桃瀬とプレゼント選び①
俺と美琴が喫茶店に行った日の夜、それとなくスマホを見ると一件の通知が届いているのに気付いた。
差出人は桃瀬玲奈。
つい最近交換したばかりの、それも初めての通知につい心が躍ってしまった。
LINEの名前を本名のまま使っているのは、彼女の几帳面な性格からだろうか。
俺は緑のアイコンをタップし、アプリを起動する。そして、桃瀬のトーク画面を開いた。
『こんばんは。夜遅くに失礼します。
勝野さんは、明後日は柏木さんの誕生日だということをご存じですか?』
俺は慣れない手つきで文字を打つ。
『知ってるよ。5月5日って覚えやすいしね』
俺が返信した直後、すぐに既読がついた。
『そうでしたか。勝野さんと柏木さんは幼馴染ですもんね』
幼馴染だからと言って誕生日を知っているわけではないと思うが、一般的にはそうなのだろうか。
俺が美琴の誕生日を知っているのは、小さいときはよくあいつの家に呼ばれて一緒に誕生日を祝っていたからだ。さすが家がケーキ屋なだけあって、誕生日ケーキはめちゃくちゃ旨かった記憶がある。
『それで、提案なんですけど』
一度文を区切り、数秒の間の後、ピコンという音とともにそれがとどいた。
『明日、一緒に柏木さんの誕生日プレゼントを買いに行きませんか?』
ゴトン。
思わずスマホを床に落としてしまった。
……今の、見間違いじゃないよな。
落としたスマホを拾い上げ、もう一度トーク画面を確認する。
三回見返したが、やはり見間違いではないようだ。
俺は一度天井を見上げ、大きく深呼吸をする。
そして、力強く『了解』と返信をした。
◇
翌日、俺は待ち合わせ場所の駅前広場に予定の15分前に到着した。
結構早く着いたので、さすがにまだ桃瀬の姿はなかった。
時間をつぶすため、俺はスマホを取り出し動画アプリを起動する。
最近はまっている「男飯」というチャンネルの新着動画を再生する。
見た目はただのおっさんが料理をしているだけに見えるこの動画。しかし、その腕は一流で勉強になるアドバイスもたくさんしてくれるのだ。今回は、家でも作れる本格焼き豚チャーハンの動画だ。
俺が動画に見入ること10分。今日もいい収穫を得られた事に満足していると、右から聞き覚えのある清楚な声がかけられる。
「勝野さん、お待たせしました」
目の前に立つのは桃瀬だ。急いできたのか、若干息が上がっている。
「いや、まだ集合時間の5分前だし、俺もそんなに待ってないから大丈夫」
ここで「俺も今来たところ」とさらっと言えるとかっこ良かったのだが、あいにく発言者は俺である。
「取り敢えず行くか」
「はい。お腹も空きましたしね」
俺たちは駅前広場から歩道橋に登り、そこから直接つながっているショッピングモールへ向かった。
美琴のプレゼント選びの前に、まずはフードコートで腹ごしらえをすることになっている。
大型連休中なのもあってか、フードコート内は人でごった返していた。小さい子供を連れた家族連れも大勢いる。
ひとまず席を確保し、俺と桃瀬は各々食べたいものを買い出しに行った。
俺が買ったのは、最近できた唐揚げ専門店の唐揚げ定食だ。大粒でジューシーな唐揚げが4つも付いて800円という良心価格。実家が定食屋の人間として、悔しいが認めざるを得ない。
一方桃瀬が買ってきたのはスガキヤのラーメンだった。それも、具材も麺も並盛の一番安いやつ。いつもならもっとガッツリした物を頼みそうなのに、今日はかなり控えめだ。
「桃瀬さん、気に触ったら悪いんだけど……もしかして金欠なの?」
俺の問いに、桃瀬はしゅんと顔を曇らせる。
「実はそうなんです……。私一人暮らしで、しかも料理ができないものですから、アルバイトをしていても給料日前はどうしてもお金が無くて」
料理ができないのにどうして一人暮らしを始めたのかと色々聞きたいことはあるが、なんとなくそれを聞くのは今じゃない気がした。
2人そろって「「いただきます」」と言って食べ始める。
唐揚げを一口かじると、口いっぱいに肉汁が溢れてきた。肉にしっかりと下味が付いていて、味は濃いめながら後味はあっさりとしている。つまり、めちゃくちゃ美味い。
俺が唐揚げ定食を堪能していると、何やら視線を感じることに気付いた。
視線の正体を探るべく前を向くと、桃瀬がじっと俺の唐揚げを見つめていた。……いや、見つめているというより狙われているのか?
「桃瀬、どうした?」
「あ、す、すみません。不快でしたよね」
焦ったように桃瀬は言う。
「いや、別に不快では無いけど。もしかしてこの唐揚げ食べたいのか?」
桃瀬は体の前で手をブンブンと振った。
「いえ、そんなことは……あるんですけど、勝野さんの分を食べてしまうのは悪いですし」
思わず本音が漏れてしまいながらも、桃瀬は申し訳無さの方が勝っているようだ。
俺は桃瀬の既に食べきってしまったラーメンの器に目を向けた。
桃瀬は女子の割にはよく食べる。ラーメン単品では足りなかったのだろう。
「桃瀬、ラーメンそれだけじゃ足りないだろ。この唐揚げ結構大きいから2個やるよ」
「で、でも……」
「これは、この前の企画で手伝ってもらったお礼ってことで。それに、美味いものはみんなで食べたほうがいいだろ?」
俺の説得が通じたのか、桃瀬は目を潤ませ笑顔を浮かべる。
「……ありがとうございます。このお礼は、またいつかきちんとしますので」
お礼をお礼で返されたら意味がないのでは、と思ったが、そう考えるのは野暮だろう。桃瀬はそういう女の子だ。
桃瀬は俺から貰った唐揚げに目を輝かせ、ゆっくりと一口の重みを噛み締めながら食べていた。
彼女の目には、どういう感情かは分からないが、うっすらと涙が浮かんでいた。




