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七話 メディチの影と、遠い噂 草案

フィレンツェに移ってから、五年が経過していた。

表向き、俺は相変わらず少量の高品質な顔料を納める職人だった。

しかし裏では、メディチ家との繋がりは予想以上に深くなっていた。

ドナテッロ経由で知り合ったコジモ・デ・メディチの側近たちは、俺が提供する「不思議な計算方法」を高く評価した。

複式簿記のさらに先を行くリスク計算、為替の最適化、確率を加味した貸付戦略……俺が現代から持ってきた知識の欠片は、彼らにとって「神が与えた叡智」のように映ったらしい。

俺は慎重に、しかし着実に暗躍を続けていた。

「ギルド全体を敵に回すのは馬鹿げている。

パトロンであるメディチ家一人を味方につければ、それで十分だ」

俺は夜な夜な工房で算盤を弾きながら、そう自分に言い聞かせていた。

アルテ(職人ギルド)の影響力を、間接的に削いでいく。

メディチ家がより強大なパトロンとして君臨するための、影の仕事。

ある晩、メディチ家の側近の一人が工房を訪ねてきた。

「最近、フランスで奇妙な噂を聞いた。

『プレラーティという名の魔術師が、悪魔召喚の罪で捕らえられた』と」

俺の手が、ぴたりと止まった。

「……プレラーティ?」

「そうだ。女だという話もあるが、定かではない。

ジル・ド・レというフランスの貴族に近侍していたらしい」

俺はゆっくりと息を吐いた。

フランチェスカ……。

いや、もうフランソワーズと名乗っているのだろうか。

彼女は俺が与えた銃と、断片的な未来知識を胸に、フランスで何をしていたのか。

そして、ついに「魔術師」として捕らえられたという。

側近は俺の反応など気にも留めず、笑いながら言った。

「まあ、フランスの話など、どうでもいい。

それより、次の計算書を……」

俺は頷きながらも、その夜は一睡もできなかった。

まだ動けない。

100年戦争はまだ完全に終わっておらず、フランス国内は混乱を極めていた。

俺が今、フィレンツェを離れてフランスへ向かえば、メディチ家との関係も危うくなる。

俺はただ、遠いフランスの空の下で彼女がどうなっているのかを、想像するしかなかった。

静かな工房で、俺は独り呟いた。

「……俺は、また彼女を救えなかった」

メディチ家の影で暗躍を続ける男にとって、

それはただの、遠い後悔の欠片でしかなかった。

※備考

例の如く再考要素盛りだくさん

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