悟
「あそこの運営はリアルマネー回収に走り始めたから、そう先は長くないだろうね」
クエスト消化しなければ取得できないスキルのため、広人はクエストMOB狩りの野良PTに入っていた。
ソロで消化出来なくもないのだが、同じようにクエスト消化するプレイヤーの数の多さを考えると、PTで進めたほうが効率の面では有利だからだ。
「アイテム課金はやるだけ虚しいよね」
「経営維持のためってのはわかるけど、お金で解決させようというところがね。ゲームバランスとか、プレイヤーの努力とか度外視されちゃうしね」
物理火力の剣士と攻撃魔法使いのプレイヤー二人が止めどない会話を続ける中、広人は黙々とクエストMOBを連れてきては処理を任せていた。二人は延々他のVRMMOやVRFPSのことを話し続ける。内容のほとんどが愚痴や批判めいたものであっただけに、始めはクエスト完了まで頑張ろうかと思っていたのだが、さすがに聞き続けるには限界がある。「PT抜け自由」ということだったので頃合をみて抜けるつもりだった。そんな時である、回復役として同じPTに参加していたユナからウィスパーが届いた。
『この人達いつもこうなんだよね』
『そうなんですか…』
ウィスパーはプレイヤー同士の直通会話のため、他のPTメンバーに聞かれることはない。
『うん、わりと有名になってたりするよ』
『確かに、普通の人だとさすがに…』
広人とユナは、PTの二人に気づかれないよう会話を続けた。
『このあとキミはどうするの?』
『適当に他のクエ終わらせようかなと』
『もしよかったら、この後IDに行ってみない?時間があればだけど』
それまで広人はソロで消化出来るID以外行ったことがなかった。納得が出来る装備やスキルが揃っていないと言う不安材料があったからだ。
『正直、足でまといになりますよ、オレ』
『始めはみんなそうだよ。でもキミなら大丈夫だと思うし』
PTIDというものに対して、確かに興味はあった。装備やスキルの宝庫でもあり、マグナスキルオンラインのIDクオリティの高さは有名だったからだ。しばらく迷った後、広人はユナの好意に甘えることにした。
それから15分ほどで広人とユナはPTを抜けた。
白色の修道服に金髪ロングのブルーアイであるユナは、近くの街エリアで買い物をするというので、広人はついていくことにした。
クエストMOBのいた森を出て、石畳の道筋を南に進むと城壁に囲まれた商業都市ヘルツにたどり着く。
中世ヨーロッパの町並みをイメージしたもので、城壁内には白亜の建物が立ち並んでいる。通りには露店を開くプレイヤーやNPC、メンバー待ちのPTが所々にいて、街らしい賑わいを見せていた。
ユナは表通りから少し外れた小道に入ると、一軒の防具屋の前で立ち止まった。
「こんにちは」
来客を知らせるドアの鈴が軽やかに鳴り、奥から店主らしき人物の声がした。
「よぉ、ユナちゃん。いい素材でも手に入れたのかい?」
「今日はお買い物です」
店の外にいた広人に、ユナは中へ入るよう手招きした。
店内はそれほど広くなかったが、所狭しと防具の類が置かれていた。情報サイトで目にしたことのある名前の盾や鎧には、思わず目を見開いてしまうほどの高額な値札がつけられていた。蓄えたゲーム内通貨を装備よりスキルに注ぎ込んでいた広人には、おいそれと手が出せる代物ではない。
「おや珍しい、男連れって…もしや彼氏?」
オレンジ色の頭巾をかぶり、白い顎髭を蓄えた小人族の外見をした店主は、ちらりと広人を見た。
「はい、さっき捕まえました」
「えっ!?」
店主と広人は思わず声を合わせた。
「冗談くらい言いますよ、たまに私も」
店主は大声を上げて笑ったが、しばらくの間訝しげな視線を広人に向けていた。
「お願いがあるんですけど、彼の装備ちょっと見てもらえますか」
その言葉に一瞬広人は気後れしたのだが、隠し通せることではなかったので、店主に装備詳細を提示することにした。
店主は装備詳細を覗き込んだ後、驚きの声を上げた。
「その装備でこのエリアって、君は何者?」
「ですよね~」
頭を掻く仕草をしながら広人は苦笑いをした。
