いちごタルトとケーキ屋の幼馴染
結局、あの後焦げたクッキーは全部二人で食べた。
こげの味しかしなくて正直美味しくなかったけれど、なぜか食べる手が止まらなかった。
きっと、あのクッキーは桃瀬の努力の結晶でもあったからで、俺はそれを捨てることなんて出来なかったのだ。
◇
翌日の放課後、俺と桃瀬は再び家庭科室に集合していた。
「今日は、俺から桃瀬さんに提案があります」
俺のかしこまった言い方に、桃瀬は背筋をピンと張る。
「俺の他に、料理研究部の仲間を増やさないか?」
身構えた手前、予想外の言葉に桃瀬は一瞬キョトンとした顔になる。
「ええと、私は賛成ですけど、一応理由を聞いてもいいですか?」
「昨日の部活で分かったんだけど、桃瀬さんの能力を最大限発揮するには、俺のほかにも料理人がいた方がいいと思うんだ」
料理研究部は部員が料理への強い想いを持っていれば、それを表現する手段は何でもいい。
俺は自らが料理を生み出し。、桃瀬は彼女の並外れた味覚と分析能力で料理を研究することでそれを成し遂げている。
しかし、桃瀬が料理が出来ないと分かった今、いくつか懸念点が出てきたのだ。
「俺は実家が大衆向けの食堂だから、カツ丼とか焼き魚とかうどんみたいなジャンクなメニューは得意だが、スイーツやイタリアンみたいなジャンルの料理は専門外なんだ。だから、俺の穴を補える料理人が欲しい」
桃瀬は顎に手を当て、考えるポーズをとる。
「なるほど、確かにそうですね。……活動をより充実させるためには仲間の存在は大切です」
そういう桃瀬は少し寂しそうな顔をする。
彼女が昨日言っていた中学時代の部活を思いだしたのだろう。自分一人の部活はやりたいこともできず、つらかったに違いない。
でも、今は違う。俺は彼女を支えると決めた。
桃瀬は顔を上げ、俺を見る。
「それはそうと、部員の当てはあるのですか?」
「ああ、ある。桃瀬の研究レポートをそいつに見せれば絶対にこの部活に興味を持ってくれるはずだ」
自信をもってそう言える。桃瀬の研究は情熱のある料理人なら一発で魅了されるはずだ。
「そういうわけで、今週の土曜日もう一度俺の店に来てくれないか? 一緒に部員を勧誘しにいこう」
桃瀬の了承を得ると、集合時間などの細かい約束をして今日の部活は解散となった。
◇
土曜日。桃瀬は約束の時間よりも一時間早い、午後十三時に俺の店に訪れた。
「いらっしゃいませー……って桃瀬さん⁉ 約束は二時じゃなかったっけ?」
俺は驚きで揚げ終わったアジフライ落としそうになる
「せっかく来たので、お昼も頂こうかと思いまして」
桃瀬は悪戯っぽく笑う。
「……ありがとう。とりあえず好きな席座って」
そう言うと、桃瀬はこの前と同じ、3番カウンター席に腰を下ろす。
「注文決まったら誰でもいいから店員に伝えて」
「あ、じゃあもう決まっているので注文しますね。味噌カツ丼お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
俺は厨房に戻ると、楽しみに待ちわびる桃瀬に腕を振るうため、エプロンの紐をぎゅっと締め直した。
「お待たせしました。味噌カツ丼です」
俺は桃瀬の前に湯気の立ち上る大きな丼を置いた。
「わあ、美味しそう! 前回来た時も気になっていたんです!」
いただきますと言って桃瀬は一口カツをかじる。サクッという軽快な音がした。
「……美味しい。やっぱり勝野さんの作るカツは絶品ですね」
甘辛い味噌とジューシーなカツに唆されて、桃瀬はご飯も合せて頬張った。
「ありがとう。そういってもらえると俺も作り甲斐がある」
もう一度、桃瀬が美味しい料理を食べたときに見せる幸せな表情を見れて、良かったと思った。
◇
味噌カツ丼を食べ終えた桃瀬は俺の勤務が終わるのを待つと、ちょうど約束の一時に店を出発した。
俺の店があるのは駅前の商店街だ。様々な店が立ち並ぶ道沿いを俺たちは二人で歩いている。
すると桃瀬はちらりとこちらを見て、言った。
「そういえば、勝野さんは今でもお店のお手伝いを続けてらっしゃるんですね」
