表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

妄想部的「梅雨」

梅雨 もり模様

作者: もり

 

 色とりどりの傘がまるでアジサイのように校庭に花を咲かせて揺れている。

 それを三階の窓から頬杖をついて見ていた俺は思わず溜息を吐いた。


 いいなぁ、普通科の奴らは……俺も帰りてぇ……


 特進科クラスの俺はあと一時間授業が残っている。

 それなりに有名な私立進学校であるこの学校は通常八時間授業だが、特進科だけは補習授業としてもう一時間追加されているのだ。

 補習と言いながらしっかりと授業内容は進むので、欠席しても記録には残らないが出席しておかないと授業についていけなくなる。

 なんの罠だ。

 だが、難関国立大・有名私立大への進学率九十七%誇るクラスとしては仕方ないのかも知れない。ちなみにあとの三%は海外進学者だ。

 母親なんかは公立進学校に通いながら下手に塾に行かせるよりよっぽど安上がりだと喜んでいるが、始業前にも早朝補習なんてものが毎朝七時からある俺の平均睡眠時間は片手で数えられるくらいで、こんな生活を中学から続けている俺の身長は十七歳男子の平均より低い。

 くそ!若者には睡眠と旨い飯をよこすべきだ。


 あー腹減った……眠い……。

 

 ダラダラと漢文を読み上げるセンセーの声は俺を夢の中へ誘おうとするが、なんとか眠気に打ち勝つ為に、もう一度窓の外へ視線を向けて傘の群れを眺める。


 今年は何色の傘にするかな……昨年は水色だったし、今年はピンクにするか……いや、今年はもういいか……。


 そう思ったところに、見慣れた水色の傘の花が咲いた。

 あいつだ。

 中学受験でこの学校に入った俺とは違って、高校から入って来たあいつは普通科クラスで、母親経由で聞いた話によると地元の公立大を目指しているらしい。


 別に幼馴染と言うほどじゃない。

 ただ、家が割と近所だというだけだ。

 校舎が違うから校内で会うことも滅多にないし、例え会ったとしても挨拶もしない。

 それでもなんとなく……習慣になっているから、毎年あいつの誕生日には傘をプレゼントする。そしてあいつは俺の誕生日に手袋をくれる。

 それだけだ。


 だから雨続きのここ最近、あいつの水色の傘の横に紺色の大きな傘が並んでいても気にならない、気にしない。

 校門を出て見えなくなるまで水色の傘を追っているのもただ単に暇だから。

 そんな俺の頭を、センセーはカコンッと教科書の角で叩いて通りすぎて行った。


 いてぇよ、センセー。痛すぎて涙出てきそうだよ……。


 余りにも教科書の角が痛かったから、もう外を見るのはやめにする。

 もう傘を買うのもやめる。俺はそう決めた。



 始まりは、あいつの傘を俺が壊してしまったあの時からだ。

 ちょっと遊びのつもりで振り回しただけなのに、驚くくらいに簡単に骨が折れて壊れてしまったあいつの傘の弁償に、俺のお年玉貯金から新しい傘を買わされた。

 母親にかなり怒られた上に小学生にとってかなりでかい金額を支払う羽目になった俺は、正直ふて腐れてあいつの家に謝罪に行った。

 だって、わざとじゃないのに。

 だけどあいつが「ありがとう」ってすげえ嬉しそうに笑うから……。

 その日―― 六月二十四日があいつの誕生日だったと知ったのはもう少しあとだ。


 そして、ちょうど半年遅れの十二月二十四日の俺の誕生日。

 あいつは傘のお礼だと言って手袋をくれた。

 お礼も何もただの弁償だったのにと思いながらも、世間はクリスマス・イブで浮かれていて忘れられがちな俺の誕生日を覚えていてくれた事がなんだかすげえ嬉しくて、次の年の六月二十四日に少ない手持ちの小遣いから安いビニール傘を買って贈った。

 するとまた、俺の誕生日には手袋をくれて……そこからもう何年も続いている習慣。


 俺が中学受験をしてこの学校に入った年の六月二十四日、会話どころか会うこともなくなったのに俺はあいつの家に行って傘を渡した。

 そしたらやっぱりあいつは「ありがとう」ってすげえ嬉しそうに笑って……



 って、何やってんだ、俺は。意味わかんねえよ。

 俺もあいつも全く意味わかんねえ。



 それでも結局、今年も俺はピンク色の傘を買ってしまった。

 だけど、あいつの誕生日から一週間、七月一日の今も傘は俺の部屋のクローゼットの中にある。



 週明けから始まった期末試験も今日で終わり、また俺は窓際の席へ戻った。

 試験最終日の今日は当然午後から通常授業が始まり、補習授業もあって、土曜の明日も授業はある。

 なんの拷問だ。

 八時間目が終わると、いつものように色とりどりの傘が風にそよぐ花のように俺の視界の隅で揺れ動く。


 早く梅雨なんて明けてくれ。


 そう願う俺の視界の隅に見慣れた水色の傘が入ってきた。

 直接見なくても、あいつの傘だとわかってしまう。

 なぜか他とは違って動く事のない水色の傘を無理に視界からはずして授業に集中する。

 それなのに何度も何度も間違えて、何度も何度も消しゴムで消した俺のノートはぐちゃぐちゃですっかり汚くなってしまった。

 どうしても水色の傘が頭の中から離れない。



 ようやく今日の拷問が終わり、のろのろと下駄箱で靴を履き変えた俺の視界に水色の傘が映った。

 今度は残像じゃない、本物だ。


「あ……」


 俺に気付いて振り向いたあいつの少し色素の薄い茶色の瞳をまともに見るのも半年ぶりだった。


「……何してんだ?」


 突き放すような言い方しか出来ない自分がもどかしい。

 夜の七時を回ったこの時間は雨が降っていてもまだ微かに明るいが、クラスメイト達は無関心にさっさと帰って行く。


「あの……久しぶりに一緒に帰れたらと思って……」


「は?」


 聞こえたその内容に俺は耳を疑った。

 驚くのも仕方ないと思う。

 久しぶりというか何というか、一緒に帰るのは俺があの傘を壊して以来ないのだから。

 だけどその反応が間違いだった事はすぐに気付いた。


「ご、ごめん!」


 耳まで真っ赤にしてあいつは叫ぶように謝ると雨の中を駆け出したのだ。


 何やってんだ、俺は!?バカすぎるにも程があるだろ!!


 一瞬、パニクった俺だったけど、すぐにその後を傘も持たずに追った。

 間違えたのなら、正せばいいんだ。

 消しゴムでは消せなくても、すっかり汚くなってしまった俺のノートみたいにぐちゃぐちゃでみっともなくても、取り返しがつかなくなる前に。


 その後、俺は―― 俺達は、二人で水色の傘に入って帰った。

 今までの空白を埋めるようにたくさん話をしたけれど、まだまだ足りない。

 もうバカげた誤解が生まれないように、もっともっと話をしたい。

 だから今度はピンクの傘の下で、また話をしよう。

 ちょっと恥ずかしいけれど、梅雨はもう少し続くから。




読んで下さり、ありがとうございます。

今月の妄想部のお題は「梅雨」です。

今回は残念ながら卯堂さんは不参加ですが、他の皆様の作品をまだの方は是非是非!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