参
蒸気に身を包んだNMDモンスターが雄叫びを上げながら、その姿を現した。
外見は体高6メートルほどあり、上半身には2メートルは越すであろうと思われる鎌の両腕を持った蟷螂の姿、下半身がクワガタ虫の様な格好をしていた。腹部から突き出た両角で獲物を捕獲し、鎌で致命傷を与える攻撃パターンなのだろう。
「角に捕まらない限り、両鎌の攻撃は怖くありませんよ」
一瞬槍に武器を持ち替えようとした広人にユナは声をかけた。
「サンキュ!」
広人はFAとして空刃斬を放った。真空の刃が地面を切り裂きながら直進し敵にヒットした。突進しながら盾防御上昇の自己バフを唱え、敵が突き出した角を盾で弾き飛ばし、すかさず敵対値上昇スキルである咆哮を使い、突きから三連斬・クリティカル発生により連動スキルである剣重擊を叩き込む。この一連の動きを3ターンほど繰り返した。
「リナ!カナ!」
ユナの合図に呼応して、リナは敵の背後に周りカナは魔法詠唱を始めた。
リナは得意の連続技から入ることなく初手に毒攻撃を使い、一定時間敵の命中率を下げる効果のある煙幕弾を使った。カナはユナの後方から、敵の防御力を下げ攻撃速度を遅くする効果のある魔法を使用する。
通常であればこのNMDはHPが75%になるまで、ランダムターゲット攻撃を繰り返してくるのだが、HPゲージの減少速度が早すぎるため、広人以外には一瞬向きを変えるだけで、攻撃することなくすぐに広人に照準を合わせなおす。HPが二割程度減ったところで、リナはクールタイムの短い単体スキルを順に繰り出し始める。それに合わせてカナはデバフの効果時間を気にしながら継続ダメージ系のスキルを使用する。
「最近さ細剣なんかもいいな~って思っちゃってる」
「細剣系のスキル持ってたっけ?」
「う~ん攻撃速度が違うんだよね、それに細身の刀身ってカッコイイし…武器防御力低いけどね~」
単調な攻撃に飽きたのかリナが話しだした。
「わたし魔法杖がほしい」
「じゃあこの後、ちょっと寄り道して武器狙います?」
「賛成!」
HP75%、ユナが叫ぶ。
「5メートル範囲2連続来ます!リナ後退!」
「あいよ!」
瞬時後退を使い、リナは10メートルほど後方へ下がった。
NMDの腹部中央から大きな口が現れ、毒液を吐き出した。広人は地面に水たまりのようになった毒液を回避する。
「執事さんそのまま踏ん張って!」
「了解!」
巨体が一瞬動きを止めたから思うと、勢いを付け飛び上がった。3メートルほど宙に舞い上がり、そのまま落下した。地震にも似た轟音が辺りに響き渡る。その間広人は盾反射を使い、敵の照準が逸れることのないよう引きつけた。
2連続範囲攻撃の隙間を縫うように、広人・リナ・カナは連続系のスキルを使い始める。
HP50%の2ドットほど手前で、広人はマグナスキルである獣化咆哮を使った。2分間大幅な敵対値上昇と全ステータス上昇効果のあるスキルである。やがてNMDは大きな雄叫びを上げるとその動きを止めた。上半身を前屈みにしたかと思うと背中から羽が現れた。
「あれ?」
巨体を震わせたかと思うと、羽のついた上半身がズルリと抜けるように下半身と分離した。
「分身…じゃない…ね」
「ユ~ナ~」
リナはジト目でユナを見た。
「あははははははははははは」
誤魔化すようにユナは高笑いをし、マグナスキルを唱えた。
「慈愛抱擁!」
PTメンバーの足元に黄金色に輝く魔法陣が現れ、全身を光の幕で包み込む。二分間すべての防御ステータスが10倍となる効果を持ち、2秒間ごとに最大HPの5%が回復されるスキルである。ユナに続いてリナもマグナスキルを使った。
「天翔乱舞!」
攻撃数値が500%となり標的に対して16連撃をランダム瞬間移動をしながら浴びせかける凶悪スキルである。時間制限のあるバフスキルと異なり、わずか18秒間のクールタイムだけという単体攻撃である。
NMDのHPが凄まじい勢いで減少し、瞬く間に25%になった。
分離した敵の上半身は攻撃スキルを放つことなく本体へと戻った。
「妖精審判!」
カナの足元から弓を手にした無数の妖精が現れ、標的に向かって一斉に雷撃矢を放った。さらに巨大なドラゴンの頭部が地面から伸びてくる。
「煉獄業火!」
黄金龍の大口から炎の塊が吐き出され、敵にヒットすると落雷のような轟音と共に四散した。
断末魔の雄叫びを上げ、NMDは全身を痙攣させた後に崩れるように倒れ込んだ。
ワールド全体に壮麗な鐘の音が響き渡り、続いてアナウンスが流れる。
「マグナスキル3種、業火連撃、神将演舞、隷属交感が発見されました。…繰り返します…」
チャットログには、数多のプレイヤーの発言がいつ終わるのかと思えるほど続き、流れた。