録
学校での昼休み中、マグナスキルオンラインの情報サイトや掲示板を巡回することが広人の日課になっていた。オープンしてから4ヶ月以上は経とうとしているのに、未だマグナスキルドロップが確認されたとの情報はなかった。そのため巨大掲示板では、未実装あるいは顧客を獲得するために運営が仕組んだ大きな釣りだったのではないのか、などという様々な憶測が飛び交った。
現時点でのカンストレベルは50であり、広人も数日で達しようとしていた。
情報サイトでは、ワールドに存在する様々なNMD攻略の試行錯誤が日々追加され、ドロップ発生条件の解明に多くのプレイヤーが挑み続けていた。もちろん広人もその中の一人であり、日々攻略方法の思案に明け暮れていた。
その日ワールドに接続した広人は、ユナから特急メールを受け取った。ログインが少し遅れるため、先に指定の場所で待つようにとの指示が付け加えられていた。
マグナスキルオンラインは、マグナグランティアと呼ばれる大陸を六つに分け、中央に首都であるアデルが置かれ、それを取り巻くように10レベルごとに五つのエリアに区切られている。ユナが指定した場所は、レベル31から40までが適正とされるルーデンと呼ばれる地域にあった。マップを見ると、ルーデンのほぼ中央にある湖沼地帯が目的の場所である。転移石碑と呼ばれるワープ装置に話しかけ、湖沼地帯の近くにある村に広人は移動した。
熱帯の密林地帯をイメージしたそのエリアは、樹木や動植物が鮮やかに彩られており、環境光も強い日差しが設定されていた。広人は体感設定を弱めにしてたが、それでもエリア独特の蒸し暑さが感じられる。指定の場所に到着すると手頃な木陰を見つけ、広人は腰を下ろした。目の前には沼があり、水辺では蟹や亀、トカゲといった水棲系の低級モンスターがせわしなく動き回っていた。
プレイヤーの声らしき音が聞こえたので、広人は音のする方向を振り向いた。
二人のプレイヤーが、フィールドNMDを相手に奮闘する姿が目に飛び込んできた。強烈な打撃と恐ろしく硬い防御力を備え持つ亀型のそれは、適正レベルのフルPTでようやく倒すことが出来る相手であり、ペアで討伐するなど聞いたことがなかった。しかもプレイヤーはそれぞれ物理攻撃と魔法攻撃を仕掛けており、どちらかが回復を担当しているようには見えなかった。
思わず二人の元に走りより、広人は加勢を申し出た。
「やばくなったら声かけますよ~、それまでは手出し無用でお願いします」
日本刀と小太刀の二刀流剣士は広人にそう告げた。
言われるまま広人は、事のなりゆきを見守ることにした。
魔法使いは鈍足魔法で亀の移動速度を下げると、火炎系の連続技を休むことなく繰り出す。やがて鈍足効果が切れる寸前で、背後から剣士が連続技を叩き込み、亀が自分に向かってくると瞬時に後退し、足止めスキルを使った後は、武器を手裏剣に持ち替え間合いを取りながら遠距離攻撃を仕掛けている。亀と剣士の距離が危うくなると、背後から魔法攻撃が始まり再び亀は向きを変える。まるでキャッチボールをやっている様にも見えた。
広人は戦闘態勢を解除して、確実に減り続ける亀のHPゲージと二人の様子を関心しながら見ていた。
「あの二人は私のお友達です」
いつの間にかユナが傍らにいて、同じように二人の様子を見守っていた。
「飽きた…」
魔法使いはその場にペタンと座りこんだ。
「ってことなので、よろしく!」
そう言うと二刀流剣士は、広人とユナの方に向かって駆け寄ってくる。亀のHPゲージは残り4割を切っていたので、経験値やドロップ獲得の権利は二人組のものであることは確定していた。広人はユナからのPT勧誘を承諾すると、遠慮なく高火力のスキルを亀に叩き込み始めた。