「ああ。親父は任せろって言ったんだけど、俺もやっぱり店が心配だし、料理の腕は落としたくないから部活の無い時には店を手伝ってるよ」
そう言うと、桃瀬は安心したように息を吐く。
「……よかった。この前はああ言ってくださいましたが、私の部活のせいで勝野さんがお店の手伝いを辞めざるを得なくなってしまったらどうしようと不安に思っていたのです」
俺の家のことも心配していてくれたのか。やっぱり桃瀬はいいやつだと思う。
「そのあたりは上手いことやってるから大丈夫。ありがとう、気遣ってくれて」
「こちらこそ。これからも、あのお店に勝野君さんの料理を食べに行けますね」
桃瀬はそう言ってふふっと笑った。
店を出てから五分ほど歩いたところで、目的の場所に到着した。
「着いたぞ。ここで部員の勧誘を行う」
「ここは……ケーキ屋さんですか。私も初めて来るお店です」
桃瀬はその店の看店や店内をまじまじと眺める。
店名は「Ciel」。この商店街に古くから店を構える老舗のケーキ屋だ。
「とりあえず中に入ろう。今の時間なら、大抵いるはずだから」
俺たちは手動の押し扉を開け、店内に入った。
中に入った瞬間、俺たちにケーキの焼ける甘い香りが届けられる。
そして、客の入店に気づいた店員が声をかけてきた。
「いらっしゃいませー。ああ、泰彦じゃん。今日はどうしたの? ……それと後ろの人は?」
いつの間にか桃瀬は俺の後ろに隠れていた。最近分かったが、桃瀬は割と人見知りらしい。
「よう美琴、久しぶり。……といっても入学式以来か。今日はお前に用があってきたんだ。この人も後で紹介するよ。あとどれくらいで休憩に入れる?」
目の前の店員……美琴は壁掛けの時計をちらっと見た。
「あと四十分くらい。どうする一旦家帰る?」
「いや、あっちの喫茶スペースで待ってるよ。ついでに注文いいか?」
「まいど。泰彦はいつもの和栗モンブランで良い?」
「ああ、俺はそれで。桃瀬は……」
俺は桃瀬にどのケーキにするか聞こうと、後ろを向く。しかし彼女の姿はそこになかった。
いつの間にか、桃瀬はケーキの入ったショーケースに張り付くように眺めていた。
「どれもとても美味しそうです! 迷ってしまいますね……」
なかなか決められないのか、桃瀬はうーんとうなり始めた。
それを見てか、美琴が助け舟を出す。
「今の季節はいちごが旬ですので、こちらの季節限定のいちごタルトはいかがですか?」
「わあ、良いですね。ではそれでお願いします」
「ご注文ありがとうございまーす」
そう言うと、美琴は俺たちのケーキを皿に乗せて、喫茶スペースのテーブルまで運んでくれた。
「美味しい……!」
桃瀬は一口タルトを食べるなり、その味に感動しているようだ。
「そののケーキ、美味しいだろ?」
「はい。タルト生地の甘さが控えめで、完熟のあまおういちごの甘さがより引き立っています。タルトってモノによってはパサパサになってしまいがちなんですけれど、これはとてもしっとりしていて非常に食べやすいです。それから、このカスタードクリームも生地といちごのどちらとも喧嘩せず、素晴らしい調和を見せています」
桃瀬は興奮気味にいつもよりも早口でいちごタルトの感想を語った。
少し食べただけで、ここまでこのケーキの凄さを理解できるのか。相変わらず桃瀬の分析能力は凄まじい。
「実はそのケーキを作っているのはさっき会った店員の柏木美琴なんだ」
俺の言葉に彼女は目を丸くする。
「そうなんですか⁉ ……すごいです。このクオリティのケーキを作れるなんて、プロの大人でも滅多にいませんよ?」
「俺もそう思う。彼女のケーキ作りの腕は本当に素晴らしいんだ。だから俺は美琴を料理研究部に勧誘したいと思っている。そのために今日はここへ来た。だから……勧誘を成功させるために、桃瀬さんの力を彼女に見せてほしい」
俺は桃瀬の目を見て頼み込む。
すると、桃瀬からも気迫に満ちた視線が返ってきた。
「もちろんです。私も是非、柏木さんと一緒に部活をしてみたいと思っていました。ですから私、頑張ります!」
