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クッキー新入部員歓迎会

あれから桃瀬(ももせ)と話し合い、月曜日 の放課後に第一回の部活をすることになった。

 活動場所は家庭科室。水都(すいと)高校は今まで料理系部活動がなく、家庭科室が空いていたので使わせてもらえるとのこと。

 放課後一番に教室を出て、家庭科室や美術室などがある特別棟に歩みを進める。その際、いつもよりも足取りが軽くなるのを感じた。

 なにせ、人生で初めての部活動なのだ。今までスポーツクラブや部活は全くやってこなかった俺は、正直部活とういうものが楽しみで仕方が無い。

 家庭科室の前に着くと、一度深呼吸して取っ手に手をかけ、扉を開いた。

 中には既に桃瀬がいて、エプロンを着ている最中だった。彼女は俺に気付くと、笑顔を向ける。

「勝野さん、こんにちは」

「ああ、こんにちは。ずいぶん早く来たんだな」

俺は教室のなかに入ると扉を閉める。

「私も部活が楽しみだったんです。今まで()()()()()の部活でしたから、初めて部員ができたことが嬉しくて」

 桃瀬は照れを隠すように窓の外を眺め、三角巾を結んでいく。

「それより早くエプロンを着てください。放課後は時間が無いですから手際よく作業をしないと」

「分かった。四十秒で支度する」

 俺はいつも店で来ていた使い込まれたエプロンに身を包む。

 「それで、今日は何をするんだ?」

 「今日は新入部員の歓迎会ということで、クッキーを作ろうと思います。本当は私が作るべきなんでしょうけれど、実は私、料理を実際に作るのは得意ではなくて……」

 意外だな。食べる方は右に出る者のいないくらい得意なのに。

 「分かった。俺もお菓子を作るのは久しぶりだけど、人並みにはできると思うから、困ったら言って」

 「ありがとうございます。ではさっそく始めましょうか」

 そう言うと桃瀬は冷蔵庫から卵とバターを取り出し、奥の棚から砂糖と薄力粉を持ってきた。

 「その食材、使っていいやつなのか?」

 「はい、これは私が家から持ってきたものですので」

 バターや生卵なんて、持ってくるのも大変だっただろうに。

 「全部準備させちゃって悪いな」

 「いえ、私が急に言い出したのですから、これくらいはやらせてください」

 「……ありがとう。次からは俺も準備するから」

 「はい。また計画を立てましょうね」

 桃瀬はにこりと笑うと、ボールにバターを入れて混ぜ始めた。

 バターがクリーム状になったら、砂糖を加えてしっかりと混ぜる。

 そして溶き卵を少しづつ加えながらその都度よく混ぜていく。

 あれ? 苦手と言っていた割にはすごく上手じゃないか。

 俺が疑問に思っていると、「次の工程お願いします」とボールを渡された。

 ここで俺に選手交代。

 薄力粉をふるいながら加え、ゴムベラでさっくりと混ぜる。

 この感じ、懐かしいな。昔母さんと作った時を思い出す。

 だんだんと粉っぽさがなくなってきたので、俺は生地をまとめてラップに包む。

 「なんだか俺、料理してるときは、つい無言になっちゃうな」

 「それだけ集中している証ですよ。久しぶりと言っていたのに、手際もとてもよかったです」

 「ありがとう、こういうのって体が覚えてるんだよな」

 俺はラップに包んだ生地を冷蔵庫に入れた。

    ◇

 三〇分ほどが経ち、俺は休ませていた生地を冷蔵庫から取り出す。

 そして、めん棒で五ミリくらいの厚さに伸ばした。

 「ありがとうございました。ここからは私もやります。今日の為に昨日も練習しましたから」

 そういう桃瀬は緊張した表情を見せる。

 さっきもすごく上手だったし、そんなに肩の力入れなくてもいいと思うのだが……

 「分かった。じゃあ生地を半分に切るから、半分よろしくな」

 俺は包丁でちょうど二等分に切り分けると片方を桃瀬に渡した。

 クッキーの型にはいろいろな種類があった。

 俺は星、、ヒト、葉っぱなどの型を選び、順番に押していく。

 ちらりと横を見ると、桃瀬は桜、ハート、雪だるまなど、可愛らしい型で生地を選んでいた。

 かなり慎重に位置を見定めて丁寧に切り抜いている。

 俺ももう少し綺麗に作ろうと思い、よそ見をやめ、自分の作業に戻った。

 

