弁当とマイ
今までこんなことはなかった。マイが白米だけを炊いてくるなんて! 異常な出来事に焦ったが真上にきた太陽のせいで、小さくなった出入り口の日陰を諦めてマイと学食に向かうことにした。
低い校舎のくせに周りの建物も低いから、屋上に影を作る物が出入り口以外ない。その代わり、眺めがいいかと言えばそうじゃない。見えるのは京浜東北線王子駅の上を通る新幹線ぐらいだ。あと北とぴあもとりあえず見えるが、スカイツリーのような名物じゃあない。名物になってくれればいいんだけど。
1階にある学食は誰でも利用ができる。俺たちみたいな弁当組でも座れるほど席は多い。いや、広すぎるんだろう。全校生徒が集まっても大丈夫だと思う。入口の自販機でペットボトルを買っていつも座る席に行く。他の生徒もそうだ、いつも使っていれば席が決まってくる。でも、学食で番長たちを見たことがないな。
向かいに座ったマイを見て、改めて日の丸弁当を見た。
「今日はなんかあったのか?」
マイは照れたようにうつむいて、なんだかモジモジしている。
「あのね、寝坊しちゃったの。だから、あたしも日の丸弁当なの~」
可愛い! 今年一番いい表情だ! 周囲に慕われている女の子、頭脳明晰、成績優秀、大和撫子のような黒髪ロングの女の子のミス! これはなによりのご馳走だ! 眺めているだけで白飯3杯はいける!
「ご飯だけで十分だって! いただきま~す!」
ただの米だけど美味い。お手伝いさんが作ってくれる飯とは違う。炊き方が違うのか、それともマイが作ってるからか。……いかん! ちょっとのろけすぎている!
「ごめんね、勉強してたら寝るのが遅くなっちゃって」
マイは小さい口に白米を運びながら、しょげていた。
「いいって! 俺が弁当頼んでるんだからさ、美味いよ、うちのとは味が違うし!」
「明日はおいしいの作ってくるからね!」
「明日から夏休みだぞ?」
「あっ!」
神様、ミスしているマイは超美味しいです。
「ん~、じゃあ、明日はお昼作りに行こうか? みんな、お祭りの手伝いでいないでしょ?」
「マジ? 俺も夕方から手伝いに行くから頼むわ」
「じゃ、お昼に行くね。あっ、そういえば、昨日、お兄さん見かけたよ。帰ってきてたんだね」
「昨日帰ってきた。またどこに行ってたんだか」
「ふ~ん。心配じゃないの?」
「22歳だぜ? 成人してるんだし、心配する必要がない。フラッとどっかに行ったら、半年は帰ってこなかった事もあったし、知らねぇって。向こうは好き勝手やってるんだし、心配してやるだけこっちが疲れるってもんだ」
マイは俺をマジマジと見ていた。
「ふ~ん、男の子ってそういうものなの? でも心配なんでしょ?」
ニヤニヤしているマイに見透かされたらしい。たしかにまったく心配じゃないというのは嘘になる。兄貴は俺んちの家督を継いでいる。家督なんて言い方は堅いが、引退した親父に代わる大黒柱をやっているんだ。兄貴の行動次第で俺はこの学校にいられなくなるかもしれない。世間的にね。
「心配なんかしてません~。はい、ご馳走様っと」
「お粗末さまでした。お腹もいっぱいになったし、5限目は頑張ろうね」
おいおい。なんか、お母さんみたいだな。
「わかった。頑張るよ、母さん」
「誰が母さんよっ!!」
可愛いな~。って周りの生徒が見ている。ちょっと恥ずかしいぞ、これは。
「ジョーダン、ジョーダン!」
「もぉ~!」
お~ぉ、プンスカ怒っている。
「ねぇ、ケーちゃん、今日は一緒に帰ろうね」
弁当を片付けるしぐさも可愛いな。何をしてても可愛いな。でも気になることがひとつある。
「あのさぁ、やっぱり『ケーちゃん』は無しにしない?」
「なんで? いいじゃん」
「なんつーか……俺ってそういうキャラじゃないじゃん?」
7月に入ってからケーちゃんと呼び出した。初めはいいかと思っていたけど、なんだか周りの目が気になってしょうがない。なんというか……イチャイチャしているように見えている……のではないだろうか。
「う~ん。じゃあ、じゃんけん、ぽん!」
負けた。
「はい、ケーちゃんに決定~!」
わかった、わかったよ。マイが喜ぶならそれでいい。……でもな~。
「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、せめて学校ではやめて、な?」
「え~、じゃあさ、なんて呼ぶ?」
「普通にケイジでいいじゃん」
「わかった! じゃ、ケーちゃん、授業始まるから行こ」
「ちょ、ちょっと! わざとだろ、わざとでしょ!?」
「いいじゃん、いいじゃん~。ね?」
うわぁ、可愛い~。……惑わされちゃダメだ!
「よし! 学校で二人っきりの時に呼んでください。お願い!」
「……うん。それなら、いいかな」
よし!




