壱
発行性物質を蓄えた赤色光苔のおかげで、照明アイテムを使わなくても洞窟内部は遠くまで見通すことが出来た。鉱物の産出場所として発掘が進められていたが、昆虫系のモンスターの巣窟を掘り当ててしまったことから、内部は昆虫…とは言っても両手に鈎爪を持った甲虫の幼虫さながらの外見を持ったモンスターで溢れ返り、立ち入り禁止の区域となったというのが今回のIDのコンセプトだった。
広人達が中に入ると、狭い洞窟は早くもMOBの死骸が所狭しと転がっていた。死骸からは青白い炎が湧き上がり、ドロップ品未回収状態であることを示していた。広人=黒猫執事とユナは急ぎリナの元へと向かい、ドロップの回収はカナが担当することになっていた。
広人のキャラネームは、三人の希望により強制的に変更されたもので、元々は有名なアニメの主人公をもじったものであった。これにより広人は野良でPTに参加しようにも、地雷臭漂うキャラネームのためにどうにも気が引けてしまい、ここ半年の間彼女達以外のプレイヤーとPTを組むことはなかった。それが彼女達の意図であることは明確な事実だったが、特に不都合や不便を感じることもなかったので、多少の抵抗はあったものの、いつも間にか受け入れてしまっていた。毎日のプレイ時間のことを考えれば、固定PTを組めるということは最大の利点でもあったからだ。
黒の礼服に同色のロングコートを纏い黒髪に猫耳。外見変更によるもので実際の装備はそれなりのものである。このスタイルをコーディネートし用意したのは勿論彼女達で、外見変更に皆無といっていいほど興味のない広人にとっては、それら変更アイテムの価値など到底想像がつかなかった。
近接物理攻撃職スタイルのリナは、曲刀の二刀流使いでステータスでは素早さを上げていた。甲虫型モンスターは防御力が高いうえにエリート三等級クラスであったが、竜巻の用にスキルの連打を浴びせるリナの前では、ひたすら打たれるだけのカカシ同然であった。リナは後から来るPTメンバーのことを案じて、巡回MOBを仕留めてから進行ルート上にいる最低限のMOBだけを始末していく、ソロでも充分クリアしてしまうのではないかと言う勢いだった。
アイボリー色のタイ付きAラインブラウスにキュロットというリナの服装は、バトルとは全くかけ離れたものであったが、突如として現れた怪物と戦う女子という設定のSF映画視点で見ればありえない話ではない。
広人とユナが視野に入ったと見るや、ユナは愛刀をしまいその場に腰を下ろした。
「あとは任せた!」
右腕を高く上げると人差し指で二人に先へ進むよう促した。
広人とユナは顔を見合わせ苦笑いをした後に、武器を構え先を目指した。
マグナスキルオンラインには職という概念がない。そのため職ごとにキャラクターを作る必要はなく、様々なスキルをひとつのキャラクターで習得することが出来る。あえて言えばスキル能力に応じて装備を整えさえすれば、瞬時に職替え出来るという所が大きな売りであった。もっともほとんどのプレイヤーは自分に合ったスキル構成を組み、最大限生かすことが出来る装備を揃えるため、自ずと職特化がなされていく。剣士特化しているリナがエリートMOBをソロで相手出来るのも、攻撃スキルの他に自己回復スキルを所持しているからだ。
さらに広人を含めたこの四人はマグナスキル(偉大なる奥義)と呼ばれるユニークスキルの習得者でもある。ある条件下で特定のMOBを討伐した際に、非常に低い確率で手に入れることが出来るという唯一無二のスキルである。
「ボスモンスターはHPが残り50%を切ると分身を召喚します。通常であれば能力値の低い分身を倒してから本体という手順ですが、分身放置で本体のHPを30%まで削ると、分身は融合という形で本体に戻ります。融合した本体を討伐すれば、スキルドロップの発生条件クリアとなります」
ミント色のブラウジングワンピースに、デニム地のホットパンツという出たちのユナは、回復スキルを唱えつつ討伐情報を広人に伝えた。
「俺は50%手前から敵対値を上げていけばいいわけね」
「です。それと30%から本体は攻撃力と攻撃速度が上昇するので、防御強化スキルは後半まで温存して下さい」
「了解!」
移動しながら広人はスキルを整理し装備の確認をする。雑魚相手であれば槍で事足りるのだが、火力という点ではリナの二刀に押し負けてしまう。そのため対ボス戦では盾を構え敵の意識を集中させる役割となる。
「ちなみにどんなスキルがドロップされるのかな?」
「硬い敵ですから、おそらくは防御系かと思いますけど…」
これから相手となるボスモンスターからは、まだマグナスキルドロップ確認という情報が入っていなかった。そのため数多くのプレイヤー達は、このIDに足繁く通いつめていた。
マグナスキルをドロップした場合、ワールド全体にアナウンスが流れる。勿論誰がその幸運に恵まれたまでは公表されることはないのだが、プレイヤー達は期待を胸にIDの奥へ奥へと進んで行く。