第六話 フィレンツェの影と、静かな算盤 草案
フランチェスカが去ってから、街は急に色を失った。
俺は顔料屋としての仕事を続けていたが、作業場は妙に広く感じるようになった。
電磁石で集めた高品質の砂鉄は、相変わらず少しずつ売れていた。
画家たちは「この赤は特別に鮮やかだ」と褒め、鍛冶屋たちは「この鉄は火の通りが良い」と繰り返した。
しかし俺は、ただ淡々と納品書に数字を書き、銀貨を受け取るだけの日々を送っていた。
半年後、俺は決断した。
「ここに留まる意味は、もうない」
モンテカティーニの小さな街では、これ以上目立たずに活動を広げるのは難しかった。
望む素材(より純度の高い金属や希少な顔料原料)も、手に入りにくい。
俺は荷物をまとめ、フィレンツェへと移ることにした。
フィレンツェは、噂に違わぬ活気に満ちていた。
メディチ家の影響力が強まり、芸術家や商人が集う街。
赤いドームを持つ大聖堂、アルノ川に架かる橋、賑わう市場。
ここなら、顔料屋として「目立たず、しかし必要とされる存在」になれる。
俺は街の外れに小さな工房を借り、少量の高品質砂鉄の提供を続けた。
派手な宣伝はせず、口コミだけで広げた。
「あの顔料屋の赤は、他の店とは違う」と、画家たちの間で囁かれるようになった。
ある日、工房に一人の男が訪ねてきた。
ドナテッロ。
彫刻家として名高い男で、メディチ家と特に親しい芸術家だった。
「君の顔料は評判だ。コジモ・デ・メディチ殿が、ブロンズ像の仕上げに使いたいと仰っている。
ダビデ像だ。品質の良い赤と茶が必要だ」
俺は内心で舌を巻いた。
ここがチャンスだ。
隠れたかったが、隠れてばかりでは望む素材も手に入らない。
メディチ家と繋がれば、俺が欲する希少な金属や鉱物も、比較的容易に手に入るはずだ。
「喜んでお受けします」
そう答えた俺は、ドナテッロを通じてメディチ家とコネを作った。
それから、俺の生活は少しずつ変わっていった。
表向きは顔料屋のまま。
しかし裏では、近代的な数学(複式簿記の改良、確率的なリスク計算、為替の最適化)をメディチ家の銀行業務にそっと提供し始めた。
彼らは俺の「不思議な計算方法」を「神に与えられた叡智」と喜び、俺を影の相談役として重用した。
俺はメディチ家の力を借りながら、アルテ(ギルド)の弱体化を静かに目論んでいた。
ギルド全体を敵に回すのは愚かだ。
しかしパトロンであるメディチ家一人を味方につければ、十分に影響力を発揮できる。
俺は慎重に、しかし確実に、糸を引いていった。
夜、工房で一人算盤を弾きながら、俺は時折フランチェスカのことを思い出した。
彼女は今、フランスで何をしているのだろう。
あの銀色の銃を、どのように使っているのだろう。
俺は小さく息を吐いた。
「暗躍……か」
この言葉が、タイトル通りに聞こえるなら、それでいい。
実際の俺は、ただ生き延びるために、影の中で細い糸を操っているだけだった。
※備考
だいぶ違う。
結構作り直すと思う。
エピソードを分けても良いかも。




