兄貴と喧嘩
「まさか、本当に伝説の番長を見ることができるなんて……僕は感動しています」
「そうだろう、そうだろう」
「溝田君、君が羨ましいよ、一緒に暮らしているんだろう。僕の兄貴と交換してほしい!」
「おいおい、宮堀の弟よ、お前の兄貴がいたおかげで俺は番長として、この高校にいることができたんだ。あいつは喧嘩も強かったけど頭が良かったからなぁ、俺が赤点も留年もしなかったのは、お前の兄貴のおかげなんだ。兄貴を大切にしろよ。で、たまには顔出すよう言っといてくれよ」
「溝田番長……」
副番も兄貴も2人の世界に入ってしまった。しかし、番長も有名人を見た時のように兄貴を見入っているようだ。
「兄貴! もういいだろ、帰ってくれよ」
「いやだね、何度も言うけど俺はここで見ている。いいから、俺に気にせず喧嘩しろよ。お前がどれぐらい強くなったのか見届けてやろう。弟の成長を見届けてやるのも兄貴の仕事だろ? いい兄貴を持って幸せだろう、ケイジ?」
なんなんだよ、この兄貴はもう!
「それに、これは大切な喧嘩だ。お前が1年を締める番長になるかもしれない。もしかしたら、現番長に勝てるかもしれない。それを見届けてやらなければな」
「……嘘つけよ。さっきは面白そうだからって言ってたじゃないか」
「それは……置いておこう。さぁ、早くやろうぜ、祭りが始まっちまう。俺はここで見届け人としている。いいな、番長くん?」
「はい、溝田番長が勝負の証人になっていただけるのは光栄です。……よし、やるぞ!」
俺を無視して話を進めやがって。もうやってやるよ。
「では、溝田君が1年の番長になるかの勝負を始めます。確か溝田君が番長に勝てたら、もう我々は絡まないということだったね」
「あぁ、俺を番長にしようとかそういうのは今後なしにしてもらう」
「そういうことだ。番長もいいね?」
「おう、勝てたらだ」
「裁きは宮堀が、証人には溝田番長になってもらいます。さぁ、2人ともいつでもどうぞ」
兄貴が来たせいで気が抜けたけど、今度はずうずうしい兄貴への怒りが混ざっていい力が出そうだぞ。番長も兄貴の手前、いいところを見せようとしているみたいだし。またさっきとは違う迫力がある。
1発勝負になりそうな予感だ。俺が兄貴との喧嘩の中で見つけ出したのはフェイントだ。喧嘩は腕だけじゃない。
……喧嘩はすぐに終わった。
お互いに近づいて、俺は蹴りを出した。左側頭部を狙ったハイキックだ。しゃがんで避ければそのまま踵落とし、後ろに避ければ今度は前蹴りに変える。
その予定だった。番長はハイキックを避けないで両腕で掴んできた。そのまま、俺は引っ張り投げられて校庭に倒された。
普通は避けるはずだろう? なのに掴んできた、しかも両腕っていうことが腹が立つ。蹴りを予想されていたわけだ。でも、俺は掴んでくることを予想できなかった。この時点で負けは決まったようなものだった。
番長は倒れた俺に右腕を振りかぶりながら飛び込んできた。ジャンプしてきたということに驚いた。これも番長の作戦だったんだろう。転がって避けるとかできただろうけど、思わぬ動きに戸惑って動作が遅れた。
とっさに倒れたまま体操座りのように足を出して番長の顔を蹴り飛ばしてやった。でも、それも間に合わずに俺の顔面には全体重をかけた渾身のパンチがヒットしていた。鼻っ面を狙っていたのだろうけど、俺の脚が邪魔したせいで右フックのようになって、思いっきり左のほほを殴られた。そこで俺は不覚にも気絶したらしい。