日記と弁当
男が日記を書くのは変ですか?
日記を書くようになったのは高校に入学してからだ。その日に何があったのか、後々に見ることができるようにという当たり前の日記なのだが、俺の家庭環境が当たり前じゃない。だから、この日記を何かが起こった時のための証拠にしようと思っているんだ。
書き始めた頃は記憶で書いていたから短文だったけど、今ではスマホにメモをしてその時の感情とか、事細かな描写とかをまとめて書くように心がけている。でも、今日はそんなに書くことがない。学校でも大した事件もなかったし、せいぜい兄貴が返ってきたことぐらいかな。まぁ、兄貴が返ってきたことで事件が起こる確率が格段と上がるんだけど。
今日はもう寝よう。明日、行けば夏休みだ。
さて、今は四時限目の授業をサボって屋上で寝っ転がっている。お昼までもう少し。陽気がいいのはいいよな、もちろん夏の日差しだから直射日光は避けるけど。ここで青空に広がる雲をのんびりと眺めて、昼飯まで待っているんだ。なんで俺が屋上にいるか、それは単純明快な理由がある。
授業なんてのは眠くなるような話しばっかりだ。俺は毎日7時間は寝るように心がけている。なのにそれでも眠くなる。寝れば怒られるし、起きていれば眠いし、これは一種の拷問だ。だったら授業には出ない。単純な理由だろ? でも、俺にもポリシーがある。出ない授業は1日に1時間と決めている。
学校には来ているから出席はできている。ちょっとぐらいサボっても悪くないっしょ。俺は知っている、この学校はテストで点数さえ取れてればいい、受験に必要な内申点も3年生になった時に巻き返しができる。これでもテストの点数も成績もいいほうなんだぜ?
屋上にいても俺の溢れ出る人間性に惹かれて絡んでくるヤツがいる。ほら、来た。
「おう、溝田ケイジぃ! 授業サボってお昼寝かぁ?」
こいつはこの学校の番長だ。先代の番長は3年生だから引退して、こいつがこの春から番長らしい。入学してきた俺の話を聞いてそれから絡まれ続けている。何度かスルーしてやってんだけど懲りずに絡んでくる。
しかし、夏なのに熱くないんだろうか? 昔の番長らしく長ランだ。伝統らしいけど、そういう我慢強いところは番長って認めたくもなる。でもさ、番長だったら舎弟なんか連れないで堂々と一人で来いってんだ。
「番長さんよ、あんただってサボりに来たんだろ? お互い様じゃんか?」
「おい! 番長になんて口聞いてんだ!」
「寝てないで起きろや! コラぁ!」
うるさいネズミがしゃしゃり出る。ウザイね。こいつらは同級生かな? それとも2年生か? どうでもいいけど。
「お前らは黙ってろ。溝田ぁ寝たままでもいいから聞けや。明日の5時、校庭に来い。どっちが強いか今度こそハッキリさせようじゃねぇか。なぁ?」
やけに自信があるような言い方だな。校庭ってのが気になる。起き上がって番長の目の前まで近づいてやった。
「フ~ン、番長様の命令には絶対ってか?」
「当たり前だ。また逃げんのか?」
「逃げてるわけじゃない。番長が一人で来ないから行かないだけだ。こういうのはタイマンってのが相場だろ?」
「こいつらが俺の戦い方を見たいっていうだけだ。手出しはさせねぇよ。明日は俺とお前でタイマンだ。夏休みを涼しい病院で過ごさせてやるからよ、逃げんじゃね~ぞぉ~」
言うだけ言って行っちまいやがった。俺は約束してねぇからな。明日は祭りの準備を手伝わなきゃいけない。俺んちって町内会に頼られてるから、俺まで引きずりだされるんだよな。さてと、邪魔者がいなくなったし、寝ようかな。
「ちょっとケーちゃん! こんなところでなにしてんのっ!」
寝ようと思ったのに。いつの間にか目の前で仁王立ちしてるのは同級生で彼女のマイです。同じ中学だったけど、その頃から絵に描いたような生徒会長って感じの女の子で、実際に中学では生徒会長をやっていた。今はロングヘアーを風になびかせて俺を睨んでいる。
そして唯一、俺のことをケーちゃんと恥ずかし気もなく呼んでくる。呼ばれる俺は恥ずかしい。
「何って……ひなたぼっこかな?」
俺はニヤけて見せた。
「サボってたんでしょ。ほら、お弁当」
「なんだよ、マイもサボって昼飯じゃん」
「なに言ってんの? もうお昼休みだからね」
「え? あっ、マジだ。じゃ、飯にしよう、今日は何?」
付き合いだしてからはマイに弁当を頼んでいる。もちろん弁当代は出している。俺んちは母さんがデザイナーとして海外赴任してて、弁当を作ってくれる人がいない。いちおう食事を作ってくれるお手伝いさんはいるんだけど、男の人だけども、弁当は作らない主義らしい。
「今日はね~、日の丸弁当よ!」
「え? 日の丸?」
弁当の蓋を開けると見事に日の丸が輝いていた。マジかよ……。