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刺客と親父

 ……なんてことはマイには言えないか。

 とりあえず和風の家を建てる時は刺客に気をつけなきゃいけないってことにしておけばいいかな。いろいろツッコまれるだろうけど。そういえば親父がいなかったな。書斎かな。兄貴が馬を買いに行ったことを言っとかなきゃいけないよなぁ。知ってんのかな。


 階段を下りていくと書斎のドアが開いていた。このドアが開いていると階段を塞ぐんだよ、2階に上らせないためってことでこれも刺客対策。本当に不便な家だ。

 子供の頃に同じようにドアが塞いでいて特に気にもせずにドアを押して廊下に降りたら、親父と鉢合わせしたんだ。その時、親父は何故だか熱々のヤカンを持っていて、もう少しで俺の頭にヤカンが乗っかるところだった。ドアを開けっ放しにしていたのは親父なのに、何故だかこっぴどく叱られた。親父の怒鳴り声が母さんにも聞こえたみたいで、最後はドアを開けっ放しにしていたのが悪いって親父が母さんに叱られていたな。


 ドアが勝手に開いたら親父がいた。

「おっ、帰ってたのか。悪いな、ちょっと開けっぱなしだった」

「いや、いいけどさ」

 これが、俺の親父。まだ溝田橋組の頃には豪快というかなんか存在がデカかったんだけど、今となってはジャージ姿がよく似合う優男って感じになった。年をとって体が細くなったせいか、それとも俺が成長したからかもな。

「ケイジ、明日頼むぞ。昼過ぎでいいから、飯はコンビニで買ってこいな」

「マイが来てくれるから昼は大丈夫だ」

「そうか。じゃあ、俺ももらおうかな」

「親父は町内会長と飯食いに行くんだろ? 昨日そう言ってただろ?」

「マイちゃんの料理は家庭的で美味いんだよなぁ。母さんのとは大違いだろ。たまには家庭的な料理が食べたい」


 親父は肩を落としながら居間に行った。確かに親父が言うとおり、母さんの料理は大したものじゃない。食えたものじゃないってわけじゃないんだけど何かが足りない。こういっちゃあなんだけど母さんは年の割には美人だと有名だった。何かを持っている人は何かが足りないっていう典型なんじゃないかな。

 そうなるとマイは完璧だな。いや、もしかしたらマイも何かが足りないのだろうか、今のところそんな様子もないけど、まだまだこれから分かることがあるのかな。


 そうだ、兄貴の話をしなければいけないんだった。

「あのさぁ、兄貴と会ったんだけど話聞いてる?」

 親父は襖も、縁側の窓も開けて扇風機を点けると横になった。

「話? 何の話?」

「馬を買いに行くって言って信さん連れてったけど」

「え?」

 親父は横になったまま何かを考えている様子だった。

「あとベンツ売るって」

「なに!? 嘘だろ?」

「そう言ってたけど。信さんが」


 さすがに寝っ転がっている場合じゃないらしく親父は起きた。

「じゃあ、本当か。……どうするんだよ、これから車なくて生活しろってか」

「よくは知らないけどさ、聞いてないの?」

「聞いていれば驚かないって。……まぁ、あいつが買ったベンツだから好きにして構わないけど、足代わりに使ってたしなぁ。新しいの買うしかないかなぁ」

 思ったよりも親父はすぐに冷静さを取り戻した感じだった。兄貴に連絡することもしないし、テレビを見始めた。

「車もそうだけど、馬を買うって言ってんのはいいの?」

「自分の金で買うんだろ、ならいいじゃねぇか。漫画買うのと一緒だろ」

 違うと思うけどな~、親父がいいなら俺がとやかくいうことじゃねぇのかなぁ。


「そうだ。あのさ、この家に刺客ってきたことあんの?」

「一度もない。親父が、お前のジイさんな、お前も知ってるようにジイさんが刺客用にって作った家だが一度もない。ちょっと不便だけどな、その道の人たちには一目置かれた家なんだぞ。みんな住みたいって言ってたし」

「へぇ~」

「あ~そうだな、一回、刺客役をやってみろよ。親父に文句言ったらそう言われた」

 なるほどね、一度体験してみるか。いや、もうめんどくさい家ってわかってるし、いいか。

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