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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 風翔国奪還戦

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第三十一話 玉座に立つ者、路地を走る者

 別れは、あっけなかった。


 アリウム、イーヴァ、トルネロ。

 そして、生き残った水明国の兵士たちは、朝のうちに風翔国を発った。


 彼らには、帰るべき国がある。

 守るべき民がいる。


「借りは、必ず返す」


 別れ際、アリウムはそう言って、ミリアに軽く手を振った。重い言葉は、いらなかった。


 それぞれが、それぞれの戦場へ戻っていく。それが、同盟というものだった。


 ジャックもまた、出立の準備を整えていた。


「俺は、炎龍国へ戻る」


 ミリアの前で、簡潔に告げる。


「炎帝クレイに、今回の顛末を直接報告する。玄武の討伐、光神教団の動き、そして……」


 一瞬、言葉を区切る。


「風帝ミリアの誕生もな」


 ミリアは苦笑した。


「大げさに言わなくていい」


「無理だな」


 ジャックは肩をすくめる。


「世界は、こういう変化を見逃さない」


 それだけ言って、踵を返した。


「……またな、陛下」


「やめて」


 即座に返すと、ジャックは声を立てて笑った。


「冗談だ。だが」


 振り返らずに、言う。


「無理はするな」


 その背中が、遠ざかっていく。こうして、炎龍国の兵士にして、誰よりも頼れる兄・ジャックも、戦場を後にした。


 残された風翔国は、静かだった。


 だが、空虚ではない。


 風帝ミリアのもと、国はそれなりの戦力を持っていた。


 光神教団の洗脳から解かれた、元信者たち。

 剣も魔法も未熟だが、もう命令ではなく、自分の意思で立つ者たち。


 そして、ルシオとエリオ。


 玄武に挑み、叩き伏せられ、それでも立ち上がった二人。技量では、まだ大幹部級には遠い。だが、前に出ることを恐れない。


 誰かに選ばれたわけでもない。

 守られる約束もない。


 それでも、剣を握ると決めた若者たちだった。


 兵士長には、ガンドロフ。


 巨躯の男は、形式ばった言葉を嫌ったが、命令には忠実だった。無駄な理想を語らず、守るべき線を決して下げない。


「戦える者だけ、前に出ろ。無理な奴は、無理をするな」


 その一言が、兵たちの恐怖を和らげていた。


 そして、治癒魔法を扱える、アネモネ。


 彼女は前線に立たない。

 だが、彼女の存在そのものが、国の背骨だった。


 怪我は、戻る。

 命は、繋がる。

 それだけで、人は戦える。


 玉座の間。


 かつて、支配者が座っていた場所に、ミリアは立っていた。

 座らない。座る気も、まだなかった。


(……仮、だもんね)


 帝としては、未熟。

 統治者としては、頼りない。


 それでも。誰かに縋る国を、もう作らない。それだけは、決めていた。


 風が、吹き抜ける。この国は、確かに自分の足で、立ち始めていた。


 風帝ミリアの治世は、こうして始まった。


 それは、英雄の物語ではない。選ばれなかった世界が、選び直そうとする物語だった。


 その頃。


 風翔国の外れ、崩れかけた石壁の影に、一人の男が身を潜めていた。


 ゴリガンだった。


 暗月国から戻ったばかりのその男は、フードを深く被り、城内の様子を遠目に眺めていた。


「……おいおいおいおい」


 唇が、ひくりと歪む。


「どうなってんだよ」


 目に映るのは、整えられ始めた中庭。巡回する兵。

 その中心にいる、薄紅色の髪の少女。


「なんで……黒炎龍のガキが、風帝になってんだよ……」


 信じられないものを見る目だった。


「しかも」


 視線が、巨躯の男へ移る。


「ガンドロフが……手下になってんじゃねーか」


 喉が鳴る。


 ありえない。

 ありえないはずだった。


 支配者が倒れれば、国は割れる。

 混乱し、内紛が起き、外から食われる。


 それが、ゴリガンの知っている“世界の仕組み”だった。


「……おかしいだろ」


 だが、風翔国は崩れていない。

 むしろ、静かに形を整え始めている。


 その異常さに、背筋が冷える。


「チッ……」


 舌打ちした、その瞬間。


 気配が、変わった。


「……?」


 ふと顔を上げると、いつの間にか周囲に人がいた。


 老人。

 女。

 子ども。

 農具を持った男。


 風翔国の民だった。


 誰も、武器を構えていない。

 だが、視線が冷たい。


 敵意でも、恐怖でもない。

 ただの「警戒」。


 よそ者を見る、まっすぐな目。


「……あ」


 ゴリガンの喉が鳴る。


 逃げるには、遅い。

 かといって、脅すほどの力もない。


「あ、あは……」


 引きつった笑みが、顔に張り付く。


「あはははは……」


 明らかに下手な、気味の悪い愛想笑い。


「い、いやー……通りすがりでしてね? はは……」


 誰も、返事をしない。


 ただ、見ている。


 値踏みするように。

 この男が、害かどうかを。


(やっべ……)


 背中に、汗が滲む。


「じゃ、じゃあ俺はこれで!」


 言い終わる前に、ゴリガンは踵を返した。


 全力で、走る。


「うおおおおっ!!」


 息を切らし、石畳を蹴り、路地へ飛び込む。

 背後から追ってくる気配はない。


 だが、それが余計に怖かった。


「くそ……くそくそくそ……!」


 走りながら、頭が回転する。


(どうする……?)


 玄武は消滅。

 黒炎龍は、帝。


(このままじゃ……俺の居場所がねぇ)


 暗月国に戻る?

 いや、あそこも安全とは言えない。

 どこへ行っても、安泰は無い。


「……これから、どーしましょ」


 思わず、独り言が漏れた。


 ゴリガンは走る。

 答えもないまま。


 世界が、音を立てて変わり始めていることだけを、背中で感じながら。

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