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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第二章 風翔国奪還戦

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第二十九話 何故、神は俺を選ばない!!

 玄武は、左手を振るった。


 拳ではない。

 掌でもない。


 巨体そのものを、叩きつけるような当身。


「ぐぁっ!」

「――っ!」


 信者たちが、まとめて吹き飛ばされる。

 骨が軋み、床を転がり、動かなくなる者もいた。


 右腕は、もう使えない。

 それでも玄武は、止まらなかった。


 巨体を翻し、玉座の間の扉へと駆け出す。


 その背中は、逃走だった。

 だが、敗走ではない。


 怒りと執念に塗れた、撤退。


「追うぞ!」


 ルシオが叫ぶ。


 エリオが、剣を握り直す。

 イーヴァとトルネロも、即座に走り出す。

 そして、アネモネ達も。


 女たちも、傷を抱えながら、必死に後を追う。


 回廊。

 石造りの通路を、玄武は走る。


 重い足音。

 だが、その速度は、常識を裏切っていた。


 巨体からは想像できない速さ。

 息一つ乱さぬ体力。


「……っ、速い!」


 ルシオが歯を噛みしめる。


「ふざけるな……!」


 怒声が、回廊に反響する。


「俺は、積み上げてきたんだ!」


 走りながら、吐き捨てるように。


「青龍や朱雀みたいに!最初から持ってる奴らとは違う!」


 床を蹴る音が、荒くなる。


「白虎のような……薄汚い奴とも違う!」


 憎悪。

 嫉妬。

 そして、歪んだ誇り。


「俺は……努力をしてきたんだぞ!!」


ーーーー


 幼い頃。


 簡素な石造りの家。

 祈りの声が、朝も夜も響いていた。

 玄武は、信者の夫婦のもとに生まれた。

 物心ついた頃から、そこに疑問はなかった。


「光神様に、感謝を」


 母は、そう言って頭を下げた。


「選ばれた者になれるよう、努めなさい」


 父は、そう言って背中を叩いた。


 信仰は、生活だった。

 教義は、空気だった。


 剣を握る前に、祈りを覚えた。

 走る前に、礼を覚えた。


 才能はなかった。


 同年代の子どもたちが、容易くこなす型。

 玄武だけが、遅れた。


 転ぶ。

 殴られる。

 叱責される。


「努力が足りない」

「信仰が浅い」


 その言葉を、何度も浴びた。


 だから、誰よりも残った。夜明け前に起き、誰もいなくなってからも、剣を振った。


 血が滲んでも、

 倒れても、

 立ち上がった。


(努力すれば、追いつける)


 そう信じなければ、生きられなかった。


 そして、いつしか、追いついた。

 追い越した。


 才能ある者たちが、脱落していく中で。

 選ばれた者たちが、別の場所へ行く中で。


 玄武は、残り続けた。


 積み上げた。

 磨き上げた。


 やがて努力は、形になった。


 剣は重くなり、拳は速くなり、

 教義は、誰よりも深く叩き込まれた。


 気づけば、玄武は大幹部と呼ばれる位置にいた。


 周囲の視線が、変わる。


 かつて見下していた者たちが、頭を垂れる。

 命令を待ち、言葉を選び、顔色を窺う。


(……やはりな)


 玄武は、理解した。


 自分より下の者たちは、才能がないのではない。

 努力が足りないだけだ。


 そう思うことで、世界は単純になった。

 さらに、彼は知っていた。


 弱者は、叩かれるよりも、

 「少しの承認」に弱いことを。


 肩を叩く。

 名前を呼ぶ。

 「よくやっている」と囁く。


 それだけで、彼らは従った。


 命令は、疑われない。

 罪悪感も、感じない。


(使える)


 駒は、そうやって作れた。


 女たちも、同じだった。


 特別扱い。

 居場所。

 守られているという錯覚。


 それを与えてやれば、逆らわない。視線を逸らし、言葉を飲み込み、従順になる。


(拒めば、また下に戻るだけだ)


 玄武は、それを知っていた。

 かつて、自分がそうだったから。


 力を得た元弱者は、

 弱者の恐怖も、縋り方も、

 逃げ道のなさもすべて、知っていた。


 だから、容赦はなかった。


 努力で這い上がったという自負は、いつしか「上にいる自分は、正しい」という確信に変わっていた。それが、どれほど歪んだものかを、考えることは、もうなかった。


ーーーー


 玄武は、歯を食いしばり、外への扉を蹴破った。


「俺の努力を……否定するな……!」


 月明かりに照らされる、光神教団の中庭。

 崩れた柱。割れた石畳。

 そして、そこに一人立っていた。


 玄武は、足を止めた。

 理屈ではない。

 経験でもない。

 積み上げてきたすべてが、警鐘を鳴らす。


(ここまでか)


 ゆっくりと、相手が顔を上げる。

 そこにいたのは、薄紅色の髪の女性。


 ミリアだった。


 意識を取り戻したばかりのはずの彼女が、静かに立っていた。その右拳に、黒い炎が宿る。揺らめきながらも、暴れない。意思に従う、純粋な破壊の力。


「……貴様も」


 声が、かすれる。


「貴様も……選ばれた奴だろう!」


 叫びは、夜空を震わせた。


「最初から力を持って!神に与えられて!何も積み上げずに!!」


 歯を剥き、睨みつける。


「何故だ……!!何故、神は俺を選ばない!!」


 ミリアは、一歩、前に出た。その瞳に、憐れみはない。怒りもない。あるのは、否定だけだった。


「あなたは」


 静かな声。


「努力したから、正しいんじゃない」


 黒炎が、強く燃え上がる。


「苦しかったから、偉いわけでもない」


 一歩、また一歩。


「積み上げたからって、他人を踏みつけていい理由にはならない」


 玄武の顔が、歪む。


「黙れ……!」


「あなたは」


 ミリアは、拳を握り締めた。


「弱かった自分を、救えなかった自分を、他人で殴って、正当化しただけ」


 黒炎が、空気を焦がす。


「神が選ばなかったんじゃない」


 一瞬の静寂。


「あなたが、人を選ばなかった」


 玄武の歯が軋む。拳が震え、喉から、声にならない叫びが漏れる。


 悔しさ。怒り。否定された努力。


 すべてが、顔を歪ませた。ミリアは、構える。迷いはない。


「終わりよ」


 そして、解き放つ。


「黒炎龍!!」


 咆哮とともに、黒き業火が奔流となって放たれた。


 逃げ場はない。

 抗う術もない。


 黒炎が玄武を包み込む。

 燃やさない。

 砕かない。

 存在そのものを、喰らった。


 悲鳴は、途中で途切れた。

 叫びも、悔恨も、努力も。


 あとには、熱だけが残った。

 夜風が吹き抜け、黒炎は静かに消える。


 ミリアは、拳を下ろした。

 数多の死線を乗り越え、成長したミリアは、黒炎龍を放っても気を失うことはない。


 そこにはもう、支配者はいない。積み上げたはずの男も、神に縋った努力も。


 すべて、この世界から消え去っていた。


 そして、背後から駆け寄る足音。ルシオたちが、アネモネたちが、夜の中庭へと辿り着く。


 ミリアは、振り返らない。


「……選ばれるとか、選ばなかったとかじゃない。立っていい世界にする」


 ただ、静かに呟いた。

 夜空を見上げて。

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