 二人とも型抜きが終わると、あらかじめ一七〇度に熱しておいたオーブンにクッキーを入れた。

 それから一五分後、ピーという音とともにクッキーが焼きあがった。

 俺はワクワクしながらオーブンの取っ手に手をかける。

 ゆっくりと扉を開けると、部屋中にバターと小麦粉の焼けるいい匂いが広がる……はずだった。

 そのはずだったのに……実際に部屋に広がったのはバターと小麦粉が焦げた匂い

 鉄板の上に載っていたはずのクッキーは、原型すらとどめていない真っ黒な炭に変貌していた。

 「え、なんで⁉ ちゃんとレシピ通りに作ったはずなのに……」

 俺が動揺をを隠せないでいると、桃瀬が震えた声で話し出す。

 「ごめんなさい、勝野さん……。多分原因は私です」

 「どういうことだ? 桃瀬はちゃんと手順通り正確に作っていたじゃないか」

 俺が見ていても特段変なことはしていない。いやむしろ普通の人よりもずっと正確に手際よく作っていた。

 「私が料理を作ると、どれだけ食材や調味料の分量を正確に測って、どんなに正しい調理の手順を踏んでもいつも失敗してしまうんです……」

 絶句した。こんなにも料理に対して強い情熱を持っている人が、自ら作ることが叶わないなんて……。

 桃瀬は、今までいったいどれほどの苦しみを抱えてきたのだろうか。

 「私、これまで何回も何回も料理の練習をしてきたのに……全然良くならなくて。中学の時に部活を作っても私がこんなだからみんなすぐに辞めちゃって……今日こそはと思って、すごく頑張って作ったのに……」

 桃瀬の目から大粒の涙が溢れ出す。

 嗚咽の混じった泣き声が静かな家庭科室に響いた。

 

 どれだけ時間がたっただろうか。桃瀬は顔を上げ、腫れた目元をグイっと拭った。

 「幻滅しましたよね……。料理研究部の部長が料理ができないなんて」

 桃瀬は自嘲するように笑った。

 「勝野さん、今まで黙っていてすみませんでした。こんな私と一緒にいてもあなたの為にならないでしょう。ですので、誘っておいて申し訳ないですが、すぐに辞めていただいても……」

「いいや! 俺は絶対にこの部活をやめない‼」

 俺の大声に、桃瀬はビクッと体を強張らせる。

 「料理が出来るかどうかなんて関係ない。料理研究部は料理に対して誰にも負けない情熱を持った人が集まる部活だろ。桃瀬さんは料理の『研究』という分野においてその情熱を以て、あのレポートのような素晴らしい成果を挙げてるじゃないか。なにより……俺は君の研究に惚れてこの部活に入ったんだ。辞める理由がない。だから……桃瀬さんは君が一番輝ける場所で自分の信念を全うしてほしい。俺もそれを支えるから……」

 桃瀬の才能は、こんなところで枯らしていいはずがない。彼女を支える仲間がいて、初めて満開に花開くことができるのだと俺は思う。

 俺の想いを伝えきった直後、桃瀬の目元からすうっと雫がこぼれた。

 震える口元を動かして言葉を綴る。

 「本当に……この私で良いんですか?」

 「ああ、俺は、君が良いんだ」

 入部した時から、この答えはずっと変わらない。

 桃瀬は一歩前に進み、俺のすぐ目の前まで近寄る。

 幸せの涙と、今までで一番の笑みを浮かべながら、告げた。


 「ようこそ、料理研究部へ。今後ともよろしくお願いしますね」








 

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