放課後と兄貴
マイは俺たち兄弟のやり取りを見て笑顔だった。笑えるようなこと話していたわけじゃないが、マイからしてみれば兄弟のほのぼのした会話にみえるらしい。喧嘩をしている時もそう見えていたと聞いたことがある。
「お兄さん、お久しぶりです!」
「元気にしてた? あれぇ? なんか可愛くなった? いや、綺麗になった? 高校入学して一段と綺麗になったねぇ。すっかり大人の女に――」
「兄貴! そこまでだ、それ以上言うと……通報するぞ?」
「お前ぇ~、兄貴に向かってそんな言い方ないだろう? 兄よ? お前のお兄さんですよ? それにマイちゃんも喜んでいるじゃないか。真実を言って何が悪い」
……本当だ。もじもじしている。
「お兄さんたら~、もう~」
「やっぱり中学生と高校生は違うよね。義務教育が終わった時から人間は成人と思うよ。だからマイちゃんも大人なんだよ。ケイジはまだ子どもだけどな~」
「なんでだよ!」
兄貴め、6歳しか違わないのに!
「そういえば、最近見かけなかったけど、どこに行ってたんですか?」
「ちょっと野暮用でねぇ。なになにぃ~? マイちゃん、俺のこと心配してくれてたの?」
「もちろん! ケーちゃんのお兄さんだもん」
「……なんだ、そういうことか。残念だわ~、つーか、ケイジなんかと付き合ってて楽しいの?」
「ケイジなんかってやめてください、私の彼氏なんですから。ケーちゃんは優しいし、頼もしいし、一緒にて楽しいですよ」
やめて、恥ずかしい! 兄貴の手前、恥ずかしい! 兄貴の顔はマイが俺を褒めることによる驚いて……いや、疑う顔だ! 確かに家の中の俺と、マイを相手にしている時の俺の態度は違う。誰でも外の顔と内の顔ってのがあるだろう?
「いやいや、こいつはやめといたほうがいいって~。どう? 俺に乗り換えない? 俺のほうがカッコいいでしょ?」
兄貴はカッコイイとは言えない。どう考えても22歳にしちゃあ老け顔だし、強面だ。
「早く行ってこいよ。どっか行くんだろ」
「はいはい、まったく兄貴へのリスペクトはないのかねぇ。今日はね、馬を買いに行くの」
俺に言わずにマイに話すのかよ。
「あれ? お馬さんを買いに行く時は柄Tシャツって言ってませんでした? 勝負服って。それに今日は土日じゃないですよね?」
マイの言う通りだ、今日は金曜。兄貴はGⅠのレースでも金曜前売りには行かない。パドックで馬を見て決めるとうるさく言っていた。
「確かに柄Tは勝負服だけど、今日は違うんだな~」
「う~ん? よくわかりません」
「未成年には難しい話だったかな。競馬ってのはね、馬券を買うだけじゃないんだよ」
ん? まさか。
「兄貴! 馬を買うのか!」
「ケイジ~。大きな声を出すんじゃないよ、ご近所に迷惑だろ?」
「馬を買うってマジか!? どこにそんな金があんだよ?」
「金を作るために少し家を開けてたわけさ。大丈夫だって、俺のポケットマネーだから」
「え! もしかして本物のお馬さんを買いに行くんですか?」
「あ、あれ? マイちゃん、今わかったの?」
「はい。競走馬って買えるんですね~」
頭脳明晰のマイでもわかるわけがないな、競馬やらないしな。いや、やれないしな。
「買えることは買えるんだけどね、いくら俺でも馬自体は買えないのよ。だから馬主になる。これから契約だ」
「えぇ~! 馬主ですか! お兄さん、すごいですね」
「すごいだろう? でもね、共同馬主だからそんなに大げさに考えないでね」
これは裏があると思う。そんなもん買う必要ねぇのに。
あれ? うちのベンツだ。
「お待たせしました」
運転席から降りてきたこの人がうちで住み込みで食事を作ってくれている信さん。確か30歳ぐらいだった。何年か前までは親父の子分として働いてたんだけど、兄貴が一家の大黒柱になってから兄貴の子分になった。というかうちには信さんしかいないんだけどね。
「遅かったな」
「裏側で工事をしてまして、交通誘導に引っ掛かりました」
「そっか。じゃケイジ、明日の祭りまでに絶対帰ってくるからな。じゃあね、マイちゃん」
信さんが後部座席を開けると当たり前のように兄貴が乗り込んでいく。
「ねぇねぇ、信さん、兄貴はマジで馬買うつもりですか?」
「もう聞いたんですか? そうですよ、やっと馬を買えるようになったと喜んでました。ですが、馬と引き換えにこの車は売りますが……私は残念です」
「えっ?」
「信! 行くぞ~!」
「はい、ただいま! それでは!」
信さんが運転席に乗り込むとあっという間にベンツは走って行った。車を売るなんてマジか。




