とくに魔法師とは対立していて、過去に何度か魔法大戦という戦争を起こしている。特異魔法だから強力というわけでもなく、セルテの鑑定のように非戦闘型の魔法も存在する。
最後が契約者と呼ばれる者。
文献にも詳しくは記載されていないようで、分かっていることは術式も魔力も必要としない超越者ということしか分かっていないようだ。
また、この国では以上の事を魔法と統一して読んでいる。
『魔術、呪術、妖術、錬金術、神術、風水術、降霊術、文字魔術』
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「……それで……終わりか? 終わりですよね?!」
頭がパンクしてゲッソリとした表情のイオリは、対照的にご満悦顔のセルテに懇願するように聞いた。
「まあ、こんなもんね。人に知識をひけらかすのは気分がいいわね。ステラは、いつも聞いてくれないし、久々にストレス発散できたよ」
「……そうですか。僕はストレス発散に利用されて、光栄に思いますよ」
「でも、少しはこの世界のこと知れたからよかったでしょ?」
イオリは腕を組んでうなずいた。
「まあ、それは確かにありがたい。でも……」
「でも?」
セルテは首をかしげる。
「肝心の……腕の効果を教えてもらってないよ! それに俺は魔力なんてあるのか? 普通の高校生だったんだよ?」
「こうこうせい? 何それ?」
「それはあとで教えるよ。それより、俺の質問に答えてくれよ」
「あー、ごめんごめん。簡単に言えば、君は腕の力で『滅消』という特異魔法を使うことが出来る。効果は実際にやってみた方が、君でも理解できると思うから外にいきましょ」
「何か馬鹿にされた気がするけど……。でも頭もリフレッシュできるし、ちょうどいいや」
イオリとセルテは、爆睡中のステラを起こさないように外に出て庭に向かう。庭に出ると日差しがまぶしく、ジリジリとした陽の光が2人の肌を突き刺す。セルテは木々の中から細い枝を選び、それを折って手にするとイオリに指示する。
「この枝にに左腕の手のひらを向けてみてくれないか」
「こ、こうか?」
イオリは指示された通りに手のひらを向ける。
「そう、それでいいよ。そしたら手のひらの中心に力を集めるように、意識を集中してみてくれ」
「はい!」
イオリは手のひらに、力を込めるように意識を集中する。次第に手のひらがじんわりと温かく感じるが、それ以外はとくに何も変化はない。何も起きないので少し疑っていると――手のひらから、黒い光の束がレーザー銃のように放射された。
それは、セルテが手にする木の枝に、まっすぐ伸びて命中する。枝先だけに触れたはずなのに、枝全てが黒い塵になり風に流されて消え去った。
(な、なななんだこれは?!)
目を泳がせているイオリは、口の中が乾きなかなか言葉が出ない。枝先に触れただけなのに全てが消えてしまったところを見ると、触れたものを全て消し去る魔法なのか? と混乱する頭で考えた。
「今のがその腕の力だよ。驚いたかい?」
「……ま、ままあ、こんなもんだろう?」
イオリは強がるが、手足がすこし震えていた。つい数時間前までは家でネットをしていた者が、とてつもない魔法を手にしたんだから無理もない。
「って、俺にも魔力あったのか?」
「いや、ないよ。だから君の場合は体力を消費しているんだよ」
「えっ?! じゃあ、魔法を使いすぎたら体力切れで死ぬかもしれないってこと?」
「そういうことになるかな? でもそれは当たれば一撃必殺のようなものだから、使いすぎるということはないと思うけどね 」
それを聞いてホッとするイオリを、腕を組みながらセルテは注意するように続けた。
「ただ、それは先に触れた物を優先してしまうんだ。例えば、君が私を殺そうとして私の腹めがけて『滅消』を放った場合、セータに邪魔されて私は消えないって感じ。分かる?」
「要するに殺すには、肌の露出してる場所を狙うか、連続で同じところを打ち続ければいいんだろ?」
「正解だよ。思ったより馬鹿じゃなくて良かったよ。ただ、その『滅消』でも消せない物があるんだよ」
それを聞いたイオリの眉毛がピクンと反応する。まさか、ここまでやって生き物は殺せませんとかになったら洒落にならない。武器を探さなきゃいけなくなる。セルテは焦らすように少し間をおいて続けた。
「それは人間だ。人は消す事が出来ないんだ。もしかしたら、ステラが鍵をかけたのかもしれないし、片腕だけだからもしれない。答えは分からんよ」
イオリはそれを聞いて安心した。
「なんだ……生き物って言われるかと思ってヒヤヒヤしたわ」
