1話・赤毛の女
イオリはステラに引っ張られて目的地まで向かうが、確かに村の中には人の気配はなく、主を失った家と見張り台のような建物が、寂しく佇んでいる。ゴーストタウンならぬゴーストヴィレッジといった感じで、イオリは少し悲しい気持ちになった。そんなことを考えてると、あっという間に目的地の家に到着する。
高い石垣に囲まれていて、レンガ造りの頑丈そうなその家は、他の家とは比較にならないほど豪勢な雰囲気に感じた。門をくぐると中には、綺麗に整えられた庭が広がり、陽の光に照らされた色鮮やかな花が所々に植えられている。
年季を感じさせる重厚な扉を前にしたイオリはノックをしようとすると、ステラがノックをせずに中にスタスタと入ってゆく。イオリは声がかかるまで、外で待つことにした。しかし、すぐに呼ばれる。
「イオリーーー! 入ってきてよーーー!」
「ああ、分かった。 じゃあ失礼しますよっ!」
そう言って入るとそこは、綺麗な庭からは想像できないほど汚い部屋で、洋服や下着などがあちこちに脱ぎ散らかしており、足の踏み場も無いゴミ屋敷だった。ステラは気にせずに、脱ぎ散らかした洋服の上に座っている。イオリは、ゴミを少し足でどけてそこに立っていることにした。
しばらくすると、奥の部屋から寝起き眼の女性が『大きな物』を揺らしながらやってきた。その女性は腰まである赤毛で、部屋の汚さとは対照的に艶のある綺麗な髪に大きな丸い眼鏡をかけている。胸元がざっくりと開いた半袖のセーターと、下着と変わらないようなホットパンツという服装で、イオリは目のやり場に困った。
「なんだ、ステラ。男なんか連れてきて。結婚でもするのか?」
「ち、違いますよ! 例の召喚の方ですよ」
赤毛の女性が、からかうように言うとステラは、少し困ったように笑いながら否定した。
「ああ、成功したのか。どうぞ、座って。昨日片づけたからそこまで汚くはないと思うけど」
「……はい」
赤毛の女性に座るようにうながされたイオリは、おそるおそるゴミの上に座る。そう言えば、この女も召還の事を知っていたようだが、どういう関係なんだろう。師匠という事は、この女が召還の手配をしたのだろうか? イオリはあとで聞いてみることにした。
「はい、おかげで成功しました」
「ほう、それは良かったね。これで私も楽になる」
「例のお願いしてもいいですか?」
例のって何だとイオリは思っていると、赤毛の女性が眼鏡を外してこちらに顔を近づけた。窓から差す陽の光に反射して、まぶしく感じるほど白く綺麗な肌に、ブルネットの瞳、鼻筋がしっかりとしたその顔は美人の分類だろう。何よりチラっと見える底なしの谷間が……それ以上考えるのをやめた。
「どうですか?」
「そうだねー、男性でネコマ・イオリ17歳。属性は人間になってるわ」
「へぇー、イオリってステラの2つ上だったなんて思わなかったよ。年下かと思ってた」
「俺もお前が2歳しか違わないことに驚いたよ。もっと下かと思ってたからな。小さいし」
イオリは、いつのまにか自分のことを呼び捨てで呼ぶステラの頭に手をおいた。イオリは175センチで、ステラはそのイオリの肩にも満たない身長なので140センチ台といったところだろうか。
「ち、ち小さくないし! ほ、ほかに栄養が言ってるだけだし」
「頭にはいってないみたいだけどな……」
「う、うるさい!うるさい!」
ゆでられたタコのように顔を真っ赤に染めて、ステラはイオリの肩をポカポカと叩く。イオリは聞こえないようにボソッと言ったつもりだったが、その声はばっちりとステラの耳を通って脳まで届いてしまったようだ。
「イチャイチャしているとこ悪いん……」
「「してません!!」」
イオリとステラの息が初めてぴったりと重なり合った。
「そ、そうか……とりあえず自己紹介していい? 私はセルテで18歳。私のほうが早生まれなだけで同い年だね。よろしく」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。セルテ」
「それより、この腕を見てくださいよ」
ステラはイオリの左腕を引っ張り、セルテに見せる。
「……」
セルテは無言でイオリの腕を凝視すると、紙と筆を取り出して何かをメモしている。イオリの方からでは、何を書いているのか見えないが、仮に見えても理解できないだろう――恐ろしく汚い殴り書きだから。しばらくすると筆の動きが止まったので調べ終わったのかとイオリとステラは思ったが、今度は模写を始めだした。セルテの真剣な表情を見てイオリが質問できずにいると、のんきにステラは大きく口を開けてあくびをして、寝転がりだした。
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模写を始めてから1時間くらい経って、ようやくセルテは紙と筆を机の上に置いた。セルテが腕を上に伸ばしてあくびをすると、イオリもつられてあくびをしてしまう。横ではごみの上をという事を、気にせずにステラがぐっすりと寝ている。
「あのー、何をしてたの?」
「ん? 『鑑定』という魔法を、使っていろいろ調べてたんだよ」
「鑑定?」
「そう、鑑定。ってステラが勝手に名前をつけたんだけどね。私は生まれつき見た物の詳細が分かるんだよ。1つの物につき、一度だけね」
鑑定――見た【物】の詳細が頭の中にイメージされる魔法。
【物】というのはセルテの目に映って認識したものに限られ、同時に複数のものを鑑定することは出来ず、そのつど上書きされる仕組みになっている。そのためセルテは、1つ1つメモを取って保存しているのだ。
「へえー、なんかすごい便利だな。それにいろんな事に使えそう! 好きな人とか分かったりもするのか?」
「残念ながら、心の中までは分からないよ。ただ、その人が経験したことならおおよそ見れる。君のなかには女性と付き合った、経験がないようだけど?」
「……っく。ハイハイ、僕はモテませんよ。童貞ですよ。ってそれよりこの腕のことを教えてくれよ」
「ハハハ、私はそっちの方が興味あるんだけどね」
殴り書きされたメモ用紙を手に取ってセルテは説明を始めた。
「君はその腕の力で特異術士と呼ばれる存在になったんだ」
いきなり難しい言葉が出てたぞと、イオリは鼻をかく。
「えーっと、特異術師……ってなんですか?」
「じゃあ、簡単に説明するね……」
そこからは簡単ではない説明がしばらく続いた。