喧嘩と勝敗
目が覚めた時はまだ番長は倒れていた。副番が近くにいたけど介抱されているみたいだ。
「ケイジぃ、よくやったな。お前がここまで強くなっていたとは思わなかった。正直、俺は興奮しているぞ。信、お前もそう思うだろ?」
「はい。若がこれほどまで大きくなられたことを旦那様にお伝えしなければなりませんね」
信さんはなんだか涙ぐんでいるぞ、なんでだ。
「以前のお前ならばブン投げられたところで、受け身の取り方も分からずにダメージを負っていただろう。しかし、お前は俺との喧嘩の中で成長していった、自然と受け身が取れるような本能を開花させたのだろう。十分成長したな。まぁ、結果は負けだけどな。気を落とすなよ」
「……ちょっと待て! 負けってなんだよ、番長はまだ倒れているじゃねぇか!」
「そうだな、番長くんはまだ倒れている。集団の喧嘩ならば今ごろフクロにされているだろうが、うん、ボッコボコにされているだろうけども、今は今はだ。全体的な勝敗など必要ない、ケイジ、お前のほうが先に気絶していたんだ。ということはお前の負けだ」
番長に殴られた左頬の痛みを忘れるほど頭にキタ。番長が目の前に堂々と立っているのならば、俺も素直に負けを認めたかもしれないけども、いや、両者気絶と言うのなら認めないかもしれないけど、とにかく今は番長はまだ倒れている。俺のほうが強いんじゃないのか? なのに俺の負けだなんてこんな理不尽だろう? ボクシングじゃないんだぞ!
「2人とも気絶をしたが、番長くんは2秒だけ遅かったんだ。お前に蹴られた後、番長くんはお前の上にそのまま倒れず、お前の足をどけてから倒れた。もちろん、その時にはお前は気絶していた。それで分かるだろう? 番長くんの勝ちだ。約束通りにケイジは2学期から1年の総番として高校生活を楽しめばいいじゃないか」
「納得がいかないぜ、兄貴。なぁ、副番はどう思う? どっちが勝ったんだ?」
「悪いが、溝田君の肩は持てない。その瞬間では番長が勝っていた。倒れるということにプライドが反抗したのか、それとも君の上に倒れることを拒んだのか、それはわからないけども確かに足をどけてから倒れたんだ。だから番長が勝ちでいいと思う」
俺は……負けたのか。釈然としない結果だ。
「ケイジ、お前がどうしてもというのなら、一つだけこの勝敗を変える方法がある。その昔、相撲では勝敗を間違えた時に行司軍配差し違えと言い、試合を裁く行司は腹を切ったと言う。実際に腹は切らないけどな。で、俺が何を言いたいのか、わかるか?」
「……兄貴が腹を切るのか?」
「いや、切らないから。俺が言いたいのは、俺の腹を切らせてみろってことだ。ケイジ! 俺と真の勝敗をかけて勝負しろ!」
意味が分からなねぇ! とんでもないことを言い出したぞ、兄貴! もう兄貴がやる気満々なのはわかるが、本当にそれしかないのか? つーか、喧嘩したいだけだろ!
「おい、俺が寝ている間になんか面白いことになってるじゃねぇか。溝田ぁ、俺が勝ったらしいが、俺はこんなありさまだ。本当だったら俺がお前を見下していたはずなんだがよ、胸を張って勝者と言えるような状況じゃねぇ。むしろお前に見下ろされているわけだ。俺とお前の立場が逆だったら、きっと俺も同じことを言っただろう。こんなのじゃ負けた気分にもならねぇよな。……本当なら再戦と言いたいところなんだが、情けないことに体が動かない。こんなこと初めてで、どうしていいかわからないぐらいだ」
「無理もない。番長くんはケイジに飛び込んだ。君の全体重と重力を力にしてケイジを殴ろうとした。本来ならば、ケイジの鼻は折れていただろう、もしくはおでこかな。とにかく顔面陥没していたろうな。しかし、ケイジのカウンターで番長くんは顔と首に衝撃を受けている。しばらくは立てないだろう。ただし、頸椎がずれていなければな。その昔、喧嘩で下半身不随になった奴がいた。あれは運が悪かったとしか言えなかったな。まっ、番長くんは体が丈夫そうだから大丈夫だろう。いいか、喧嘩とは何が起こるか分からない、それを肝に銘じておくといい」
兄貴め、一度不安にさせておいて救いの言葉を投げかけるとは、これが兄貴の人心掌握術か。