「でも、人を消すことが出来れば、君は世界を支配出来るんだよ?」
「そんな事より、守りたい物を守れれば十分だよ。出世欲とかそういうの無いし」
「……そうだね、君のこれまでの生き方を知っているから、そう言うと思ったよ」
「はっ?! それって……」
「そう、睨むなよ。そんな力を与えるんだから色々知らないといけないだろ? 鑑定でさ。」
気づかないうちにセルテを睨んでいたイオリは、脇にじんわりと嫌な汗をかいた。それは、知られたくない過去を知られたと思ったからだ。友人を救う為に、周りの人に迷惑をかけたのに、結果的には何も救うことが出来なかったあの過去を。
イオリはセルテの鑑定を少し簡単に考えていた。今までの経験が数字として現われるのではなく、写真や動画のように詳細が見れるとは想像できなった。
「でも、私はそんな生き方好きだし、もっと胸を張っていいと思うけどね」
予想外の言葉にイオリは戸惑った。あの事件を知って責める者はいても、褒める者はこれまで居なかったから。
「結果はどうであれ、君は自分の正義を貫き通した。私も同じことをしていたと思うよ。それに君はその罪を投げ出さずに背負って生きていたじゃあ……って、どうしたの? どこか痛いの?」
セルテは戸惑った。イオリの頬を涙が流れていたから。
「えっ?! ってあれ、どうしたんだろう。目にゴミが……てかさっきの木の枝の塵が入ったわ。塵入って痛い……」
イオリは急いで顔を手で拭った。認められたことが嬉しかったのだろうか? それとも、理解者が出来てうれしかったのかは分からない。それでも、嬉しいと言う気持ちは分かった。
「じゃあ、落ち着いたら部屋に戻ろうか」
「……ああ、そうだな。」
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イオリとセルテが部屋の中に戻ると、ステラは起きていて分厚い本を読みながら待っていたようだ。だが、その本は上下逆さまで、イオリたちが帰ってきたので、急いでその本を手に取って読んでるふりをしていた事がバレバレだった。
「おかえりー。何してたの?」
「ん? ちょっとね。内緒だよね、イオリ君」
「……ああ、内緒にしておこう」
「えっ? それって、え、エッチぃことしてたんですか?」
「「なんでそうなるんだよ!!」」
イオリとセルテは、ステラの小さな頭にチョップを入れた。
「痛ーい!! なにするんですか? セルテはまだしも、イオリがチョップするのは酷いと思うの!」
ステラはプイッと顔を横に向けて腕を組んだ。怒っているようだが、小動物にしか見えなかった。
「悪かったよ。じつは、魔法を試して来たんだよ。これは使えそうだよ」
「ほんとですかッ?! じゃあこれで……」
ステラは先ほどまでの表情から一転して、おもちゃをもらった子供のように明るく無邪気な笑顔になった。よく見てみると、大きな瞳に涙をためていて、今にもこぼれてしまいそうだ。その顔を見てイオリは決めた。
「ああ、俺もステラたちに協力して戦うよ」
「ほんと?!」
ステラはピョンと飛んで、イオリに抱きついた。首が腕できつく締められて、イオリの顔色がみるみると青く染まる。
「ぐ、ぐくるしい! は、離れて、離れて下さいーー!!」
「あっ! ごめんね。つい嬉しくて……」
ステラが飛び降りて離れると『ゴホッゴホッ』と咳をして、イオリは呼吸を整える。そして、この世界の女は力が強いと言う変な勘違いをしてしまう。
「本当だよ、この力をゴブリンを倒すために使うよ。ただ……その代わりと言ったらあれだけど、お願いがあるんだけど?」
「ん? なに? なんでもするよ?」
「お腹……空いたんで、夕食いいっすか?」
「それくらいならいいよー! むしろ得意分野って感じだから」
ステラはエッヘンといった感じで、手を腰にやって胸突き出した。それを聞いていたセルテは、深刻そうな表情をして、何か意味深な事をイオリに告げる。
「ってステラの料理は……まあ、あれを経験するのも……ありか。料理と言えるのか分からないけど……」
「ちょっと! それってどういう意味ですかー? セルテはなんでいつもステラのお料理を馬鹿にするの!!」
頭を抱えるセルテの肩を、ステラは容赦なくポカポカと叩くが、全く痛くなさそうだ。
「えっ?! もしかしてステラって料理できないのか?」
「そ、そそんなことないし! 見てなよーーー!」
顔を真っ赤にしたステラは、どこかに消えていった。
「怒らせたかな……?」
「どうだろうね……意外と短気だからあの子」
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