そう言うと、桃瀬はカバンの中から一枚のルーズリーフと筆記用具、それから色鉛筆を取り出した。
そして、すぐにこの季節限定いちごタルトの研究レポートを書き始める。
美琴が来るまであと三十分ほど。
その間、桃瀬は全力でペンを走らせ続けた。
◇
「ごめん、お待たせ」
休憩時間を迎えた美琴が俺たちが座るテーブルに合流した。俺と桃瀬が向かい合って座っていたところに、美琴は俺のいる側の椅子に腰かける。
「いきなり押しかけて悪いな。最近スマホを買ったばかりで美琴の連絡先が分からなかったんだ」
美琴はやれやれとため息をつく。
「ようやく買ったんだ……。そのせいでこれまでもすごい不便だったんだからね」
「悪い……今までは実家の手伝いばっかで、スマホなんていらないと思ってたんだ」
俺は美琴の前で手を合わせる。
「それで? 今日は何の用事?」
言葉を濁す必要はない。俺は単刀直入に話すことにした。
「美琴。お前を俺たちの部活、料理研究部に勧誘しに来た」
「料理研究部? 何それ?」
真っ当な疑問に美琴は首をかしげる。
そこで桃瀬が手を挙げた。
「その説明は私からします。まずは初めまして。私は桃瀬玲奈と言います」
桃瀬はぺこりと頭を下げる。
それにつられて、美琴もぺこりと頭を下げた。
「こちらこそ初めまして。私は柏木美琴。このケーキ屋の一人娘だよ。そこの泰彦と同じ水都高校の一年なんだけど、泰彦と一緒の部活ってことは桃瀬さんも水都高校なの?」
「はい。今まで接点がなかったのは、私たち全員クラスが違うからのようですね」
水都高校は全部で一学年だけで八クラスある。だから、クラスが違えば基本的に交流はほとんどない。まだ入学してから一カ月ほどしかたっていないし、顔を知らなくても無理はない。
桃瀬は美琴の顔を見る。
「料理研究部というのは……」
桃瀬は美琴に俺を勧誘しに来た時と同じ説明をした。それに加えて、今の部の課題も正直に話した。
「だから、お願いします。柏木さんの料理の腕を貸してほしいんです」
なるほどね、と美琴は小さくつぶやく。
「分かった。入るよ、その部活」
あっけない返事に、俺と桃瀬はぽかんと口を開く。
「いいのか? 俺はてっきり店が忙しくて断られると思っていたんだが……」
俺の疑問に、美琴はにっと笑う。
「こんなに面白そうな部活、入る以外に選択肢無いでしょ? それに、親も私に好きなことやれって言ってるから頼めば大丈夫だと思う。まあ、部活無いときは店に顔出すつもりだけどね」
あっけらかんと美琴は言った。
こんなにもあっさり勧誘が成功するなんて思わなかった。いろいろ作戦を用意したのだが、不要になってしまった。桃瀬には申し訳ない。
俺は見事の方を向いて頭を下げる。
「ありがとう、美琴。本当に助かるよ」
俺に続き、桃瀬もありがとうございますと礼を言った。
美琴は照れ隠しに前髪をいじり出す。
「そんなにかしこまらなくていいよ。それよりほら、早くケーキ食べなよ。あんた全然食べてないじゃん」
美琴は俺の背中をバシッと叩く。地味に痛い。
俺達のやり取りを見ていた桃瀬が口を開く。
「聞きそびれていたんですけど、お二人って面識があるのですよね? どういったご関係ですか?」
その質問に、俺より先に美琴が反応した。
「私と泰彦は、幼児園からの幼馴染だよ。まさか高校まで被るとは思ってなかったけどね」
「俺もそれを知ったときは驚いたよ」
俺と美琴は顔を見合わせて笑う。こうして二人で話すのは久しぶりだが、やっぱり美琴は変わらない。
改めて、桃瀬は美琴の瞳を見つめ、笑顔を見せる。
そして桃瀬は俺を勧誘したあの日と同じように、美琴に告げるのだ。
「ようこそ、料理研究部へ。一緒にこの部活を盛り上げていきましょうね」
「こちらこそよろしくね、桃瀬さん」
ちなみに、折角だからとさっき桃瀬が食べたいちごタルトや市内の有名なケーキ屋の研究レポートを美琴に渡したら、今まで見たことないレベルで驚き、大喜びしてくれたのだった。