マグナスキルオンラインを始めてほぼ四ヶ月、広人のレベルは40台後半になっていた。主な狩場となるID以外のフィールドにもエリート級のMOBがちらほら現れ始め、ソロ狩りでも気を抜くと手痛いデスペナルティを被ってしまう。だが広人の武器以外の装備は、すべてレア装備ながらもエリア適正をレベル的に10は下回っていた。外見変更していたため、これまで野良のPTで気づかれることがなかったのは、巧みにスキルを使うことで違和感がないようにしていたからだ。
「という訳で、彼にそれなり装備をコーディネートしてほしいんですよ。お代は私が払います」
「えっ?」
広人は思わず声を上げた。わずか30分ほど前に出会った人物に、装備を揃えてあげるなど常識では当然考えられない。それに例え広人が初心者ではないにしろ、過剰な援助行為を受けることは決して褒められることではない。
「剣士タイプのスキルに合わせての防具選びって、私わからないんですよ」
断りを申し出ようと広人が店主に話しかけようとすると、ユナは手で広人を制しこう言った。
「あくまで条件付きの取引と思ってください。私にも充分メリットはありますから」
店主は広人を呼び寄せると、所持しているスキルを教えてくれるように言った。スキル構成に合わせて防具を選ぶということなど、広人は考えたことがなかったので、言われるまま所持しているスキル情報の全てを伝えた。店主は広人の話に聞き耳を立て、時折驚きの声を上げては広人の背中を叩いた。スキルの中にはエリートMOBドロップのものが数種類あり、そのほとんどを広人は自力で入手していたからだ。そして店の奥へ行ったかと思うと、店頭に置いてあるものよりも明らかに高価な防具の数々を手に戻ってきた。
防具のグレードはノーマルに始まりレア・レジェンドと続くのだが、店主が手にするそれらはユニークと呼ばれるもので、IDのNMDからドロップする希少価値の高いものだった。
「ワシは戦いのセンスないから店始めたのさ」
そう言って大声を上げて笑うと、広人に試着するよう促した。
細部までの作り込みが行き渡っており、着ているだけで自分が強くなったような錯覚を広人は覚えた。
「ユナちゃんもそうだけど、自慢できるフレを持つことがワシの夢なのだ!」
姿見の前で入念に防具をチェックする広人の傍らにユナは立ち、自分のことのように満足気な笑みを浮かべていた。店主は格安の代金を提示し、その代わりとして広人にフレンド登録を申し込んできた。
「素材を持ってきてくれたら、カスタムメイドの防具を作ってやるぞ」
深々と二人は店主に頭を下げ、店を後にした。
数歩進んだところで広人は、おもむろに元の装備に着替え直した。
「どうしたの?」
驚いた様子でユナが問いかける。
「いやぁ、何だか勿体なくて…」
両手で腹部を抱えるようにしてユナは笑い声を上げた。
「貧乏侍みたい、あははは」
「あ、あのさ」
「どうしたの?」
両目にうっすら涙の粒を浮かべたユナは、急に改まった様子になった広人を不思議そうに見つめた。
「さっきあったばかりなのに、高価な防具をもらっちゃって、なんというかその…」
素直に礼を言うだけでは気持ちの収まらない広人は、最大級の感謝を伝える言葉を探し倦ねている様子だった。
「別に気にする事無いよ、装備なんてIDに通っていれば自然に集まっちゃうものだし、まあこれは明らかにマナー違反だけど、私にとって好都合なんだよね。それでも気持ちが収まらないというなら、これは貸しということにしとこう」
「でも、なんで俺なんかに?」
ユナは両腕を組み、軽く考え込むようにしてから言葉を続けた。
「う~んとね、狩りしてる君の背中を見ていたら、何だかいいな~って気持ちになっちゃって…。急になにかをして上げたくなった、ただそれだけ」
「それだけって」
「始めはキミのHPゲージの減り方に驚いたよ、でもすごく安定していたから…その事が気になって、途中何回か回復魔法忘れてたんだけど、キミは死ななかった」
「マジですか」
ユナは真顔で頷いたあと、呆気に取られる広人の顔を見て再び笑い声を上げた。
「ついでだから武器も揃えちゃおう。うん、そうしよう」
そう言うとユナは急に走り出した。時折誘うように振り返る彼女の後を広人は追いかけた。
広人のワールド接続時間が一日2時間を越えたのは、その日が最初だった。