顧問と料理研究部の始まり
週明けの月曜日、俺たち三人は家庭科室に集合していた。
部活に誘ってくれたお礼として、美琴が家からマドレーヌと紅茶を持ってきてくれたのだ。
店で焼いたという手作りマドレーヌは、洋酒と柑橘類のいい香りがしてとても美味しかった。
紅茶も渋みがなく、すっきりした後味のマドレーヌによく合うものだった。
俺たち三人が、今日の英語の小テストが難しかっただとか数学の先生の授業進度が早すぎるといった他愛のない話をしていると、コンコンとドアのノックされる音が教室に響く。
「失礼する」
そう言って入ってきたのは……家庭科担当の女教師、沖田佐由子。俺の所属する一年一組の担任だ。
「沖田先生どうしたんですか?」
「今日はお前たちに用があって来た」
沖田先生は俺と美琴を順に眺めると、彼女のきりっとした目元を綻ばせる。
「桃瀬……。ちゃんと仲間を得られたようだな。よくやった」
「はい。これも先生のアドバイスのおかげです。本当にありがとうございました」
桃瀬は深く頭を下げた。
俺と美琴を取り残して二人で話が進められていく中、俺は沖田先生に向かってそっと手を挙げた。
「あの……全然話が見えてこないんですけど、説明してもらってもいいですか?」
沖田先生は一年生全員の家庭科の授業を請け負っているのだから、桃瀬の名前ぐらいは知っているはずだ。しかし、今の会話からどうにもそれ以上のつながりがあるように見えた。
沖田先生は俺たちの方を向いて、話し出す。
「挨拶が遅れたが、私が料理研究部の顧問沖田佐由子だ。家庭科の初回の授業の後、桃瀬がいきなり私のところに押しかけてきて『新しく部活を作りたいので顧問になってください』だとか、『料理のコツを教えてください』とか言い出したんだよ」
沖田先生はふっと笑う。桃瀬から、小声で「あの時は失礼しました……」と言うのが聞こえてくる。
「桃瀬の料理に対する熱量があんまりにもすごいから、私も喜んで顧問になったよ。ただ、お前たちも知っていると思うが、桃瀬は自分で料理を作るのだけは苦手だった」
沖田先生は少し悲しい顔をする。彼女も桃瀬の苦しみが分かる一人なのだ。
「やり方は完璧なのにいっこうに上達しなくて、正直私も参っていた。でも、桃瀬が類まれな味覚と料理の分析能力を持っていると分かった時には一筋の光が見えたんだ。桃瀬は料理が出来なくても、料理の『研究』という分野でなら誰よりも輝ける、と」
沖田先生は一歩前に進むと、桃瀬を見る。
「だから私は桃瀬にこう助言したんだ。『お前の料理の情熱を、紙に書いてみんなに届けろ。そして、同じく料理を愛する仲間を探せ』とな」
話を聞いた俺と美琴は驚愕していた。
まさか、沖田先生が、桃瀬を先の見えない迷路から救い出した救世主だったなんて。
俺は座っていられず立ち上がり、沖田先生に深く頭を下げる。
「沖田先生、ありがとうございます。桃瀬さんを助けてくれて」
俺に続き美琴も立ち上がると、ぺこりと頭を下げる。
「私からも、ありがとうございます。おかげでこのメンバーで部活をすることができます」
そう言う俺たちを沖田先生は手で制した。
「礼なんていらない。私は教師として当たり前のことをしたまでだ。それよりも……お前たちはこれからも桃瀬を助けてやって欲しい
私からはそれだけだ」
そんな頼み、言われるまでもないことだ。
「「はい、もちろんです!」」
俺たちは、今後の自分に誓うように大きな声で返事をした。
◇
「それでは、私が今日ここに来た一番の理由を話そう。まずはこれを見てくれ」
沖田先生は俺たちに1枚のプリントを見せてくる。
それには「水都高学食 献立募集‼」と大きく書かれていた。
「お前たちには料理研究部としてこの企画に参加してもらいたい。期限はゴールデンウィーク前まで。何品応募しても構わない。採用されれば期間限定で学食に並び、一か月間割引き価格で食べられる。売り上げが好調ならば、レギュラーメニューに昇格されるらしい」
なるほど。生徒側も、学食側もメリットのある企画というわけか。
正直楽しみで仕方がない。ただの自己満足で終わるのではなく、採用されれば実際に食べてもらえる人がいるということに、俺の熱意が高まっていくのを感じる。
俺は桃瀬と美琴の顔を見る。二人とも、興奮したまなざしで企画の詳細を眺め、頭の中で料理の構想を練っているようだった。
桃瀬が俺と美琴の方を向き、語りかける。
「これが料理研究部としての門出です。また、皆さんにこの部活を知ってもらういいチャンスでもあります。絶対にこの企画を取りに行きましょう!」
「ああ、当然!」「やるからには応募品全採用を目指そう!」
こうして、俺たち料理研究部の本格的な活動がスタートした。




